少女の孤独を救えるのは、唯一少年の孤独だけだった。
第18話
あれから数日が経って、中間テストの結果が発表された。
一年生280人中、上杉は学年3位。女子ではトップの成績だった。立花も30位以内と健闘した。
「勉強会が役に立ったね~。結構いい結果になったよ!」
「菫花、いつもはこれより少し低いぐらいだものね。」
「澄玲ちゃんは相変わらず凄いよね。やっぱり応用問題かなぁ……。」
溜め息混じりではあるものの、立花の表情は満足感に満ちていた。上杉はもう少し狙えたといった様子だが、二人とも得意不得意なく、平均的に高得点を記録しているのが流石だ。
「で、問題はこっちだよねぇ?」
感心していると、立花の湿っぽい言葉が背筋をなぞってきた。視線の先には、順位表の遥か後ろの最後尾。
そこが、僕たち三人が今見上げている地点だ。
「……前崎澄雄、140位。」
「人の順位をきちんと読み上げなくていい。」
無表情に淡々と読み上げるのがなおタチが悪い。
「ねぇ前崎くん?模擬テストの結果私より良かったよね?なんでこんなところに名前があるの?お腹壊したの?」
「腹壊した程度で知能は低下しないさ。実力だよ。」
「絶対わざとだよね?」
「本番に弱いタイプなんだ。」
立花がふくれっ面で、顔を覗き込んでくる度に目を逸らす。勝負事に融通の利かないタイプみたいだ。憶えておこう。
「……それで、どうやって狙ったの?」
そんな僕に、上杉は淡々とした口調でそう尋ねてきた。
「……それだと、まるで僕がわざとやったみたいじゃないか。」
「わざとじゃなきゃできないわ。全教科学年平均の点数なんて。」
「うっ……。」
しまった、流石に遊び過ぎたらしい。得意不得意を作っておくべきだった。
確かに僕はわざとこの点数を狙った。中間テストは個々の差が出にくく、全体のレベルを把握すれば平均点は予想しやすいからだ。
僕はあまり真面目ではないので、テストをゲーム感覚でやっている。ハイスコアを狙うより、スコアのキリ番を狙って出すタイプだ。そして今回、それが大当たりした。
ちょっと頭の回る奴には、どう見てもわざとにしか見えない点数なのだ。
「……だいたい思うが、君はどうやって僕の点数を調べてるんだ?」
「今回は担任の先生が教えてくれたわ。」
「あいつクビにならねぇかな。」
「いつの間に先生を買収したの澄玲ちゃん……。」
上杉の手の速さにも驚きだが、他人の結果を軽々しく教えてしまう先生も先生だ。
「そうそう、先生で思い出したことがあるの。」
「何だ唐突に。」
テストの話も程々に、また上杉の企みが動き始めた。今度は何に巻き込むつもりなのか……。
【待っているから。あなたが答えをくれるその時まで、ずっと。】
ふと頭によぎった、先日の夜の言葉。僕は持てる全てをもって彼女拒絶した。それでも彼女は、僕の傍に居ようとする。あの夜があってからも、僕らの関係はこのままだ。
彼女の気持ちは本物だと、僕は勘違いをしてもいいのかもしれない。僕は結局、彼女を幸せにできない自分を許せないだけだ。
それができるなら……そういう未来はあるのかもしれない。だが僕らには、いや僕には、もう一つ大きな壁が残されている。
(上杉は……知っているのだろうか。)
「……前崎君?聞いてる?」
思慮に耽っていると、突然目の前に花が咲いた。きめ細かな肌から透き通るような煌きを、まるで吸い込まれでもしそうな美しさに見惚れてしまう。指先で触れたら、どのような感触なのだろうか。
「……前崎君?」
「えっ?あ、あぁ。すまない……。」
手を伸ばしそうになって、咄嗟に腕を引いた。上杉の顔をこんなに近くで見たのは初めてだったか。
今まではずっと抵抗があった。だが今は何故か、上杉なら許してくれると思った。
僕はどうして躊躇ったんだ……。
「それじゃ、職員室にいきましょう。」
「……は?」
さも当然のように言う上杉に間抜けな返事をしてしまった。職員室に行く用事など、今は特にないはずだが……。
「どうして職員室に?」
「前崎君……さっき私が言ったこと、聞こえなかったかしら?」
振り返って長い髪を掻き分け上杉は、少し呆れていた。
「私達で部活を始めましょう。今から顧問の先生に会いに行くわ。」
「……は?」
上杉のやることが唐突過ぎて、僕はそろそろついていけないかもしれない。
