第12話
それからというものの、彼女は執拗に僕の毎日に干渉してきた。
昼食は必ず隣の席に座って並んで食べる。下校時は必ず三歩後ろをついて回る。バイトになると自分の家に帰るが、登校すると必ず校門の前で待っている。30分早めに登校しても待っている。なんなんだ本当に。
「……上杉、僕について回るのはやめないか。君の評判が落ちるぞ。」
「あなたが私の告白をOKしてくれたら考えるわ。」
隣で昼食を食べていた二人に、クラス全員の視線が注がれる。
僕は深く、溜め息を吐いた。
「ヤンデレの恐怖が身に染みてわかる。」
「病んでいるのはあなたの方だと思うのだけど。」
「君も大概だぞ。」
「なら、病人同士仲良くしましょ?」
と、こんな調子でまるで気にも留めていない。末恐ろしいというか、恐ろしい女だ。
綺麗なバラにはトゲがあるとか、そんな程度の話ではない。トゲが太く長い上にかえしまでついて、神経毒まで含んでいるというフルコースだ。溜まったもんじゃない。
一体、何が面白くてこんなことをするのか。
そうこうしているうちに、放課後になった。言わずもがな、彼女は三歩後ろについている。
「……あら、今日は道が違うようだけど。」
「バイトが休みなだけだ。家に帰る他に無い。」
「そう。寄り道とかはしないのね。」
「あぁ。」
愛想のいい返事をするわけでもない。それなのに、何故だか彼女は興味深そうに僕の話に耳を傾ける。
……今まで他人を遠ざけていたからだろうか、彼女の考えていることがまるで読めない。
「でも……そうか。」
「?、どうかしたの?」
彼女に言われて、不思議と足が止まった。
確かに僕はまっすぐ家に帰るかバイトに向かうだけで、寄り道などという事をしたことが無い。通学路にはコンビニが3件、道を外れればカラオケもあるしゲーセンを兼ねたアミューズメントパークもある。遊ぶ分には全く困らない。
手持ちが多い訳ではないが、少しぐらい気分を変えてみるのもいいか。
「……寄り道?」
「あぁ。少しな。」
僕が進路を変え、目に留まった近くのコンビニへ向かおうとすると、上杉もその後について来た。
コンビニの中に入ると、同じく寄り道をしている生徒が目に留まった。僕達にはそうでもないが、彼らには興味を引くものがあったらしい。
「……ねぇ、視線を感じるのだけど。」
麗人が、コンビニで寄り道をしている。それも腰巾着を付けずに。それはまるで反抗期に入ったお姫様のように映るのだろう。酒の肴には丁度いい。
「嫌なら帰っていいぞ。」
彼女がこういうのを苦手としているのはなんとなくわかる。彼女は意外と、人の目に留まったりするのが嫌いなのだ。周りを気にしなければいけなくなるから。
僕はそれがわかっていて、あえて馴れもしない寄り道を選んだ。
「……冷たいことを言うのね。」
彼女の悪態など気にもせず、僕は少年マンガ雑誌を手に取って立ち読みを始める。好きな漫画は一応ある。それの続きが少し気になったのだが、コミックス勢な僕からすると、話が少し飛んでいて面白味が薄い。
「……それ、好きなの?」
僕は何も答えず、早々に立ち読みをやめた。そしてふらふらと菓子パンコーナーへ赴いて、小倉アンパンとクロワッサンを手に取った。
「あら、意外と食いしん坊なのね。」
どうでもいい感想は放っておいてレジに並ぶ。財布から丁度の金額を取り出して、店員からレジ袋を受け取った。
「ありがとうございます。」
店員は40過ぎぐらいのおばさんだった。おばさんはにこやかに微笑むと、次の客を自分の下へ促した。
「…………ふーん。」
早々に寄り道を終えると、僕は袋の中からあんぱんを取り出して封を開けた。
「あんぱん、好きなのね。」
「そんなんじゃないさ。」
変な詮索をされるのは好きじゃないので、素直な返事とクロワッサンを後ろに投げた。
おっとと、なんてわざとらしい様で可愛らしい声が聞こえた。
「……これは?」
「好きだろ、そういうの。」
何を基準になんてない。ただ、そう思っただけだ。
「……少し待ってもらっていい?」
彼女はそう言うと、ぱたぱた音を立てながらどこかへ走っていった。後ろで、ガコンガコンと物音がする。
速度を少し落として歩いていると、後ろから足音が近づいてくる。
「前崎君。」
呼び声に振り返ると、何かが真っ直ぐこちらへ飛んできた。それを片手でキャッチすると思いのほか冷たく、何かと思えばブラックの缶コーヒーだった。
「……これは?」
「缶コーヒー。見ればわかると思うのだけど。」
「どうしてブラック?」
「あら?それでいいと思ったのだけど。」
そう言われて、僕は缶コーヒーを何度か握り直してプルタブを開けた。一口飲むと、あんぱんの甘さが中和されて、口の中に蟠ったくどさが消える。
