第13話
「今日はお弁当を作って来てみたの。」
「……………………。」
上杉澄玲の暴走に振り回されてはや数日、ついに彼女の暴走は来るところまで来てしまった。
「どうしてそんなに不安そうな顔をするの?」
「君みたいな秀才の料理は混沌に満ちていると相場が決まっている。」
「それし○かちゃんにも言えるかしら?」
「し○かちゃんは暗黒の支配者だ。たまによくできたクッキーはお母さんが手伝っているんだ。」
「じゃあ、私も母に教わりながらやったわ。」
「その「じゃあ」の使い方は犬も食えないな。」
例えが悪すぎる時点でオチがわかる。だがそれが、よくある一般的な弁当箱一つで終わるのなら大きな問題じゃない。
「だいたい、その重箱みたいな弁当箱はなんだ。」
「作り過ぎたから一緒に食べて欲しいの。」
「作り過ぎたってレベルじゃないぞ。いったい何時から作ってたんだ?」
「一番の自信作はチャーシューよ。」
「一晩寝かせてるじゃないか。それで僕の家でグーグー寝ていたのか?」
「それじゃまるで私が、澄雄君にチャーシューにされてしまったみたいね。」
「おい、発言に気を付けろ。ここは教室だぞ。」
クラスメイトの冷たい視線が突き刺さる。
「私は一向に構わないわ。」
「君は時々性格を疑いたくなるようなことを言い出すが、心配するな。そっちの趣味はない。」
「ちょっとヒヤッとしてたわ。」
「僕はヒェッとした。本気で君の冗談が怖い。」
「冗談をいいます。」
「どーでーもいーいでーすよ。」
いつまでこの茶番のようなトークをしなければならないんだ。いい加減に頭が疲れてくる……。
「それで、食べて欲しいのだけれど。」
「僕一人じゃ無理だ。他も呼ぼう。」
「だ、ダメ!!」
そう言って、手軽な隣のグループのやつに声をかけようとしたその時、振り返った首根っこを思いっきり引っ張られた。
反動で、首がガクンと前に倒れる。
「……おい、危ないだろ。」
「だ……ダメ。これはその……あなたに食べて欲しい。」
「……………………。」
いや、重箱弁当なんて普通に食いきれないんだが。
この期に及んで彼女アピールされてもまったく照れる気はない。というか彼女じゃない。断りづらいは断りづらいが、運動部でもない僕にこれは普通にきつい。
と、半分泣き落としに来ている上杉ともう泣きたい僕の間に、ゆっくりと近づいてくる気配が一つ。
「スミレちゃーん。たまには一緒に食べようよ。」
明るい声色に親しみやすさを感じるが、それはあくまで社交的なものであって作り物だ。内面にしまいこんだ黒い影を完全には隠し通せていないこの女。
立花菫花。上杉の腰巾着だ。上杉に気を遣っていたからか姿を見せなかったが、僕が渋るのを見てつけ込む隙を見出したらしい。
とはいえ彼女も人気者だ。上杉が高嶺の花なら、立花は道沿いに咲く
「菫花……どうして?」
「どうしてって、いつも一緒にお昼してたのに急に「前崎君と食べるから」っていなくなるんだもん。」
「それは……」
上杉が言葉に詰まると、立花は含みのある微笑みを見せた。
「それに、前崎くんも何だか困ってるみたいだし。せっかくだからお邪魔しちゃおうかなー、って。」
チラッと、立花の視線が重なった。少なくとも、彼女は僕の助け舟ではないことはわかった。
「私も前崎くんの事は興味あるんだー。なにせ澄玲ちゃんが興味深々なぐらいだもんねー。クラスの皆も気になってるんじゃないかな?」
「はぁ……。」
気の抜けた返事をしてしまう。確かに彼女の言葉の後に、いくつかクラスメイト達の視線が集まった。
「前崎くんも気にならない?「上杉澄玲がどうして自分に近づくのか」。」
「菫花っ!!……。」
上杉が、声を荒げた。
調子づいた立花を制止しようと、慣れないことをしたのは言うまでもない。僕とのやり取りでは決して見せない余裕のない表情が切ない。
だが、立花の視線の先にあるのは上杉ではなく、僕だ。
「……続きを聞こうか。」
「前崎君っ!!」
僕も上杉が、なぜこのタイミングで仕掛けてきたのかをずっと気にしていた。彼女が僕に好意を寄せる瞬間なんてどこにもなかったはずだからだ。
立花は予定通り乗ってきた僕に、満面の愛想笑いをくれた。
「前崎君……その……この話は……。」
照れ隠しではない焦りが浮かんでいる上杉の目を、僕はそれ以上喋るなと言うメッセージを乗せて睨みつけた。
上杉は黙って俯いた。
「前崎くんは、小学校の時の事憶えてる?」
「小学校……。」
言われて思い返してみても、あまり記憶がない。父の死が衝撃的過ぎて、毎日必死な気持ちで生きていたのは憶えている。
唸って黙る僕を見ていた立花は、わかってはいたが、というような感じを醸し出しながら溜め息を吐く。