………………………………。
ここで僕らの新しい担任の話を、少ししておこうと思う。
知っていると思うが、以前の若い女教師は僕のせいで退職した。それに伴って、僕らの担任になったのが、「諸星」という男性教師だ。
体育会系に見せかけた国語教師なのだが、こいつがとんだ曲者だった。初顔合わせの際の挨拶では、
【えー、今日からお前らの担任になる諸星だ。えー、まぁ、このクラスに面倒な奴が数人いるが、別に俺の知った事じゃない。お前らの好きなようにやってくれ。それと命は大事にしろ。以上だ。】
などという、あからさまに僕をけん制するような挨拶をかましてきた、やる気を微塵も感じないタイプの人間だ。だが学校内での評判は良い。怪しさは満点だ。
僕ははっきり言って、諸星が苦手だ。コイツは本当に、一筋縄では誤魔化せない。
「諸星先生、顧問の件よろしくお願いします。」
で、よりにもよって上杉は、こいつを顧問にするつもりらしい。本当に人の期待を裏切る天才だよ、君は。
「まさかマジで前崎を説得するとは……なんだ前崎、お前尻に敷かれてんのか?」
「誤解を招く表現はやめてください。僕らは付き合っていません。」
「マジかよ。」
「前崎君の返答待ちです。」
「マジかよ……。」
諸星は頭を抱えた。僕が上杉に惚れてるから、付き従っているのだと思っていたのだろう。
「俺だったら、上杉に告白されたら即OKするけどなぁ……。」
と思ったらただのスケコマシだった。金遣い荒いキャバ嬢に貢がされた挙句逃げられて破産しろ。
「まぁ、いいわ。約束は約束だからな。それはいいんだが……「相談部」ねぇ、ドラマの見過ぎじゃねぇのとは思うが……。」
この学校、一年は全員入部制だ。だから僕らは、この中間テスト明けからすぐに、仮入部の申請を出さなければならなかった。
しかし僕はやらかしの件もあって、どの部にもいい顔はされないだろうという事で見学にも言ってなかった。そこで上杉が、新しく部を作ろうというのだ。
「相談部」とは、ざっくり言えば生徒の相談窓口になるというものだ。カウンセラーは常駐しているが、それ相手では言いにくい事やちょっとした話し相手になる事などを主目的としており、普段の活動はボランティアをするという名目になっている。
実質ボランティア部だが、上杉としては僕に様々な生徒と関わって欲しいらしく、そのための一環らしい。ようは、上杉が僕に意識改革してもらうための舞台だ。
相変わらず、何を考えているのかがわからない……。
「実際、前崎を受け入れようって部はそうないだろう。職員室で噂が飛び交う程だからな、あの問題児の面倒を誰が見るのか。部で何かあったら責任がとれるのか、とかな。」
「別に何も期待してませんよ。」
だいたい教師が本人の目の前でそういう事を言うか?
「そう気難しい顔すんな。だから俺もこの話に乗ったんだ。」
諸星は笑って見せると、上杉と向かい合って一枚のプリントを手渡した。
「ほい、じゃあこれが創部申請書。3人だからまだ同好会だが、来週からさっそく頼みたいことがある。前崎は……バイトか?」
「火曜と金曜日は空いてます。」
「土日も働いてるのかお前……まぁいいや。じゃあその辺りに部活の予定が来るように調整するわ。」
「よろしくお願いします。」
僕は諸星に、深々と頭を下げた。
「下げたくない相手に頭下げなくていいぞ。とりあえず穏便にやってくれれば、俺はそれでいいから。」
「……………。」
恐らく諸星は、いざという時には頼りにならないだろうと確信した。
「部室は視聴覚室を使ってくれ。じゃ、よろしく頼んだぞ。上杉。」
「はい。失礼しました。」
軽く目線を合わせた諸星と上杉が軽く頷き合って、僕らは職員室を後にした。
しっかりとした足取りで前を歩く上杉を、僕と立花は隣どうしで見つめていた。
すると、立花がすっと身を寄せる。
「私達の関係……まだ終わってないから。」
小さな声で、はっきりと呟いた。その表情は固く、どこか気負っているようにも見えた。
「知ってる。言わなくていい。」
立花に謎の牽制を入れられた後、僕はいつもより少し遅いシフトのバイトへ向かった。
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