第69話 二人の使者
「反乱への支援が欲しいのだね」
ベアトリクスとフェナは、密使として訪れた元ロンサール公配下のジルーと会談している。
「支援ではありません。指揮を執ってほしいのです」
ベアトリクスはフェナと顔を合わせた。
二人とも彼の言葉を理解できていない。
「皇族を擁立して反乱を起こし、それの支援ならわかる。だが、私に率いろとはどういうつもりで?」
「私はロンサール公の配下で、公に恩義があります。その仇をとりたい。それだけです」
「無計画な人間に乗っかると思われるとは心外ね」
ベアトリクスはジルーを睨みつけた。
「現在の主君であるルメール伯は、陛下が軍を率いるなら反乱を起こすという言質を取っています。それに帝国西部は長年ロンサール公の勢力下であり、彼を滅ぼしたジェローム帝やラグランジュ公を嫌っています。西部諸侯だけではまとめる者がおらず敗北は必定です。ですが、陛下が動くなら、話は別でございます」
彼の言葉を聞き終えると、ベアトリクスは顎に指を当てて考え始めた。
少し間を置いて、ベアトリクスが口を開いた。
「西部諸侯の兵力はどれくらいある?」
「少なくとも八万人は動員できます」
「十分な兵力はあるな。フェナはどう思う?」
フェナは驚きを表に出した。
彼女はベアトリクスは端から参戦するつもりだと、ジルーが来る前の会話で認識していた。
ベアトリクスは反乱への支援要請なら乗るつもりでいたが、内容がそうではなかったため、フェナに意見を求めた。
意表を突かれたフェナだが、落ち着いて自分の意見を述べ始める。
「北部と全面戦争するつもりなら、敵の国力を大きく削り、こちらの戦力を強化する意味では有効でしょう」
「なら賛成ね」
話し終わったと判断し、ベアトリクスが口を挟んだが、フェナは話を続けた。
「彼は反乱軍のまとめ役に陛下を推挙してますが、他の西部諸侯は納得するでしょうか」
ベアトリクスは少し考えた。
「いや、大丈夫。不満に思っている人間を動員できて、それで敵を引きつけられるなら問題ない」
そう言われてしまうと、フェナに言えることはもうない。
ベアトリクスはジルーの方を見た。
「結論は出た。貴殿の申し入れを受けよう」
「ありがとうございます」
ジルーは深々と頭を下げ、ベアトリクスは彼を退出させた。
彼と入れ違いに、外交担当ファン・デールセンが入室した。
「どうした?」
「北部からの使者が来ております。どうなさりますか?」
「今日は来客が多いな。通してくれて構わん」
ファン・デールセンは室内に使者を通した。
「ジェローム陛下にお仕えしております、ボワイエ公の子、ウスターシュでございます」
彼は金髪の頭をうやうやしく下げた。
しかし、聞かない名前にベアトリクスは当惑した。
ボワイエ家は先帝の皇后の実家であり、その名前は有名である。
しかし政治、軍事で目立った実績がなく、ましてや当主でもない人物であるから、彼女はその存在すら知らなかった。
それほどの地位である人間を、皇帝への使者として差し向けるとは、何か意図があるのではないかと勘ぐった。
「ウスターシュなる人物は、今日まで聞いたことがない。そのような者を使者にするとは、皇位継承戦争で人材が払底したのか?」
彼女はわざと挑発して、相手の真意を探ろうとした。
「これは内密なことを提案しに参った次第ゆえです。どうかご容赦を」
また内密な話か。
この手の話は気疲れする。
どうやら謀略を巡らすことは向いていないのかもしれない。
ふとベアトリクスはそう思った。
戦場で知勇を競う方が性に合う。
そして競う相手はクロヴィス、ブラッケを討ったあの男。
憎い今となっては、士官学校時代にビールを酌み交わしたことが遠い日に感じる。
あの形骸化した正規軍の士官学校が懐かしい。
貴族の私兵を戦力に数えないといけなくなり、その結果、士官学校は貴族の子弟のための教育機関に変容してしまった。
そんな貴族のための組織でも、人々のためという理想を分かち合える人がクロヴィスだった。
同じものを望んでいたはずなのに、敵視するような関係に至った。
それでも戦わないといけない。
そうしないと、理想で全ての人を救えないのだから。
目の前にいる男が何と言おうと、ベアトリクスの初心は揺るがない。
全ての戦いは理想のためだ。
「ここに来たのは、ジェローム陛下の意思と提案を伝えるためであります」
ウスターシュは書簡を取り出した。
フェナがそれを受け取り、ベアトリクスに手渡した。
一読したベアトリクスは笑い出しそうになった。
「余にラグランジュ公の討伐へ加わって欲しいとね」
誰も彼も、敵対したそれぞれが、同一の勢力を北部の政治に介入させようとする。
その様が彼女には面白くて仕方がない。
「討伐した暁には、帝国南部の所領を割譲します」
「魅力的な条件だ」
そう言うと、ウスターシュが下品な笑みを浮かべた。
「条件は気に入っていただけて何よりです。では陛下からの提案を受諾していただけますか?」
「答えはこれだ」
ベアトリクスは書簡をビリビリに破り捨てた。
「国に帰ってこう伝えるように。誠意の伝え方くらい、士官学校に通う貧乏貴族でも知っているぞ、とな」
ウスターシュはベアトリクスを睨みつけて退出した。
「今回の提案は乗らなくてよかったのですか?」
「ええ、怪しさを感じたからね」
ジェロームは大陸統一を希求している。
そんな人物が領土を割譲するとは思えない。
約束を反故にするか、討伐後にベアトリクスを暗殺する。
そういうビジョンが彼女には見えた。
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