第7話 

 翌日、僕は平気な顔をして登校した。


 クラスメイトから注がれる視線は、とても人間に向けるものではなかった。


 まぁ、それはいいんだが。


「おい、前崎ってやつ、面貸せよ。」


 案の定、奴らが来た。体育会系っぽいのが4人。一度に相手にするには、ちょっとしんどいか。


「……僕でいいか。」


 廊下側からクラスを見渡す彼らの前に立つと、見覚えのある一人の血相が変わった。


「てめぇ……よくもやってくれやがったな。」


「それについては申し訳ない。どうしても我慢が出来なくて。」


 そもそも今にもゲロ吐きそうな相手に、トイレを封鎖してどっか行けだなんて、撒き散らされても仕方がないとは思うが、相手は微塵も「自分に非がある」などとは思ってない様なので下手に出る。


「いいから来いよ。……わかってんだろうなぁ?」


 体が熱くなる。もちろん、この先に起こることに対してだ。それが恐怖なのか闘争心なのかはわからないが、その火照りが決して良くない物だというのはわかる。


 僕はとぼけた顔をしながら、黙って彼らに付いて行った。




………………………。




「ねぇ澄玲ちゃん、あの人大丈夫かな?」


 菫花スミカは不安げに寄り添い、祈るようにしながら尋ねてきた。


 どう見ても大丈夫じゃない。彼は何を考えているのだろう。


「……澄玲ちゃん、先生に言わなくていいのかな?」


「私達にできることはそれぐらいだけど、それで終わるとは思えないわ。」

 

 まさかあんなことをするとは思っていなかった。暴力に訴えていないだけ馬鹿ではないのだろうけど、むしろその方が良かったのかもしれない。


 彼の考えていることが読めない。それは不安でありながら、とても好奇心を掻き立ててくれる。


「菫花、とりあえず先生の所にいきましょう。この前の一件で、職員会議で気を付けるようにとお触れが出ているはずよ。」


 私達は急いで一階の職員室へ向かった。先生たちは朝のミーティング中のはず、緊急だと伝えれば対応はしてくれるはず。それが問題児が関わっているとなれば尚更だ。


 今、学校ではいじめに対する出来事に敏感になっている。それらしい挙動が少しでもあれば、早めに対処しておきたいのが本音だろう。向こうもそれがわかっているから、素行の悪い生徒には早めに目を付ける。


 それでも気づかないのだ。支倉君のような事例には。それだけ子供側も、いじめるのに神経を使っている。周りを圧迫し、寄せ付けず、気づいていても見て見ぬふりをさせる。


 次は、お前たちの番だと。


(そうか。だから彼は……。)


 こんな時だというのに、彼の考えていることが少しだけわかった気がしたのが嬉しい。難解な問題を一つ解いた時のような、達成感が頬を緩ませる。


「先生!!」


 職員室のドアが勢いよく開かれた。丁度ミーティングが終わったところだったのか、号令に合わせて礼をしようとした担任教師と目が合った。


「上杉さん?どうしたんですか?まだ朝礼中ですよ?」


「前崎君が、この前の不良グループの子たちに連れていかれました!」


「ええっ!?」


 私の後ろから入ってきた菫花の言葉に、担任は驚愕を顔に浮かべる。


「どこに行ったの!?」


「わかりません!でも……すごく危ない雰囲気でした。4人とも凄く怒ってて……。」


「わかった!すぐ行く!」


 二人の会話を聞いていた、ガタイの良い男性教師が勢いよく飛び出していった。彼らが行く場所に、心当たりでもあるのだろうか。


 その教師の跡に続くように、数人の男性教師が飛び出していく。中には一人では止められそうにない体格の人もいる。本当に大丈夫だろうか。


「私も前崎君を探さないと……。」


 そう言って、担任教師も出て行こうとする。それは危険すぎると、刹那に反応した私の手が担任の腕を掴んだ。


「先生、危険です。相手は高校生の、それも体格のいい男子生徒4人です。もし先生一人で遭遇したら、そっちの方が危ないです。」


「上杉さん……大丈夫。担任なんだから、自分のクラスの生徒は自分がなんとかしないと。」


「先生……。」


 なにも大丈夫じゃない。これがもし強盗だったら、こんな愚直な考えは起こさないだろう。それが「担任だから」の一言で、何かしないといけない気になっている。


 真面目だけど、こういうタイプが一番最初に破滅する。


「それなら、放送室はどうですか?校内放送で警告すれば、彼らの動きも静まるはずです。」


 そんなものが効くはずもないが、こけおどしぐらいにはなってくれるだろう。と、それっぽい言い分も交えながら、担任教師に危険が及ばない方法を考える。


「……そうね。わかった、校内放送を使いましょう。」


「私も行きます。」


 この人を一人にするのは、何故だか危険な気がした。


「それなら私も!」


「菫花さんまで……わかりました。一緒に来てください!」


 少し迷ったそぶりをみせたが、私達三人は放送室へ向かう事となった。


 きっと無事ではないけれど、事態がこれ以上進まないことを、私は心の中で祈っていた。

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