番外編

【このお話は、まだこのお話のプロットができる前のお話です。どこかで繋げようと思ったのですが、結局できずにお蔵入りのままになってしまいました。


 しかしまぁよくできてるので、とある日の何でもない出来事だと捉えていただければと思い公開します。原作と違う箇所もあるやもしれませんが、ご愛嬌という事でご容赦くださいませ。^^】



 一つ屋根の下、六畳ほどの空間に二人きり。しかもそれが学校一の才色兼備と言われる彼女とならば、誰もが羨むシチュエーションだろう。背は額一つしか違わず、見下すことも見下されることもない。それは互いに取って理想的であり、それでいて嫌悪も好意も生まれない淡白な構図。


 どれだけ真っ直ぐ伸びた長い髪が艶やかで美しくても、ブレザーの胸元が均整に隆起していて、向かい合ったテーブルに前かがみになった姿が煽情的でも、それから先に発展することは決してあり得ない。


 それが、彼女と僕の関係。


 理想的な構図の中にいても、シャーペンがノートを上を滑る音が心地よいだけの間柄。


「……なぁ、上杉。」


「何かしら?」


 話しかけても目線一つよこさない。集中しているのだから、当たり前と言えば当たり前だが。


「互いに助けがいらないのなら、僕の家で勉強する必要はないんじゃないか?」


 中間テスト対策で勉強会をすることになったのだが、上杉は成績優秀なのでこんなことをする必要がない。だがなぜか上杉に勉強会に誘われ、そして彼女を部屋に招いている。


「あなたが解答を見るのではなくて、私に教えてもらえばいいと思うのだけど?」


「これで十分理解できるし、君の勉強を邪魔しても悪いだろう。」


 上杉は息をするように問題集を解くし、僕はわからないところは模範解答を見ながら順を追って理解する。なので二人の勉強方法にわざわざ他人を介入させる意図がない。


 しかし上杉は不満げだ。ただでさえしかめっ面の真顔が更に強張っている気がする。


「解らない相手に解る相手が教えることこそ、勉強会なのだと私は思うのだけど。」


「それはわかる。そしてその通りやっている。ただ僕の部屋で二人でこうしている必要があるのかと聞いている。」


「その通りやっている?日本語の意味が解らないのだけど。」


「模範解答は答えだ。つまりこれは解き方を知っている。同じような問題に解き方を当てはめて、あとは体に覚えさせればそれでいい。」


「なるほど、理解したわ。」


「では質問に答えて欲しい。」


「常に成績が中の中のあなたには、優秀な講師が必要だと思ってかって出たのだけれど、まさか模範解答と競合することになるとは思わなかったわ。」


「君には君の勉強がある。そして僕と君のレベルには大きな差がある。なら、僕は君の邪魔になるだろう。よって僕は僕の勉強をする。」


「退屈ね。」


「退屈だな。」


 これだけひねくれた理屈を並べていても、思ってる事はお互い同じなのが理解しがたい。


 というのも、今の僕たちは一流大学の椅子でも奪い合うのかという気の入りようでシャーペンを握っている。しかし本当の目的はそうではなくて、先日あった面倒な出来事をきっかけに、親交を深めようという意味合いでこの会を開いたのだ。


「嬉々が楽しいものだと言っていたから期待したのだけれど、想像した物とは天地の差ね。これを楽しめるのは相当な根暗だけよきっと。」


「なるほど。僕は相当な根暗か。」


「楽しいの?」


「楽しくないよ。」


「あなたは根暗じゃなくて卑屈よ。間違えてはいけないわ。」


「どちらも不気味という共通点はある。」


「偏見ね。」


「偏見だな。」


 見つめ合って、頷き合って、見つめ合う。会話がこれじゃなきゃきっと淡い初恋が始まりそうな展開なのだろうけど。


「そういえば嬉々が、勉強会は休憩に、お菓子や飲み物を持ち寄るものだと言っていたわ。」


「それはつまり、お茶菓子を出せと要求してきているのか。」


「そういうつもりではないのだけれど。」


 牽制球を投げると、上杉は遠慮がちに声を潜めた。


「まぁあるけど。」


「言葉のわりに用意周到ね。」


 ただしこっちがその気になればあら、そうなの?と小悪魔的な視線を向ける。計算高い女だ、なまじ頭の回る奴はこれだから嫌いだ。

 

