Int.05:邂逅、死神と非情のエージェント

 国防陸軍・京都士官学校。桂川駅からほど近い場所に、元は公立高校だったモノを徴用し拡大して造られた軍施設だ。その敷地内に立つ徴用校舎の二階、職員室で教官の西條舞依にしじょう まいが隣の錦戸と一緒に煙草を吹かしながらデスクワークに明け暮れていれば、ガラリと職員室の引き戸が外側から開かれる。

「――――失礼します」

 戸が開く音に気付いた西條が上げた視線をそちらに向けるのと、落ち着いた少女の声がそちらから聞こえるのは、全くと云って良いほど同じタイミングだった。

「……やはり、君が来たか」

 西條はマールボロ・ライトの煙草を咥えたまま、その蒼い前髪を揺らしつつクルッと椅子ごと身体を横に向ける。組んだ長い脚の下で白衣の裾が小さく衣擦れしていると、その頃には既に例の少女は西條の目の前にまで来て、そして直立不動の綺麗な敬礼を彼女へと向けていた。

「国防省情報局・機密諜報部一課・特派分室、双葉香蓮ふたば かれん。現刻を以て少佐の指揮下に入ります。

 ――――お久しぶりです、西條少佐」

 短く切り揃えた白銀の髪を揺らしつつ、150cm台と並み程度な体格のほっそりとした身体で綺麗な敬礼を向けつつ、彼女――双葉香蓮ふたば かれんはそう、形式じみた挨拶の後でほんの僅かな笑みを西條に向ける。そんな彼女のターコイズ・ブルーをした双眸と眼が合えば、西條はフッと微かに表情を緩ませた。

「残念だが、今の私は少佐じゃあない。見ての通り、ただのしがない教官殿ってワケさ」

「それでも、私にとって少佐は少佐です。昔と何一つ変わらない、西條少佐のままです」

「嬉しいような、哀しいようなってね……」

 頑なな香蓮の態度に、西條は思わず肩を竦ませた。

「…………君が来たということは、やっぱり例の噂は?」

 そして、咥えていた煙草を灰皿に押し付けて揉み消しながら、一瞬の内にシリアスな表情と声音に切り替えた西條が訊くと。すると香蓮は「はい」と微かに頷き、西條の問いかけを暗黙の内に肯定する。

「淡路島の奪還作戦が、正式に承認に。じきに辞令も回ってくることでしょうが、202特機と少佐のA-311訓練小隊にも、作戦参加の命令が下るかと」

「やはり、か……」

 はぁ、と西條は大きく溜息をつく。香蓮の持ってきた報せは、西條にとっては決して良い報せとは云えなかった。寧ろ、訊かずに済むのなら訊きたくなかったぐらいだ。

「とすると、やっぱり私たちの出撃にもあの腐れ狸が一枚噛んでるのかい?」

「肯定です、少佐。202特機とA-311訓練小隊の作戦参加を提案したのは、倉本陸軍少将で間違いありません」

「ったく、性懲りもなくまた絡んでくるのか、あの狸ジジイめ……」

「……とはいえ、作戦に202特機の力が必要だという声は、他の非・楽園エデン派の将校からも多数声が上がっているようです。戦術的に間違った選択ではない、寧ろ最適解に近いことである以上、こればかりは封殺することも不可能かと」

「分かってるよ、そんなことは。……あんな男だが、実力は確かだからね。悔しいことだけれども」

 西條は忌々しげな顔で言うと、白衣の胸ポケットから取り出したマールボロ・ライトの新たな一本を口に咥え、カチンとジッポーを鳴らしそれに火を付ける。新しく紫煙を燻らせ始めた西條の手の動きを香蓮が眼で追っていたから、それに気付いた西條は「君も、一本どうかな?」と、胸ポケットに収めていた煙草の紙箱を香蓮の方に差し出した。

 しかし、香蓮は「いえ」とやんわり断る。「私は吸いませんので、少佐のお気持ちだけ」

「にしては、興味津々っぽかったけれどね」

 少しだけ残念そうにしながら煙草の箱を胸ポケットに戻し、西條が言う。

「少佐の吸われている銘柄、昔のままだと思いまして。他意はありません」

 すると香蓮の回答としては、そんな具合だった。西條は「そうか」と、また頬を綻ばせる。

 ――――双葉香蓮。

 彼女が自分で名乗った通り、香蓮は国防省直轄の諜報機関である情報局の所属だ。中でも、国内外の密偵や諜報活動を行う、合衆国のCIAのような要素を備えたエリート部隊・機密諜報部一課。更にその対・楽園エデン派にのみ特化した特務部隊である特派分室のエージェント、それが今、西條たちの前に立つこの双葉香蓮という少女なのだ。

 西條とは旧知の仲で、元は霧香と同じ忍者一門・宗賀衆の出だと聞いている。宗賀衆に機密諜報部一課、そんな香蓮が楽園エデン派と対極である綾崎財閥と関係が深くなるのも必定で、西條と面識があるのもその為だ。

 ちなみに年頃は霧香より三つほど上で、十九だか二十歳だかだったと西條は記憶している。何にせよ、若さに見合わないほど寡黙で優秀なエージェントには違いなかった。

「……まあ、いいさ」

 紫煙混じりの白く濁った息を小さくついた後で、西條は香蓮に向かい改めて口を開く。

「君には士官学校の保険医ってポストを割り振る手筈が付いている。あくまで急ごしらえの隠れ蓑だけれど、上手く使ってくれ」

「助かります」と、香蓮は再び敬礼をする。それに西條はいいさ、別にと手を横に振り、

「君には、これから色々と働いて貰わなきゃならないからね。その為の協力なら惜しまないさ」

 と、最後にもう一度神妙な色に塗り替えた双眸で、香蓮とその視線を交錯させた。

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