第61話 理想と信念

 ブラッケ隊による夜襲に、クロヴィスは内心で驚いた。

援軍を城内でじっと待ち、守勢に徹するものだと考えていた。

しかしいま起きていることは、ブラッケが猛然と攻勢を仕掛けている。


 攻勢を正面から受けたベルトレは浮足立っている。

「バカ! うろたえるんじゃない!」

 攻勢では無類の強さを誇るベルトレとはいえ、夜襲を仕掛けられて守勢の苦手さを露呈させている。

「実に不愉快だ!」

 

ベルトレは大剣を抜き、馬にまたがろうとする。

そのときそばで状況を見ているエレオノールが視界に入った。

彼は照れくさそうにしながら、大剣を収めて床几に座った。

「指揮官たるもの、いつ何時でも冷静でいるべきなんだ」

 わざとらしく言う彼に、思わずエレオノールはこの状況でも笑顔を見せた。

「そうですね。部隊を退いて態勢を立て直しませんか?」

「あ、ああ、そうだな。奴らを引きずり込んで逆に叩き潰してしまえ」


 進言を容れつつ、攻撃精神を忘れないベルトレとは対照的に、クロヴィスは現状を守勢であるべきと見た。

「このままではベルトレが危険だ。フランクール隊から援軍を出させてくれ」

 クロヴィスの命令がフランクールに伝えられると、彼は露骨に嫌悪感を示した。


「持ち場を守ることもできないのか! 攻めることしか能が無い猪武者め」

 フランクールの愚痴を隣で幕僚のマネが聞いている。

「ですが命令です」

 生気のない青白い顔の男が、つまらなさそうに言った。

「それはわかっている。だが誰にだって苦情を言う権利はあるはずだ」

 口ではとやかくいいつつも、自軍の配置や兵力を見ながら、素早く救援部隊を編成してみせた。


「これでどんな馬鹿でも態勢を立て直せるだろう」

 救援部隊の指揮官に指示を出し、彼を送り出した。


「ところで、ラグランジュ公の配下になって正解でしたか?」

「どういうことだ」

 マネの質問の意図を、フランクールは測りかねている。


「公はどうも手ぬるいのです。そういった人物は侯爵様にとって物足りないかと」

 意図がわかり、フランクールはにやりと笑った。

「そういうことか。なら答えは簡単だ。ラグランジュ公はいずれ皇帝弑逆か追放の二択を迫られるだろう。そのときを私は間近で見たいのだよ。忠義の臣でありたい者が、逆賊にならざるを得ない瞬間をね」

「なかなかの悪趣味で」

「信じた人、夢に裏切られ、今更引き返すこともできず、血塗れの覇道へと歩んでいく。それでこそ私が仕えるに相応しい人物だ」


 マネはまだ何か解せないと言いたげな顔をしている。

「まだ何かあるのか?」

「もしも理想を堅持できない小物だったらどうなさるのですか?」

「取って代わる。上に立つに相応しい人間にだけ膝を折る。それがいないなら自分が上に立つ。凡人や寒門の出身に関わるほど、私は暇ではないんだ」

 マネは満足げな表情を浮かべた。


******


「ふうむ、救援が来たか。早いな」

 ブラッケは馬上で大剣を振るい、敵兵を斬り伏せながら言った。

「あと少しで敵の一角を粉砕できたのだがな、残念だ。撤退、撤退!」

 波が引いていくかのように、ブラッケは城内に下がっていった。


 ブラッケが撤退し、ベルトレはほっと一息ついた。

「危なかった。フランクールに後で礼を言わないとな」

「そうですね。でも今後の戦闘を戦えるんですか?」

 エレオノールの質問に、ベルトレは大笑いした。

「なんだ、そんなことを心配しているのか」

「実際問題なんじゃないですか?」

「いいや、大丈夫だ。守勢に立つのは厳しいかもしれない。だが攻勢は問題ない。多少人が少なくても、今までの実績がある。だから突撃するときだって、兵隊の士気は維持できるし、俺を信じて付いてきてくれる」

「だから戦果を十分に挙げられるということですか?」

「そういうことだ。兵隊の信用を勝ち取れる将軍になれよ」


ベルトレはエレオノールの肩をトンと叩いた。

主君の妻に対する礼はどう考えても欠いているが、彼女は気にしていない。

戦場ではベルトレのほうが経験豊富な人物だ。

エレオノールとは格が違う。


「信用される将軍か……」

 彼女はポツリと呟いた。

ベルトレは兵士たちの前に出て、勇猛果敢に戦っている。

ああいう姿勢が信頼に繋がっているのだろう。


「別にすべての将軍が前に出る必要はないんだぞ」

「えっ」

 ベルトレの意外な言葉に、エレオノールは驚いた。

「我らの公爵殿は前に出ているわけじゃない。弱小だった頃は彼も剣を執ることはあったが、今では圧倒的な実績がある。それこそが信用に繋がるんだ。誰だって死にたくないから、勝てる側にいたいからな」


 エレオノールは何かを確信したような顔を見せた。

「私にはベルトレ将軍のような勇猛さはありません。ですが、民草を導く理想はあります。理想を謳い、まずは私が前に出て戦います」

「援護くらいならしてやる。無事に公爵殿のとこに返してやらんといかんからな」

 豪胆に笑うベルトレを見て、エレオノールは安心感を覚えた。

これが信頼感。

彼女は身をもって理解した。

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