 客人にお茶の一つも出せないようでは、閉鎖的と言わざるを得ない。もっとも、言われるまで出す気はなかったが。


 僕は立ち上がって部屋を出る。台所へ出向き、適当に買いだめされた一粒チョコを袋ごと、浅くくり抜かれたような形の木皿にぶちまけ、グラスに氷二つとオレンジジュースを注いで部屋に持っていく。


 扉の前まできて、両手が塞がってしまっては取っ手を捻れない事に気づいた。


「上杉、扉を開けてくれ。両手が塞がっていて開けられない。」


 扉の中に呼び掛ける。が、物音一つしない。トイレにでも行ったのだろうか。それならそれでトイレの場所を聞いてくるはずだが……。


 仕方がないので、一旦物を床に置いてドアノブを軽く捻り扉を少し開く。物を持ち直して足で扉を開いてやると、上杉が部屋からいなくなっていた。


「……人に用意しろと言っておいてこれか。」


 常識に欠ける行為だ。しかし探しに行くのも面倒なのでそのまま勉強を再開する。


 オレンジジュースの酸味が、意外と適度に集中力を回復してくれる。氷を二つしか入れなかったのも正解だった。味が薄まり過ぎず、程よく冷たさを維持してくれる。


 だが、それで怠惰な僕が一人真面目に勉強できる材料にはならない。次第に、何とも言えぬ睡魔に襲われた。


「……駄目だ、寝よう。」


 眠気に気づくと途端にやる気が失せた。このまま続けても身につかないだろうし、小一時間頑張ったのだから少しぐらい横になったっていいだろう。上杉も帰ったし。

 そうしてベッドの上に寝転がろうとする。が、そこで気づいた。抱きまくらなんぞ買った覚えはないのに、何故だか僕のベッドの上が盛り上がっている。人型に。


 恐れを知らずがばっと勢いよく掛け布団をめくる。すると、まっすぐ伸びた長い髪が布団に引っ付いてふわっと空を泳いだ。そして甘ったるい空気を撒き散らす。


 なぜか上杉が、僕の布団の上でうつ伏せになって寝転がっている。しかも枕に顔をうずめて。おまけに抱きしめながら。


「……おい。」


 動物が一番怒る瞬間は何だと思う?飯時を邪魔された時か?ちょっかいをかけられた時か?


 僕は寝床を奪われた時だと思う。


「人の布団で何をしている?」


「見てわからないかしら?休憩してるの。」


「お茶菓子を持って来たのだが?」


「かれこれ三十分は経つのだけれど?」


「長い休憩だな、時間は限られているのに。」


「迎えが来るまでは心配ないわ。」


「いつまで居るつもりだ。さっさと勉強して帰れ。」


「自分の家が一番集中できるとは限らないわ。」


「最大限効率を落としている奴がなにを言う。」


「あら、それはお互い様じゃない?私の姿が見えないと思ったら、途端に身が入らなくなっていたもの。」


「君は家庭教師か何かか。」


「お茶菓子昼寝付きなら考えてもいいわ。」


「その度に布団をめくらなければいけないから御免だ。」


「そう?こんないい条件はなかなかないと思うのだけど。」


「JKビジネスでも布団をめくるオプションなんてつかないだろうな。」


「しかも美少女である。」


「自分で言うのか。」


「自信はあるもの。でも最近は失くしそうよ。ちっとも喰いついてこないから。」


「問題を起こしたら困るのは君だろう?僕もだが。」


「倫理観と感情論は別よ。」


「そういうものか。」


「そういうものよ。」


 上杉は僕の枕を胸元に抱きしめ、勝ち誇ったように微笑んで見せた。遠回しにどけと言ったことには気づいているらしい。完全に確信犯だ。


 すると上杉は起き上がり、股を畳んで太ももを見せつける様に露わにして座る。まるで僕を誘惑していたかのような事を言ったタイミングで、お姉さん座りとは卑怯である。まだ枕を抱きしめている辺り、僕を寝かせる気はないらしい。


「……君に羞恥はないのか。」


 背が同じぐらいなのに、わざわざ屈んで上目遣いな辺りがまた、そういう経験を積んでいるのかと連想させる。普段は大人っぽい上杉が、こういった子供っぽい瞬間を見せるのはあまりに卑怯だ。見てはいけないものを見ている気がしてそそられる。


