第71話 北伐の幕開け

 西部に軍を進めていることは、ルメール伯含め、他の西部諸侯にとってイレギュラーなことだ。

反乱の音頭をとっているルメール伯は、すぐにリーベック帝国に救援を求めた。


 ベアトリクスはすぐに諸将をスロース城に集めた。

「すでにベイレフェルト辺境伯に、七万人を率いて反乱軍の救援に向かわせている。余はこれを機に、統一を求めて北伐を敢行しようと思う」

 一同に緊張が走る。

統一が目的の北伐ともなれば、大規模な軍事行動になる。


「北帝ジェロームは南部の併呑を望み戦争を仕掛けてきた。その結果、こちらは古参の臣下を失った。北部を討たずして平和はなく、血は流れ続ける。いまが終止符を打つ機会だ。フェナ!」

 名前を呼ばれたフェナが、彼女の前に出た。

「東部から八万人を率いて、ルクレールを伴って北上して欲しい」

「御意」

「クライフ、ボック、ファン・フリートは余が率いる主力十万人の下で行動してもらう。あとはエルベルト」


 名前を呼ばれるとは思っていなかったエルベルトは面食らってしまった。

戦場で全く結果を残せなかったのだから、呼ばれるはずがないと考えていた。

「スロース城に残って、補給を統括して欲しい。帝国軍だけで総勢二十五万人動員している。それを後ろから支えて欲しい」

 そんなことが自分にできるのか、エルベルトは不安でたまらない。


「余の留守を守れるのは、その夫が一番相応しい。後方のことを任せていいか?」

「もちろんでございます」

 自分にしかできないのなら、そこで全力を尽くしたい。

エルベルトはそう思った。


******


「いくつか情報が届いていますので、それを伝えに来ました」

 シュヴァリエがレジーヌ要塞にいるクロヴィスを訪問した。

「一つは南方から軍が来ます」

「西部諸侯への援軍のことなら知っている。南部と繋がっているとはな」

「それだけではありません。南部が総力を挙げて攻め込んで来ます。軍の招集が始まって、国境の兵力が日に日に増えています」


 最初は既知の情報と思い表情を変えなかったクロヴィスだが、総力戦の用意が始まっていることを聞き、彼の表情に恐れと焦りが顔を覗かせた。

しかしまだ情報があることを思い出した。


「他の情報は?」

「ボワイエ公のご子息のウスターシュが、南部へ使いに行ったようです。それも皇帝の命令を受けてです」

「例の耳からの情報か? それは信用に値するのか、私には判断できない」

 クロヴィスは首を横に振り、情報を信じていないということを示した。

「詳細は主君といえども明かせませんが、皇帝に近い宮廷内の人物からの情報です。お伝えしている情報は、そういうところから来た情報を精査し、信用に値するものを選び取っているものです。どうか、信じてください」


 そこまで言われると、クロヴィスも信じないわけにはいかない。

しかし皇帝が何か裏で動いている。

自分を戦わせた相手に一体何しに行ったというのか。


 講和の使者なら、もっと地位の高い人物を堂々と向かわせる。

ジェロームの意思をクロヴィスは読めないでいる。


「私に皇帝の考えはわかりません。ですが、敵国にこのようなことをしているというのは怪しいものです。しかもウスターシュは父親と違い、公爵様のことを快く思っていません。それどころか、帝国に仇をなす存在と考えている人物です」

「何が言いたい?」

「ウスターシュをいつでも排除できる態勢を取るのです。私に策があります。お任せください」


 クロヴィスは彼の発言が引っかかった。

「排除するのではなく、その態勢を取るのか」

「ええ、現状彼を排除する名分はありませんから。そこで、首都に密かに軍を隠し持ち、彼が何か事を起こしたら、皇帝の身柄を押さえるのです。もちろん丁重にですよ」

「それではこっちが逆賊じゃないか!」

「逆賊になるのはウスターシュです。必要なのは皇帝の身柄がこちらの手中にあるということです。弑逆など必要ありません」

 

 クロヴィスはシュヴァリエの意図することを理解した。

抜け目のなく謀略を巡らせる彼に、畏怖の気持ちを覚えた。


 クロヴィスにそのような才覚はない。

戦場で軍略を巡らせることはできるが、その背後での動きには疎い。

だからこそ、シュヴァリエのような人物が、クロヴィスには必要だ。


「わかった、兵はそれほど必要ないだろう?」

 首都にいる近衛隊と警備兵を合わせても、兵隊を相手にできる数も練度もない。

「そうですね。潜伏先は首都での邸宅を用意し、そこに兵を潜伏させましょう」

 クロヴィスは了承し、公爵家の予算を使うことを認めた。

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