第91話 オリヴィエの屈辱
フェナは本陣で、自分の判断が間違っていたことを確信した。
目前から敵の奇襲部隊が迫っている。
丘を攻めている主力を呼び戻すことも、最前線の混乱を見るとできそうにない。
そんな状況では指示が通るとは思えなかった。
それでも望みをつなぐために、伝令をオリヴィエのいる主力へ送った。
「あまりこういうことは得意では無いのですが」
そう言うと、フェナは席を立ち剣を抜いた。
ここにいる兵力で、奇襲部隊の衝撃を受け止められるとは思えない。
その考えが、彼女に剣を抜かせるに至らしめた。
喚声が本陣に近づいてくる。
フェナは目を閉じる。
そして一息ついて、目を開けた。
「運良く援軍が来るまで頑張りましょうか」
そう言って本陣に飛び込んで来た兵士を一人斬り伏せた。
「意外といけるものですね」
刃に付いた血を、剣を振るって払い、次の敵に備えた。
しかし敵の勢いを抑えるだけの力はない。
兵力差でどうにもならなず、切迫した状況では、作戦も何もない。
個人の武勇が全てだ。
フェナはできる限りの武勇を見せたが、それも尽きる時が来た。
息が切れ、まともに立つことも難しい。
そんな彼女の薄れる視界に、揺れる銀髪が映った。
「あなたが大将ですか?」
切っ先がフェナに向けられる。
「まさか……年の変わらなさそうな女性に討ち取られる……とは思いません……でしたよ」
剣を杖代わりにして、フェナは目の前に現れた女性を見た。
「私はエレオノール、ラグランジュ公の妻です」
「総大将の奥方まで……動員するほど……人材に困窮しているとは」
途切れそうになりそうな思考で、精一杯毒づいた。
エレオノールの剣を握る拳に、ギュッと力が込められた。
「自分の意思で戦場にいるだけだ!」
彼女はフェナに斬りつけた。
フェナはかろうじて避けたものの、姿勢を崩して倒れてしまった。
彼女はエレオノールのトドメをいなすことなどできない。
エレオノールが剣を振りかざしたその瞬間に、一陣の風が吹いた。
「救援に参りました!」
馬にまたがったオリヴィエが、二人の間に割って入った。
そして槍をエレオノールに突き出した。
彼女は一撃を避け、彼を睨みつけている。
エレオノールの額を汗が伝っていく。
オリヴィエには勝てない。
鋭く早い一撃を見せられ、エレオノールはそう判断するしかなかった。
それに、オリヴィエが連れてきた援軍で奇襲が妨害された以上、作戦失敗だ。
敗北を認め、彼女は踵を返して本陣から去った。
「助かりました。ありがとうございます」
フェナは起き上がり、息を整えてから口を開いた。
「いえ。では追撃に参ります」
オリヴィエはエレオノールを追いかけようとする。
「待ってください」
馬を走らせようとした彼は、慌てて引き止めて下馬した。
「なぜ追わないのですか?」
不思議そうにオリヴィエは彼女を見た。
「公の奥方を討ち取るのは、その後の交渉が不可能になるでしょう」
そう言われたオリヴィエだが、首をかしげ、納得していない。
「ですがこの場で敵の有力な将を討てば、勝利は近くなるかと」
「逆です。こちらは補給の問題が常にあり、北部奥深くまで攻め上がるのは現実的ではありません。主力を撃破して帝都を含めた北部以外を抑えた時点で、講和が最適なのです」
「そうですが」
まだ納得しない彼が言い切るより先に、フェナが口を開いた。
「主力軍をどうにかする方が先決です」
「……わかりました」
大きな手柄を意図的に逃したオリヴィエは、悔しさを堪えられず、唇を噛んだ。
「主力の指揮に戻ります」
「ではここまで撤退してください」
「まだ勝機はあります!」
彼は思わず声を張り上げた。
悔しさが彼にそうさせたのだ。
しかし彼が丘を見ると、撤退を決断する以外の選択肢は消え去った。
背後を取られて動揺した隙に、反撃を許したのか軍が乱れている。
「わかりました……すぐさま撤退させます」
オリヴィエは主力軍の指揮に復帰すると、出血を強いられながらもなんとか撤退を成功させた。
そして戦線の膠着はどうにもならないこととなった。
丘の上に陣取るリュカの攻撃に失敗し、彼を無視して進軍すれば背後を遮断される。
リュカの牽制と帝都侵攻の両軍に分割すると、前者が各個撃破の餌食になるかもしれない。
高所に陣取っている方が有利なのだから、それはありうる。
フェナは思考を巡らせたが、勝利へのビジョンを描けなかった。
オリヴィエを呼び、この場を動かず敵を拘束することを伝えた。
武勲を求める彼は、案の定不満を露わにした。
「ここに長居していては、それこそ敵の思うつぼであり、作戦を進められず補給問題がより深刻になるのでは?」
「その通りです。ですが、現状それが最適解と言わざるを得ません」
「やはり戦闘前に話したように、軍を分けて、一方をここに、もう一方をエティエンヌに向かわせればいいじゃないですか。ここに残す部隊は堅守を第一にすれば、各個撃破は兵力的に無理でしょう」
熱くなっている彼を見て、フェナは自分の判断は間違っていないと結論づけた。
「ルクレール将軍にここを任せるとして、功に逸るあなたが、敵の誘いに乗らないとは思えないのです。今でも隙があれば、敵を攻撃したいと思っているでしょう?」
オリヴィエは何も反論できなかった。
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