「あら、高校生の美少女が、制服姿で自分のベッドに寝転がっていて、それもまったくのノーガードで、それで何もしない男なんてあり得るかしら?」


「…………。」


 文面は至って強気だが、耳まで真っ赤に染まった表情と緊張で震えきった声で言われても説得力がない。瞳などは今にも泣きそうで潤んでいる。


 豪胆なのか意地っ張りなのか、どちらにせよ少し行動が飛躍しすぎている。


 ここは少し、懲らしめておこうか。


「どうかしら?前崎くん。」

「……確かに、その通りだ。」


 僕はベッドから足を外し、そのまま上杉の太ももに頭を乗せる様にして寝転がる。柔らかくもしっかりしていて、ひんやりとした感触が肌に伝わって気持ちがいい。勢い任せにしてしまったが、これは案外正解だったかもしれない。


「んっ\\\……。」


 対する上杉は、僕の髪が触れた瞬間に甘い声を押し殺していた。太ももの上で頭を擦りつけてみると、くすぐったいのか震えが伝わってくる。


「な……何をしているのかしら?」


「君が枕を返してくれないから、丁度いい高さのものがそこにあったのでな。」


 言葉の割には嫌がる様子もない。いい機会だから軽くトラウマになるまでしてやろう。


「……その、感触はどうかしら?」


「意外と……快適だ。」


 これならいくらでも快眠できる。ふと目を開いて上杉の様子を伺うと、茹でタコはしっかりとボイルされ完全に出来上がり、開きっぱなしの唇があわあわと震えている。まさか僕が攻めに転じてくるとは予想していなかったようで、しっかりと照れて恥ずかしがっている女の子の表情を見せてもらった。僕はそれに満足して、しっかりと快眠させてもらう。


「……その、想像以上に……恥ずかしいのね。」


「もっと恥ずかしい事の方がよかったか?」


 少し意地悪をするつもりで言った。だが返事が返ってこなかった。


 調子に乗り過ぎたか、そろそろやめようかという時だった。丁度真上にある上杉の顔が、真っ赤なまま何かを期待するような眼差しで蕩けていた。心なしか呼吸も荒く、生温かい吐息が顔に当たって、こっちまで変な気持ちにさせられる。


「もっと恥ずかしい事って……何をするのかしら?」


 上杉はもう完全にその気だ。僕もここまで誘っておいてふいにすることもできない。何が彼女をそうさせるのか、暴走しきった彼女は、このまま僕を道連れにするつもりだ。


 これはもう、流れに身を任せるしかないだろうか。


「……君が想像したことを、そのまましてみればいい。」


 はっきり言って逃げだ。僕は上杉の良心に逃げた。きっと膝枕ぐらいでこんなになっている上杉なら、それこそ取り返しのつかないような事態までには持っていかないだろうと逃げた。だがそうしてから、今の上杉相手で大丈夫だろうかという心配が込み上げてくる。


 どうしていいかがもうわからない。


「……そう。なら、そうしてみるわ。」


 細くなった瞼がまるで子猫のように、垂れ下がったもみあげをかき上げて耳にかけ、露わになった線の細いうなじと艶やかな唇が、生温かい吐息と共に迫ってくる。その度に胸がやかましく高鳴り、身体の奥から熱が込み上げてくる。


 お互いの鼓動が合わさり、吐息がぶつかり、どちらかが体勢を変えれば触れる距離にまで迫って来た。


「……んっ\\\」


 小さく漏れた色っぽい吐息が、そっと上杉の瞼を優しく閉じる。


 同時に、待ちきれずに煮詰まった唇同士が求めあい、お互いを咥えこんだまま離さない。


 熱が上がっていくのがわかる。しかしそれは煩わしくなく、むしろじわじわと心地よさで意識を支配しようとする。次第に熱に耐えきれなくなった舌先が、唇の表面をゆっくりとなぞりながら舐めとっていく。


 僅かに細めた瞼を開いた。見たこともないぐらい近くまで迫った上杉が、全部が見えなくても蕩け切っているのがわかるぐらい紅潮していた。その舌先が満足するまで、僕は上杉にされるがままになっていた。


 やがて満足したのか、名残惜しそうに舌先の感触を残したまま上杉の顔が離れていく。


 今までで一番、美しい姿だと思った。


「……初めてだったのだけれど、なんだかとても甘酸っぱいのね。」


 キスの感想を述べる上杉は、恥じらいは残しながらもいつもの調子に戻ってきていた。それに安心したのか、僕までいつもの調子が出てきてしまう。


「……ただのオレンジジュースだよ。」


 いつもみたく卑屈気味に言うと、上杉はまた少し顔を赤くして、僕の枕を抱きしめながら顔をうずめた。

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