第43話 不死の彼女の望むもの(6)

 魔女の身体を欠片も残さず焼き消した焼失は、鋭く舌を鳴らした。


「焼いた感覚が、ない」

「すごいすごい。私の身体が消えちゃった。炎の魔法じゃないね、これは。消滅魔法かな?」


 身体を塵も残さず焼き払われたのにもかかわらず、響く声。

 魔女の声は喜びに溢れていた。

 床を這うようにしてのたくっていた触手が、撚り集まるようにして、あっという間に魔女の身体を再生してのける。


「何が私の身体だ。あれはお前の本体じゃねェな」

「ううん、あれは私だよ」


 肉の魔女は、微笑みながらそう口にした。

 顕は月彦の顔をちらと見る。

 月彦は小さくかぶりを振った。


「……嘘じゃない」

「んなわけあるか!」


 焼失の手から、舐めるように火が上がる。

 地面を伝って燃え移った火は、そのまま肉の魔女を焼き、消滅させた。


「本当だよ。本体なんかどこにもない。身体が一つ失われたくらいじゃ、私は死なない。それだけのことだよ」


 再び、触手が撚り集まり、魔女の身体を作り上げる。

 それはさながら、動画を巻き戻すように。

 さながら、出来の悪い悪夢のように。


「私。私。どこからどこまでが私なのかな? 伸ばした指の先は私? 髪の毛先は? 切り落とした爪は私じゃないの?」


 歌うような調子で、肉の魔女は口を開く。


「答えは全て。全て私だよ。私が全てなの」


 艶然と微笑んでみせる魔女に、返す言葉がない。


「……何が可笑しい」


 神一が、破れかぶれにそう問いかけた。


「何が可笑しい、肉の魔女!」


 ほとんどただの言いがかりに等しいそれに、魔女は笑顔で応える。


「何って、あなたたちのような強力な魔法使いが、私を殺せないことがわかって嬉しいの」


 魔女は笑う。


「私は死なない。死にたくない。どんなことがあっても死んで消えてしまうことが嫌。だから、生きていられると実感できることが嬉しいの。この程度では私は死なない、それを証明することが、たまらなく!」


 不死の魔女は笑う。

 不死でありながら、不死であるが故に。

 病的なまでに、死を恐れている。

 その異常な精神に気圧されるようにして、その場の誰もが言葉を失った。



「そう。言葉だ」



 朽網月彦、ただ一人を除いて。


「曖昧で、不確かな事象を。言葉で腑分けし、縫い止める。それが僕の魔法だ」


 月彦は、魔女に対して、微笑みで応じる。


「本体など存在しない、全てが自分なのだと言ったな、肉の魔女。ならば、今。その身体にお前が在りながら、そこでのたくる触手さえも、お前自身だということか」

「その通り。自分の身体は自分自身でしょう? この触手もまた私。自分自身だから、思うように動かせる」

「それだ」


 月彦は扇子を剣のように魔女に向ける。


「自分自身だから思うように動かせる? 違うな。普通の人間は、自分自身でさえ思うようには動かすことはできない。忘れてしまったのか? 人間だった頃のことは」


 魔女は答えない。


お前の魔法は・・・・・・肉体操作・・・・じゃない・・・・。おそらくは、『自分とみなしたもの』を自在に操る魔法だろう。だからお前の不死の種は、遍在する存在であるとか、そんなものではない。スペアの身体に精神を移し替えていた。それだけのことだ」


『だから、曲輪木』

『ならば、郵便屋!』


 月彦の台詞を聞いて、ほとんど同時に動き出す。


「それだけのこと。ふふ。ならあなたたちは、『それだけのこと』にどう対処するのかしら」

「無論、決まっている」

「封絶結界!」

『『精神』だって情報である以上、僕の管轄だよ! 情報封鎖! 移動は禁じた!』

「移し替えさえ封じてしまえば、お前を殺せる」


 魔女は微笑んで、小さく拍手をした。


「すごいすごい! 本当に、私が負けるなんて思ってもみなかった!」


 先程までと変わらぬ調子で、嬉しそうに。


 

 その様子に、気勢を削がれる。


 

「本当に良かった。あなたたちが優秀な魔法使いで。力を合わせて、私を殺し得るくらいに、優秀な魔法使い。おそらくこの世界でもトップクラスなんじゃないかな」


 眼前に死が迫っているというのに、まるで怯えた様子がない。

 死を恐れるがゆえに、命を試すようなことをしていた者とは思えない。


「焼失。焼け」


 その余裕ある態度に危険を感じた標識が、焼失を促す。

 しかし、遅かった。


「本当に良かった。そんなあな・・・・・たたちを・・・・ここで無力化・・・・・・できるんだから・・・・・・・

「焼失!」


 標識が焼失を振り返る。

 そして、呆けたように宙を見つめ、動かなくなっている焼失を見て、悟る。


「『一時停止』……!」


 それは、標識が魔女を止めるため、投げたもの。

 手放し、彼女に取り込まれたものだった。


「私の名前は十神穢魅(とおかみえみ)」


 肉の魔女。

 その真名。

 数多の呪いを受け続け、聞くだけで呪いの余波を受けるという、膨大な力を蓄えたその名前を、口にして。


「……ッ、『宣名魔法』!」

「郵便屋! 全情報遮断!」


 月彦と、標識が叫ぶ。

 しかし、遅い。

 あまりにも遅すぎた。

 魔女の呪いが実を結ぶ。



「私の名前、私の命に懸けて、私の秘密を暴き立てた者共に命ずる」




「私の愛しい子供に、手出しするな」




 心臓を直接撫ぜるような怖気が、肉の魔女を囲む魔法使い達に襲いかかった。

 肉の魔女は、糸の切れた人形のようにその場に柔らかく倒れこみ、そのまま動かなくなった。


「……死んだ」

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