第31話 血路を開け

「ロンサール公が退却したのか?」

 シュヴァリエの急報を受けて、クロヴィスとリュカは衝撃を受けた。

「敵軍の奇襲を受けたようです。本陣の部隊は壊滅、中央は混乱しています」

 続報を聞いて、一同は対応を決めることになった。


「総大将がいない以上、こちらも逃げた方がいいでしょう」

「私もアランブール殿の意見に賛成です」

 即答する二人を見て、クロヴィスは撤退を決意した。


 しかし撤退するのも困難な状況にある。

「関所は健在だが、中央は敵が大勢いる。これを突破しないことにはどうにもならない」

 彼は二人の顔を見た。

シュヴァリエは涼しい顔をして、リュカは覚悟を決めた厳しい表情をしている。

だがリュカに悲壮感はない。

なんとかなりそうという根拠のない自信が湧いてくる。


「ベルトレがいれば心強いのだがな」

 本国に待機している猛将ベルトレの名前を出して煽ってみせた。

「いない人間の名前が出るとは、心外ですねえ」

 リュカが剣を抜いてみせた。

「その意気やよし!」


 馬を駆り、関所を抜けるクロヴィスたち。

抜けた先の市街地はデ・ローイ軍で埋め尽くされている。

ロンサール公の軍は算を乱して逃げたか討たれたようだ。


「なんてこった」

 先陣を切って突撃したクロヴィスは若干後悔したが、ここを抜けなくては活路はない。

剣を右に左に振るい、迫る敵兵を薙ぎ払う。

どこまで前進しても敵、敵、敵。


「こんなところで会うとはな」

 ベアトリクスがクロヴィスの前に駒を進めて行く手を遮った。

「お久しぶりです、’デ・ローイ辺境伯’」

「レディとは呼ばないのだな」

 懐かしい男の顔を見てニヤリと不敵な笑みを見せた。


「武勲目覚ましいラグランジュ伯ですね。ここはぜひ私に相手をさせてください」

 彼女の傍らにいるオリヴィエが一歩前に出ようとした。

「だめだ。彼は私が相手をする。そうしなきゃいけないの」


 剣の切っ先をクロヴィスに向けた。

「言い残すことはないか?」

「生きて民のための政治を実現する人間に、その言葉は無礼ですよ」

 内心この状況に危機を感じているが、それを隠すように強気の言葉を吐いた。


「貴様!」

 激高したオリヴィエが制止を振り切ってクロヴィスに槍の突きを浴びせた。

それを剣で跳ねのける

馬を操作しながら数合切っ先を交えた。


「ご無事ですか!」

 リュカが騎馬を急行させ、一騎打ちに割って入った。

それに続いてシュヴァリエが乱入し、袖口から早業で匕首を抜いて、ベアトリクスに投げつけた。

それをすんでのところで避けきれず、頬の表層に傷をつけた。

「卑怯者が!」

 オリヴィエの鋭い突きをシュヴァリエは馬を操り受け流す。


「今のうちに逃げましょう」

 シュヴァリエに促されて、クロヴィスとリュカは馬に鞭打ち、その場から退却した。


 オリヴィエは三人の追撃をせず、ベアトリクスに向き直った。

「大丈夫ですか?」

「この程度じゃ痕も残らない。私の美貌に傷一つ付けられないとは大したことはないな」

 ベアトリクスは軽く笑ってみせた。

その様子を見て、オリヴィエは安心した。


「追いかけますか?」

「いや、いい」

 彼がどこに向かうのか、彼女は気になる。


 帝国を変えたいと彼は語っていた。

そのために地位を高めていっている。

二人の見るところは同じはず。

だからこそ、ベアトリクスはクロヴィスの行く末が気になる。


 クロヴィスらはなんとか戦場を抜け出し、後方の街まで逃げ延びることができた。

「こちらの残存戦力はどれくらい?」

「戦前の約七割です」

 リュカの答えに、クロヴィスは肩を落とした。

「なんてひどい……」


「これからどうなさいますか?」

「領土に帰る。それしかないな」

 総大将ロンサール公がどこに逃げたのかわからない上に、そもそも命令も受けていない。

ここからは自由な敗軍だ。


「ところでこれからロンサール公はどうすると思う?」

「自分の権力基盤を固め直すでしょう。彼の切り札は、皇帝の息子です」

 皇帝フランソワ三世の当時の皇后が亡くなったとき、ロンサール公は娘を嫁がせており、二人の間には幼い息子がいる。


 シュヴァリエの言いたいことはわかるが、クロヴィスはその考えの弱点を知っている。

「しかし皇太子は別の人物だ」

 前皇后との間には息子がおり、彼が立太子している。

「そんなもの、理由を適当に用意して、廃してしまえばいいのです。権力に飢えたあの男ならやるでしょう」

「ならば対応はどうしたものか」

「いま考えてもどうしようもありません。彼を暗殺したところで、息子が後を継ぐだけ。現状は打つ手なしです」

 シュヴァリエは肩をすくめて見せた。

「やるべきことは、軍の立て直しだな。二人にも頑張ってもらおうか」

「やむなしですね」

 リュカが冗談めかして言った。

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