第88話 猛獣出陣

 フランクールは剣をふるいながら、馬上で指揮を執っている。

右翼の部隊は各個に戦い、そして敗れて後退しようとする。

しかし後方の部隊が邪魔になり、身動きが取れず壊乱状態に陥っていた。


西部諸侯は寡勢のフランクールに蹂躙され、どうにもならない。

フランクールはそのように状況を見ていた。


 そんな彼の視界の隅に、自軍の乱れを見た。

連合軍が動いているわけでもない。

だが強い打撃を受けていることを不審に思い、フランクールは渦中へと馬を走らせる。


 渦中へと飛び込むと、兵士の体が彼に向かって飛んできた。

フランクールは手綱を操り、辛うじてそれを避けた。

しかし彼は恐怖を覚え、嫌な汗が顔から吹き出るのを感じた。


 人が吹き飛ぶなんて尋常ではない。

本能的に馬を走らせる速度を落とした。

しかしもう手遅れである。

彼と向き合う形で、馬にまたがり柄付きの鉄球を持ったデュカスと対峙している。


「派手な装備だな。貴様が指揮官か?」

 尖った歯を見せて、にやりとデュカスは笑った。

人の恐怖心を的確に煽るような笑い方に、フランクールはゾッとした。


 本能が危険だと騒ぎ立てる。

しかし退くわけにはいかない。

それは彼のプライドが許さないからだ。


「来いよ、俺が怖いのか?」

 デュカスが挑発する。

安っぽい挑発とは頭ではわかっていても、彼の高いプライドが背中を押した。


 馬をデュカスに向かって走らせ、剣を振りかざす。

「俺を恐れず立ち向かう度胸は認めるぜ」

 デュカスは柄でフランクールの剣を受け止めると、それを力で押し返した。


「あっ!」

 フランクールは剣でデュカスの力を受け止めるが、強烈なそれを凌ぎきれず落馬してしまった。

「俺の手柄になれ!」

 デュカスがとどめを刺そうとし、フランクールは恐怖で目を見開いた。

栄達も何もかもここで潰える。

そう思ったとき、彼の体は持ち上げられ、馬上に乗せられた。


「危なかったな」

 フランクールには目もくれず、言葉の主は馬を走らせる。

「ダヤンか。要塞から出たのか」

「ああ、戦況を見守っていたが、あの化け物が出てから様子が変わったから様子見にな」

 気に入らない男に助けられて、釈然としない表情をするフランクールだが、礼をしないわけにはいかない。

「助かった。礼を言う」

「構わんよ。それより麾下の兵に撤退を命じてくれ」

「あ、ああそうだな」

 フランクールは撤退の合図を出した。


******


「戦場で暴れるのは最高だ。雑兵を虫けらのように殺せるのは、すげえ娯楽だ」

 豪快に笑いながら、デュカスは連合軍の本陣へと凱旋した。


 そんな彼をジルーは苦々しく見ている。

デュカスが偽帝に雇われていたことが、引っかかってしまう。

そんな彼を好意的に見ることなんて、ジルーにはできない。


「大将首を取ったわけでもないのに、ずいぶんと得意気だな」

 ジルーの嫌味に、デュカスは眉間にしわを寄せた。

そして彼はジルーの方を見た。

「あぁ? 味方を助けることもできねえ雑魚が粋がってんじゃねぇぞ」

 巨体を揺らし、ジルーへと大股で迫る。

「ラグランジュ公一人の首も取れないで、何をほざくか!」

 見下ろしてくるデュカスに、ジルーは目をそらさない。

「度胸はあるんだな。これくらいで許してやる」

 デュカスは膝蹴りをジルーのみぞおちに叩き込んだ。

ジルーは強烈な打撃に、言葉も出ずその場で倒れ込んだ。


 彼には目もくれず、デュカスはステフェンを見た。

「言われた通りのことはしたぞ」

「よくやってくれた。凱旋したら、褒美を渡そう」

「気前よく弾んでくれよ」

 デュカスは本陣から出ていった。


 それとは入れ替わりに、右翼を率いている指揮官が肩を怒らせながら、ステフェンのところへ来た。

「どういうことだ! なぜ援軍を出さなかった! 来たのはたった一人じゃないか」

「敵よりも多い数を擁していながら、劣勢を強いられることに問題がある。何もせずに、自分たちの土地を守れるなどという、甘い幻想は捨て去るべきだ」

 この言葉に、指揮官は何も言えなかった。

「貴公ら現地の貴族が、土地と名誉のために戦う気概を見せるなら、リーベック軍も勇敢に戦うことを約束しよう。どうか、力を貸してくれるか?」

 指揮官は腕を組んで考え込んだ。

「わかりました。麾下の貴族にも動くよう呼びかけます」


 彼は本陣を出て、ステフェンはホッと胸をなでおろした。

「まったく、やりにくいことこの上ないな。次は連合軍なんて勘弁だ」

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