「似合ってるわよ。刑事さん。」
「……生憎、灰色の脳細胞は持ち合わせていないんだ。」
「それは探偵じゃなかったかしら?」
「事件のたびに麻酔で眠らされるなんて御免だよ。」
くだらない話だったが、たまにこうしてあんぱんを買っていこうと思った。
……………………………。
そうこうしているうちに家に着いた。
「おじゃまします。」
もったいつけず、さっさと家に上がってもらった。幸いにも人様に見せて恥ずかしい事など何もない。
とは言いながらも少し緊張していると、脱いだ靴を整えている上杉の、丁度腰とスカートの分け目から、健康的な肌がちらりと現れ、咄嗟に目を逸らす。
……いや、何をやっているんだ僕は。
「どうかした?」
「いや……飲み物を用意する。」
不思議な感情を振り払うようにリビングの冷蔵庫に向かい、扉を開いて中を確認する。
……水だし緑茶でいいだろうか?僕が普段飲まないのもあるのだが、若者らしいジャンクな飲料が何もない。幸いにも母の趣味で、お茶っ葉の銘柄には心得があるが……。
適当なガラスのコップに注いで、おぼんなどというこじゃれた道具は無いのでそれぞれ両手に持っていく。
「適当に座ってくれ……上杉?」
声をかけたが、反応はない。てっきり後ろをついてきているものだと思い、リビングにいるのだと思っていたが……。
どこに行ったのかと辺りを探すと、上からバタンと扉の閉まる音が聞こえた。
「あいつ……僕の部屋なんて知らないよな?」
二階には寝室と父の部屋と僕の部屋がある。本当は二人産む予定で建てたらしいのだが、持て余して父が使っていた部屋をそのままにしてある。時々、僕が物を拝借している。
とは言え寝室は母と一緒だ。最後まで、あの夫婦は仲が良かった。
いや、今はそんなことどうでもいい。奴はどこに行ったんだ。
肘で器用にドアノブを動かして自室に入る。見渡す限り誰かが侵入した感じはないが、何か違和感がある。
「……とりあえず、飲み物を。」
広く開いたスペースに、便利だからと置いた簡易テーブルにガラスのコップをおいて、持ち荷を下ろした。いつも通りにベッドに身を投げようとして、違和感の正体に気づく。
「……………………。」
薄い生地の掛布団をめくると、穏やかな春の芳しい香りが漂う。
「……おい、異性の家で、それも初めて入った家のベッドで堂々と寝るなよ。」
「ん…………。」
こいつは恐れ入った。ベッドの中に入って間もないはずなのに、もう瞼が蕩けている。
「いくらなんでも常識を疑うぞ。そこまで尻の軽い女もそうそう居たもんじゃない。」
僕じゃなかったら秒で襲われているぞ。とにかく頬を手の甲でぺちぺち叩きながら出るように促すものの、尻は軽い癖に腰は重いらしくまるで動こうとしない。
「んんぅ……。」
「「んんぅ。」じゃない、来て早々寝るんじゃ……おい待て。手を離せ。大事そうに握るな。擦り寄るな。離せ。」
なんだこいつは僕をからかっているのか。そんな綺麗な顔に愛しそうにスリスリされたら、何か父性的な庇護欲が込み上げてくる気がしないでもないって僕は何を言ってるんださっきから!!
「上杉、それは本当にシャレにならん。お願いだから勘弁してくれ。」
「…………………。」
理性とピンク色の感覚が葛藤を繰り広げる脳内の中、上ずってまで絞り出した言葉で懇願すると、ようやく妥協して手を離した。
ベッドは……取り返せそうにない。麗人は白雪姫の如く安らかに眠っている。
「何なんだ本当に……キスでもすれば目覚めるのか?」
悪態を突きたくもなる。あの告白以来、これは容赦なく僕を引っ掻き回す。彼女が僕の好みで無いのなら、今頃その綺麗な顔を継ぎ接ぎだらけのフランケンシュタインにしている所だ。
とはいえ、これは全国の男子高校生が憧れるシナリオであることには違いない。健全な男子高校生であるのがもどかしい所だ。上杉が相手なら、罠に嵌まってしまってもいいとも思える。
ただ、告白の答えをはぐらかしている身でそれはないだろう。それをはっきりさせない限り、僕に白雪姫を起こす権利はない。
……その白雪姫は、耳を真っ赤にして狸寝入りを決め込んでいるが。
「言っておくが、しないぞ?」
釘をさしておくと、真っ赤な色がすうっと引いていく。期待してたのかこの状況で。
床に手をついて足を延ばすと、肩の力が緩んでため息が出る。
人の事は言えないが、本当に彼女がわからない。
(僕の……何がいいんだろうか。)
彼女は僕を悩ませたまま、ひとしきり眠って家に帰った。
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