Int.18:水平線の先、往く先は業火に焼かれし煉獄の大地①

 放課後、教室に集められ再びの出撃が告げられたブリーフィングのあの日から、きっかり一週間後。日本国防軍を主軸に、米軍と国連軍の協力も得た多国籍軍は、当初の予定通りに本州列島防衛の要所たる淡路島、遂にその奪還作戦を実行に移そうとしていた。

 京都士官学校に駐留する第202特殊機動中隊≪ライトニング・ブレイズ≫、京都A-311訓練小隊は作戦開始の数日前より、計十三機のTAMSを大量の73式前線輸送トレーラーで以て大阪への輸送を開始。だがとても士官学校が保有するトレーラーだけでは量が足りず、桂駐屯地の連中も駆り出しての輸送作業となった。

 そうして、十三機のTAMSとA-311、ブレイズの面々。加えて三島やクリスなどのメカニック・チームも同伴し、当初に比べかなりの大所帯となった一行は大阪港までの長い道のりを、トレーラーの車列とともに陸路で赴いていく。ちなみに慧たちの対戦車ヘリ小隊・ハンター2は空路で直接そちらへと向かった。

 大阪港……いや現状、大坂自体が神戸と併せ、奪還作戦の要所として一時的に徴用されている。その関係か、本来なら国際的で大規模な貿易港であるはずの大阪港には、しかしコンテナ船などの影はまるで見当たらず。代わりに強襲揚陸艦やイージス巡洋艦など、灰色で無骨な軍用艦の姿ばかりが目立っていた。

 こうして思えば、ある意味で悲劇的な光景だった。物流の拠点であったはずの港に並ぶのは、寧ろ真逆の……物を壊す立場である軍用艦の姿しかない。世界の至るところから物資を届けるコンテナの影は港の中からその一切が消えていて。元はコンテナ置き場だったはずな港の一角からは、積み上げられていたコンテナの全てが撤去され、代わりに軍用車両が詰めかける待機所と化してしまっているのだ。

 そして、勿論そのすぐ傍らに浮かぶのは、軍用艦だ。イージス巡洋艦は127mm口径の単装速射砲の砲身をギラリと睨ませ、強襲揚陸艦はその空母めいた全通甲板上に多数のTAMSやヘリコプターを駐機し、そして後部で大口を開けたウェルドックでは、戦車や装甲車を満載した上陸用ホバークラフトの収容作業が着々と進んでいる。

 ……本当に、悲劇的な光景だ。淡路島を取り戻す為、ひいては本州を護る為に必要なことだとしても、少しばかりは胸が痛んでくる。埠頭の元・コンテナ置き場で今は無為に佇む紅白のガントリー・クレーンが漂わせる孤独な哀愁が、今の大阪港の空虚さを代弁しているかのようだった。

 そんな大阪港の中、一真たちA-311小隊を初めとした一行が目指すのは、港の一角に停泊している、国防海軍の一際大きな強襲揚陸艦だった。

 ――――ヒュウガ型強襲揚陸艦・一番艦ヒュウガ。

 国防海軍が保有する強襲揚陸艦の中でも、大型の部類に入るタイプのネーム・シップ。近頃では旧式の部類に入ってきているものの、未だ第一線級の大型強襲揚陸艦。それが、これから始まる淡路島奪還作戦に於いてA-311訓練小隊と≪ライトニング・ブレイズ≫、そしてハンター2小隊が世話になる、帰るべき場所となる母艦の名だった。

「――――お久しぶりです、三神艦長」

 そんなヒュウガの中枢たるC.I.C(戦闘指揮所)。意図的に光源の落とされた薄暗い部屋の中、西條は久方振りに顔を合わせたこの艦の艦長・三神みかみ海軍大佐と固い握手を交わしていた。

「こちらこそ、西條少佐。貴女と最後に逢ったのが、もう随分と昔に思える」

 微笑に愛想っぽくも人当たりの良い笑みで返す三神にそう言われ、西條は「生憎と、私はもう少佐ではないですよ」と肩を竦めて言い、

「実際、中々に昔の話になってしまいました。今でもヒュウガの艦長が三神大佐だとは思っておりませんでしたので、少しばかり驚きましたよ」

「はっはっは、まあ貴女に驚かれるのも無理ないことです。それだけ人手不足ということですよ、国防海軍も」

 尤も、陸軍よりは多少マシでしょうが――――。

 最後に三神の口から言われ、西條は「ははは……」と困ったような苦笑いを浮かべる。それがきっと自分の率いる訓練小隊・A-311のことを指しているのだと暗黙の内に理解すれば、西條は微笑の表情を保ったままで「こちらの場合、少しばかり入り組んだ事情がありましてね」と、何処か皮肉っぽい口調で三神に言葉を返した。

「……やはり、奴ら・・の差し金で?」

 三神の言う"奴ら"。それが指しているのは勿論……と言ってしまうと変だが、やはり楽園エデン派のことで間違いはない。

「敢えて、沈黙を答えとさせて貰います」西條が不敵な笑みとともに言うと、三神もまた無言のままにニヤリと口角を釣り上げる。お互い、事情をある程度は心得ているだけに、下手な言葉を介さずしても何となくで理解出来ていた。

「C.I.Cには私と、ウチのCPオフィサーを二名ほど置かせて貰います。……構いませんね、艦長?」

「好きにしたまえ」と、快諾する三神。「作戦が作戦だけに、必要だろう。CPオフィサー二名のクリアランス・レベルに関しては、すぐにでも私の方から許可を出しておこう」

 西條は「助かります」と三神に礼を言い、彼から外した視線でヒュウガのC.I.Cをザッと見渡す。気分的にどうにも煙草なんか吹かしたくなってきたが、生憎とC.I.Cは当然のように禁煙だ。一応こちらがお邪魔している立場なだけに、下手なことは出来ない。一見すると自由奔放な振る舞いが目立つ西條でも、その辺りはちゃんと心得ていた。

「……しかし、訓練小隊をデストロイヤー種の殲滅作戦に参加させるとは」

 と、そうしている西條の横で、三神がボソリと小声でひとりごちる。

「無茶な話でしょう、艦長」と、そんな三神に西條が少しばかりのニヒルな笑みで返した。三神は「うむ」と頷く。

「少佐の教え子、中でも選りすぐりの子たちでしょうから、ウデの方は立つのでしょう。……とはいえ、やはり腑に落ちない」

「艦長がそう思われるのも、無理ないことです。現に私も、未だに納得がいっていない」

「お互い、辛い立場ということですな」

「かもしれませんね」

 三神と二人、互いに顔も視線も向けないままでニヤニヤと皮肉っぽく笑い合いながら、西條は相変わらずの白衣の裾を靡かせ。腕を組み、C.I.Cの中を遠く見渡し――しかし此処ではない何処かを遠く眺めながら、独り己が胸中でひとりごちていた。

(……死なせない、これ以上。死なせてなるものか。これ以上、私の…………)

 それは、決意や覚悟というよりも。何処か祈りに似ているほど、切なくて儚く、そしてあまりに孤独すぎる想いだった。

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