「うん、そうだろうと思ったよ。当然、私たちの事も憶えてないよね?」
それを尋ねた瞬間だけ、立花の声が少し低く威圧的になった。
「私たち?僕たちは同じ小学校だったのか?」
思わず反射的に聞き返してしまった。少なくともこんなに存在感のある面々なら、嫌でも憶えていそうなものだが……。
だがこの返しは地雷だったらしく、それは立花の大きく開かれた目が物語っていた。
彼女の影に、落胆の色が見えたのは言うまでもない。
「……じゃあ、小さい頃に仲のいい子がいなかった?」
「小さい頃……小学生より前、か?」
「そうだよ。」
小学生より前、まだ僕が子供だった頃……。
うっすらと人影が浮かんだ。その頃から仲の良かった面々は、大半が縁が切れてしまっている。だが、確かにそういうのは何人かいた。誰も彼も名前が思い浮かばないが……。
「……ああ、確かにいた。一番仲が良かった女の子だ。顔は思い出せないが遊んだ記憶ははっきり覚えている。」
そうだ。その子とはプライベートでも仲が良かった。休みの日に一人で公園に出掛けては、その子と一緒に遊んでいた。
「あぁそうだ。確か、おままごとで砂を食べさせられそうになって、そんなの食えるわけないだろうと言ったら、次の日に信じられないほどまずい肉塊……たぶんハンバーグだと思ったが、持ってきて食べさせられた憶えがある。」
それは人生で最悪の料理を食べた日だった。表面は黒焦げで中は生焼けのでろでろハンバーグ。それも塩を入れまくった中に砂糖もぶち込まれていて、そもそもつなぎが入っていなくて掴めもしなかった。
「まずいと言ったら泣かれて……泣きたいのはこっちだと怒鳴ったところまで憶えているが、それがどうかしたかい?」
「めちゃくちゃリアルで残酷な記憶だね……。子供のやることとはいえ、ちょっとぞっとするよ。」
今思い返しても背筋が凍る。聞いてるだけの立花でさえそうなのだから、当時の僕には同情しかない。
「で、そんなに酷い目に合わされた子なのに、憶えてないの?」
「え?あぁ。いろいろあって、もう思い出せない。」
「……そっか。」
立花は、満足とは言えないが仕方がないという様子だった。それを僕がどうこう考えた所でどうしようもないが、彼女の意図から外れてしまったのは間違いない。
「それじゃ、お弁当にしよっか♪」
「この空気で卓を囲んで飯にしようなどと考えられる、君のメンタルの方が信じられない。」
「えぇー、そうかな?でも早く食べないとお昼休み終わっちゃうよ?」
「……まぁ、それもそうだな。」
流石に何も食べないでいるわけにはいかないので、自分の昼食を取り出して机に並べる。立花もナフキンを広げ、その上に持参の弁当箱を置いた。
だが、何故か上杉が浮かない表情のまま重箱弁当を仕舞ってしまう。
「……上杉?」
「ごめんなさい。また今度にするわ。」
そそくさと身支度をすると、重箱を持って自分の席に戻るとする。
「どうした上杉。食べきれないだろうそれは。」
「いいの。……自分で食べるわ。」
上杉の表情が浮かない。先程のえげつないハンバーグの味の話が気に障っただろうか。
「澄玲ちゃん……一人で食べるにしても、澄玲ちゃんじゃ三日はかかるよね?」
「…………食べきれない分は処分するわ。」
立花の問いかけに、上杉の表情が更に暗くなる。
それは流石に、見ていられなくなった。
「上杉、放課後時間はあるか?」
「放課後?……私は構わないけれど、あなたはバイトのはずよ。」
「なんで君が僕のシフトを知っているんだ。構わない、すぐ終わる用事だ。」
確かに今日はバイトだが……急げば、まぁ問題はないだろう。たぶん。いやしかし……厳しいか?などと、重箱に目線を合わせて考え込んでいると、突然に上杉が息を擦らせて微笑んだ。
「……なんだ?」
「いえ、そうね。あなたは昔から、そういう人だった。」
……あぁそうだ。僕は昔から、咲いている花が枯れなければいいのにと思い続けている。憑き物が取れたような安らかな響きで微笑む君を見ていると、そう思わされるとは、とても言えなかった。
席に戻った上杉は、弁当に手もつけず教室を離れて行ってしまった。
「……ねぇ、澄雄くん。お昼ごはんって、それだけ?」
「あぁ、そうだが?」
「もしかして……澄玲ちゃんのお弁当を当てにしてる?」
「いや、いつもはおにぎりを2つぐらい持っている。……今日はあまり食欲がないんだ。」
「そ、そうなんだ……。」
そう言って僕は、立花の食事シーンをおかずにしながら、リンゴ味の飴玉を2個と水出し緑茶の昼食を終えた。
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