第58話 不穏
大陸南部を平定したベアトリクスは、帝国全土に新しい統治体制を布告した。
国の東西中部を南北にそれぞれ分割し、州を設置することになった。
ここで特徴的なのが、行政最小単位の県の長官は地元出身者の中から、住民が選ぶというシステムを採用していることだ。
士官学校時代に、市井の人々に希望を見たベアトリクスにとって、これは第一歩に過ぎない。
ベイレフェルト辺境伯領を二分割しているが、南北どちらもベイレフェルト家の人物が長官を務めることになる。
帝国の最大の協力者なのだから、無碍にすることはできない。
ベアトリクスは自分の理想と現実に折り合いをつけながらも、改革への一歩を踏み出した。
「この後はどうしたらいいかな」
スロース城から北を眺めながらベアトリクスが呟いた。
北にはクロヴィスがいる。
彼も改革の道を歩み始めたことは、噂に聞いている。
「クロヴィスと争う必要なんてあるのかな」
「彼は人の臣下です。争う時が来るかもしれません」
いつの間にかベアトリクスの横に来たフェナが言った。
「それはわかってる。けど……」
「全ての民衆を救うことが目的なら、自ら北に兵を起こすことになります」
「そうかもしれない。けどしばらくは兵を起こさない。今は休むときだよ」
しばらく戦争続きだったため、国も民衆も休息が必要なときが来ている。
******
「仕官を望んでいるのは君か」
カークス城でクロヴィスが来客を出迎えている。
来客の服装はお世辞にもきれいとは言えず、みすぼらしい服を着ている。
「ブランシェ伯に仕えていたクリストフ・ダヤンです。そこでは一隊を率いていました」
「その程度の人間が仕官とはな」
フランクールがダヤンに嘲笑を浴びせた。
しかしダヤンの表情は変わらず。クロヴィスを見ている。
「貴殿の才覚がわからないと、採用はできない」
「では私から献策させていただきます。今回の戦役で領土が大幅に拡大したと聞いています」
「その通りだ」
「この本拠地から領土の最南端まで遠く離れています。しかもそこはリーベック帝国を騙る賊軍との最前線です。これでは補給が大変でしょう」
ベアトリクスは賊軍という扱いになるのか。
クロヴィスはそこを認識させられた。
ベルガエ帝国に弓を引いているのだから当然だ。
それはわかっていることだが、改めて言われると思うところがある。
「補給問題の解決のため、前線で大規模な畑の開墾を進めるのです。同時に要塞化も行い、防衛、出撃、補給のそれぞれを一体化した拠点にするのです」
「低い地位でありながら、補給に頭が回るとは。何者だ?」
「元々土木事業を管轄している部署にいました。実際に最前線の土地も治水調査のために見ています。ブランシェ伯の元にいたのは徴兵されたからです。そこで功績を挙げて、部隊長になりました」
「仕官を認めよう」
「チッ」
フランクールは舌打ちしてダヤンをにらみつけた。
整った女性的な顔が怒りで歪む。
貴族でもその側近でもない卑しい身分の人間が、いきなり取り立てられるということが、名門のフランクールには度し難いことだった。
「せいぜい足を引っ張らないようにな」
「まあまあ、そう言わないでくださいよ。俺だって生まれは良くないし、ダヤンのように役人でもなかったんですよ?」
ベルトレがフランクールの肩を叩いた。
「うるさい!」
フランクールもベルトレの突破力を見ていることと、何よりクロヴィスの初陣以降、彼の臣下である先輩にあたるベルトレには、あまり大きなことは言えない。
うるさいと言うのが精一杯だ。
「とやかく言うのは実力を見てからにしましょうよ」
「ああ、そうだな」
ベルトレにたしなめられ、フランクールは引き下がった。
内心では納得いかないが、引く以外にどうしようもない。
「ひとつわかっていてほしいことがあります」
「シュヴァリエか、どうした」
「皇帝は確実に公を疎んじているでしょう」
場の空気がぎゅっと引き締まった。
「彼は自分に力が無いから、北部どころかエティエンヌ周辺地域を除く中央を与えました。ですがそれは皇帝の本意ではありません」
「だから領土を削ろうとするということか」
シュヴァリエは思わず鼻で笑った。
「領土で済むなら良いほうです。軍事的才覚を恐れて殺しにくるでしょう。南方の平定を完了してからか、それの失敗を口実に始末するか。そのどちらかのタイミングが危険かと思わます」
「危機感をもっと持てと言いいたいのだな。さて、みんなはどう思う?」
「帝国の社稷でありたいと願っているのに、命を狙われるのは心外ですね」
リュカが呆れ気味に言った。
「まったくだ。何のために戦ってきたのかわからない」
「でもまだ戦う理由はありますよね?」
「そうだな。民衆を救う。そのための改革だ。けれど、私は帝国の臣下。報国はさせてもらう」
会話を聞いているフランクールは冷ややかな視線を送った。
「さて、いつまで帝国に忠誠を誓っていられるかな」
「あなたも同じ考えですか」
シュヴァリエが感心したように言った。
「ええ、実権が無いことを看過できるようなら、廃太子になった時点でフェードアウトしてますよ」
「同感です」
謀臣二人は暗い笑みを浮かべた。
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