第72話 剛腕デュカス
クロヴィスに報告へ来たシュヴァリエは、クロヴィスと相談しながら作業を進めたため、何日かレジーヌ要塞に宿泊していった。
「無事帝都に兵を入城できました。いつでも作戦を発動できます」
「ご苦労」
作業を終えたのはすでに夜であった。
「帝都より使者です」
執務室にフランクールがやってきた。
「応接間に通してくれ。すぐに向かう」
西部への侵攻が決定されたとクロヴィスは考えた。
彼はすぐに応接間へ向かった。
応接間に入ると、封蝋された手紙を持った使者と、その隣で立っている護衛の大男がいる。
使者が主客であるが、その男の存在感は凄まじいものがある。
大剣を肩に背負い、見開かれた目で周囲をギョロギョロと見て警戒している。
男は手紙をクロヴィスに渡した。
手紙の封蝋には、ジスカール家の紋章である、オオカミの印璽が捺されている。
勅令である。
封を切り、中身を呼んだ。
「西部へ攻め込み、反動分子である諸侯を討ち滅ぼすという命、謹んで受けます」
クロヴィスは手紙を掲げ、拝跪した。
そのとき殺気をクロヴィスは感じ取った。
戦場で味わうような、強烈で生々しい気配だ。
とっさの判断で迫る殺気を回避した。
すぐに立ち上がり、殺気の出どころを見た。
大剣を抜いた大男が牙のような歯を見せて笑っている。
「貴様は刺客か」
大男は大きく頷いた。
「ガストン・デュカス。この名前をあの世でも覚えておけ」
低く重い声で語る。
大きな体躯には似合わない速さでクロヴィスに迫る。
彼の一撃をなんとかかわし、自らの腰に手を回した。
しかし剣は、皇帝の使者に会うには無礼と考え佩いていなかった。
それに剣があったところで、このデュカスという男に勝てるとは到底思えない。
「この無礼者を殺せ!」
クロヴィスが大声で指示を出すと、室内に兵士が数人突入した。
だがデュカスは全く動じない。
「獲物が集まったか。徹底的に蹂躙してやるよ」
デュカスは斬りかかってきた兵士の腕を掴むと、軽々と持ち上げて床に力いっぱい叩きつけた。
兵士は空気が漏れたような声を出して、頭から血を溢れさせて倒れた。
「どうした、もう終わりか?」
倒れた兵士の首根っこを掴み、他の兵士たちへ投げつけた。
「次、来いよ」
「生かしては帰すな!」
兵士が三人がかりで斬りかかった。
だがデュカスは表情を少しも変えない。
大剣で三人の攻撃を受け止めると、一人を蹴り飛ばした。
蹴られた兵士は石ころのように床を転がる。
残りの二人は大剣で押し返されて、倒れてしまった。
一人が起き上がろうとした。
「寝てろ」
腹を踏まれ、口から盛大に血を吐いた。
残りの一人をにらみつける。
「人間は脆すぎる。そうは思わんか?」
倒れた兵士は力が抜け、剣を落とした。
「雑魚が」
重い大剣を軽々と振った。
兵士の首がころりと転がった。
デュカスは他の兵士たちを見渡す。
見られた彼らは足が震えている。
「蹂躙って最高だよな」
返り血を浴びた体で、兵士に守られたクロヴィスのところへ歩きだした。
クロヴィスは覚悟を決めた。
「剣を貸してくれ」
隣の兵士から半ば強引に剣を奪うと、彼らの前に躍り出た。
「大将自ら戦うか。楽しませてくれよ」
尖った歯を見せてデュカスは笑った。
「お待ち下さい! 下賤な者など相手にする必要ございません」
ダヤンが兵士の肩を踏み台にして、二人の間に飛び込んだ。
彼は剣を抜き、デュカスと鍔迫り合いになった。
ダヤンは全力で攻撃を受け止めているが、デュカスは平然としている。
「さっきの連中よりは強い。だが弱い」
デュカスに剣で押し返された。
しかしダヤンは追撃をかわし距離を取った。
「最初から貴様のような化け物に、まともに対抗などするか」
ダヤンがそう言うと、室内にさらに増援が駆けつけた。
「数で押すなど、つまらん真似を」
デュカスは唾を床に吐き捨てた。
「こうなってはだめだ。消耗させられて殺されるぞ」
腕を引っ張る使者を、デュカスは鬱陶しそうに見た。
「逃げろというのか」
「死んだら蹂躙も何もできないんだぞ」
デュカスは舌打ちすると、使者を担ぎ上げた。
「ここから脱出するぞ。それでいいんだろ?」
「あ、ああそうだ」
呆気に取られた使者を尻目に、デュカスはずんずん歩いていく。
「道を開けろ!」
デュカスが叫ぶやいなや、道を塞ぐ兵士を大剣で薙ぎ払った。
片手で振るったにも関わらず、その力は圧倒的で、誰にも抗うことはできなかい。
クロヴィスは追撃を指示したが、圧倒的な暴力を見せられた後では、兵士の足取りは重かった。
「何だったんだあの男は」
「化け物以外に形容しようがありません」
クロヴィスの疑問にダヤンは答えた。
「ともかくこの後のことを考えないと。陛下が私を害しようとしているとは……」
皇帝への忠誠による平和と、民衆の安寧を望んでいるクロヴィスにとって、これはあまりにもショックだった。
未来への展望すらわからなくなったクロヴィスは、自らの理想とは何か問い直す必要に迫られた。
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