第62話 救援到来
エブロネス城塞に、デ・ローイ家の旗が翻っている。
翼を広げたカラスの紋章を、攻め手の将軍たちは忌々しげに見ている。
「兵糧攻めにするのはいいが、救援が来たらどうするつもりなんだ」
フランクールは苛立ちを隠さない。
「公爵殿にはきっと考えがあるんだろうよ」
「ほう、それはどんな考えなんだい? ぜひ聞かせてもらおうか」
彼はベルトレに意地の悪い聞き方をした。
「知らん」
即答でそう言われ、フランクールは身体を震わせる。
端正な顔を怒りで歪ませた。
「貴様! ふざけているのか! 誰が敵の強襲を受けた時に、救援部隊を送ったと思ってるんだ!」
フランクールはベルトレの胸ぐらを掴み、殴りかかろうとする。
「やるのか? お前なんて一騎打ちなら三合以内で討ち取れるぞ」
ベルトレが平然と言い放った言葉に、フランクールの理性は打ち砕かれた。
振り上げた拳をベルトレの顔面に放たれる直前で、彼の拳はがっちりと止められた。
フランクールは止めた手の主を見ると、そこには今回初めてクロヴィスの配下として参戦したクリストフ・ダヤンがいる。
「そこまでにしておきませんか?」
ベルトレに劣らない巨体の彼は、低く力のこもった声で言った。
威圧される形になったフランクールは、拳を下ろした。
「寒門の人間風情が」
彼はダヤンをきつく睨みつけたが、全く動じない。
「こんなとこで蛮勇を競うより、敵に武勇を見せましょうぞ」
分が悪くなったフランクールは、地面にツバを吐き捨てて自陣へ帰っていった。
不機嫌をむき出しにして帰ってきたフランクールをマネは出迎えた。
「何かあったのですか?」
「バカが味方だと苦労する。やってられん!」
彼はマネの顔を見ると、不機嫌なオーラを少し抑えた。
「すまない、君に言っても仕方ないな」
「いえ、お気になさらず」
フランクールは床几に座ると、机に広げた地図を見た。
「私がもっと上の地位につけば、この地図上にいる連中を好きに動かせるのだがな」
「そうでなければ、土地を捨てて役職を取りに行った意味が無いということですか?」
「まったくその通りだ」
フランクールは機嫌よく鷹揚にうなずいた。
「土地ではなく役職に比重を置く世界とは、高度に官僚化された世界だ。自分の足元で中央集権が急速に進むのを見て、皇帝がどうするのか見ものだな」
「陛下は事を起こすでしょうか?」
「起こす」
フランクールは即答した。
「自分の権力に敏感な男に、他者が足元で権力を強めることを認められるはずがない」
「プライドや嫉妬とは、面倒なものですね」
マネにはいまいち、そういった人の気持ちを理解できなかった。
******
ベアトリクス率いる援軍が対岸のレオポルト要塞まで来ていることを知り、クロヴィスは対応に迫られた。
援軍の数は三万人で、城内の戦力と呼応すれば、クロヴィスは危機的な状況に陥る。
兎にも角にも、作戦を決めなければいけない。
将軍を招集して、会議を開いた。
「このままだと、援軍と城内の敵に挟み撃ちされて敗北は必至だ。フランクール、君は二万人で城内の敵を抑えて欲しい。できるか?」
城内の戦力よりは少ない人数である。
それでも彼はフランクールの能力を信じた。
「ええ、可能です」
クロヴィスはフランクール以外の諸将を見た。
「残りのみんなで、援軍を迎え撃つことになる」
「敵は素直にスエビ川を橋で越えて来るでしょうか」
ダヤンがそれを指摘し、クロヴィスはうなずいた。
スエビ川の戦いで、ベアトリクスは奇襲部隊を率いて船で渡河していた。
クロヴィスもそれは知っている。
「橋から近すぎず、遠すぎない中間地点が本命の渡河ポイントだと睨んでいる。橋の両サイドの予想渡河ポイントに、それぞれに私とダヤンが行く。橋から来る敵は、ベルトレに任せる」
「了解」
諸将は自分の持ち場に戻った。
クロヴィスはすぐに予想渡河ポイントに移動した。
そこはそれなりに開けた土地で、軍隊の展開は十分に可能なところだ。
ここに敵が来ず、他のところに来るかもしれない。
そのときは、敵の規模を勘案した上で、そちらに軍を急行させればいい。
ベルトレは橋の向こうをじっと見ている。
視線の先には城壁がその高さを誇っているレオポルト要塞がある。
「将軍、敵は橋から来るでしょうか?」
エレオノールはベルトレに尋ねた。
「来るだろうな。ただそれが主力か陽動かの違いがあるだけだ」
「守りやすい状況ですし、守りに徹するのですか?」
彼女の言葉を聞いて、ベルトレは大笑いした。
「まさか、俺を誰だと思っている? いついかなる状況でも俺は攻めるぞ」
「敵を後退させるだけではないんですか?」
「敵を撃滅しないと、城内の連中は諦めないぞ。この一戦で奴らの戦意を打ち砕いてやるんだ」
ベルトレはギラリと歯を見せた。
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