第5話 まどろみの終わり

 ベルトレのいた村は、戦略的要所でも資源が豊富でもないため、クロヴィスに対する褒賞として授与された。

それから一年経ったが、クロヴィスに出撃任務が与えられることはなかった。

 

 そのことで彼は帝国北部にある本拠地、カークス城でやきもきしている。

「早く武勲を立てて出世しないと、この国を変えられないじゃないか」

「その通りですが、何も起きないということは、人民は満たされていることですよ」

「はたまた嵐の前の静けさかもしれない」

 クロヴィスが不敵に笑う。


「救世の教団は東部の農村で勢力を大きく伸ばしているらしい。東部諸侯の中心にまでは勢力が伸びていないから、戦いが起きていないだけだろうね」

「つまり東部諸侯たちの主要地域に手を伸ばせば、帝国全土に影響がある、大規模な騒乱になるってことですね」

「そのことなんだが……」

 クロヴィスの表情が曇った。


「なぜ農村部に兵を派遣しない? 討伐軍を組織するまでとは行かなくとも、東部の各諸侯の私兵をもって、賊軍を討伐すればいいじゃないか」

「貴族一人の私兵だけで対応できる時期は過ぎてますよ。農村という周縁を抑えているので、食料供給の面で教団側が有利です。いざとなれば山や森に逃げて抵抗するでしょうから、大貴族でも手を焼くレベルです」


 クロヴィスは大きくため息をついた。

「何のために貴族の私兵は正規軍に取られないという、政府不利な仕組みがあると思っているのやら。地元の貴族が動かないでなんとするつもりか」


 クロヴィスが金髪をかき、貴族を批判していると、扉をどんどんと叩く音が部屋に響いた。

「入れ」

 入室を促すと、リュカの父親で家宰のマクシミリアン・アランブールが入ってきた。

「軍より招集命令ですぞ。救世の教団を名乗る賊が、東部各地の諸侯領を次々と占領しているそうで」

「わかった。すぐに支度の準備を」

 クロヴィスは壁にかけてある甲冑に手をかけた。


「東部以外にもお呼びということは、大規模な乱だな」

「予想的中ですね」

 ニコリと笑い、余裕をクロヴィスに見せた。


******


 救世の教団の侵略は、ベアトリクスのもとにも早馬で知らされた。

「帰ってきたばかりなのに急ですな」

 デ・ローイ家の重臣ブラッケが、口ひげを名残惜しそうに触りながら言った。

「本土を任せる」

「かしこまりました」

 長身の彼は、膝を折って拝命した。


 招集がかかったからには、戦地に行かなければいけない。

私兵に動員をかけ、戦力を整えると馬にまたがり、フェナとともに帝国東部へと進軍を開始した。


 広大な領土と多くの人口を有する辺境伯の私兵とだけあって、その規模は大きく装備も整えられている。

まさに大貴族の軍隊というべき威容を誇る。


 けれど彼女の誇りはそういうとこにはない。

道中には金色の麦畑が広がっている。

収穫の時期だ。


 農民たちが笑顔で収穫している。

豊作を喜び、盃を傾ける。

豊かな実りから、溢れる純粋な笑顔。


 それこそが彼女にとっての誇りであり、守るべきものと思っている。

だからこそ改革を望み、クロヴィスに熱く語った。

領民だけじゃなく、帝国に住む人民すべてを守りたい。

それが彼女の願い。

身の程知らずと言われようと、それが偽らざる本心である。


 隣接する辺境伯の領土を通過し、湿地帯から南部と西部を分かつ大河を渡る。

長い軍旅の末に、東部へと足を踏み入れた。


 色艶の良くない麦畑が一行を出迎える。

不信感と猜疑心さいぎしんに満ち満ちた目で、地元の農民が行軍する様を見つめている。

その目に一切の希望はなく、ここにない虚無を見つめているようだ。


「彼らにも希望を与えたいな」

「きっとできますよ。信じてます」

 フェナの優しい言葉に、思わずベアトリクスは微笑みを彼女に返した。

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