Int.85:漆黒の生誕祭/君に捧ぐ、精いっぱいの祝福を

 灯る照明、爆ぜるクラッカーと捧ぐ祝いの言葉。机や椅子の大半が隅へ片付けられ、そこら中が飾られた教室と、そこに集う見知った皆々。顔を上げた雅人はそれを一目見るなり唖然とし、眼を丸くして、何が何だかワケが分からないといった風に呆然とした表情を浮かべ、立ち尽くしていた。

「雅人っ、お誕生日おめでとうっ!!」

 そんな風に雅人が呆然としていれば、真っ正面に立っていた愛美が雅人の前まで歩み寄って来て、困惑する彼へと手に持っていた花束を笑顔で手渡す。

「愛美、これは……」

「お誕生日のお祝いだよっ!」

 受け取りつつもまだ戸惑う雅人に、今度は後ろからひょこっと顔を出した美弥が、やはり笑顔で言った。

「私と、愛美ちゃんとでやろうって決めたの。教官たちも、皆も協力してくれたんだっ!」

「しかし、そんな俺にだなんて……」

「ふははは、やってしまったものは遅いぞ雅人ォ!!」

 と、何故か高笑いなんかしながら言うのは西條だ。白衣の裾を靡かせながら腕組みをする西條は何故かニヤニヤと、それこそしてやったりといった顔をしている。その笑顔は完全に悪戯に成功した悪戯っ子のモノだ。

「教官……!?」

「どうだ、どうだ! この西條謹製の二十連発のファランクス・クラッカー! 君が入ると同時にワイヤートラップの要領で引っ掛けて、電灯と一緒に起爆する仕組みだぁ!! リレー組んだり遅延させるの地味に大変だったんだぞ! ふはははは!!!」

 どうやらこのあからさまに自慢したいような口振りから察するに、最初の凄まじいクラッカーの連発はどうやら西條の悪戯心をフルに発揮した仕掛けだったようだ。ワイヤー仕掛けなんてゲリラ仕込みのブービートラップじみているが、西條曰くやたらと手の込んだモノ……らしい。確かに雅人は死ぬほど驚いたが、何が凄いのかはよく分からない。

「ふひひ、雅人ちゃんってば照れちゃってえ」

「省吾……」

「……おめでとう、雅人」

「! クレア、君まで……!?」

 ニヤニヤと話しかけてくる省吾はいいとして、待ち構えていた中にクレアの姿まで混ざっていたものだから、雅人はまた眼を丸くして驚いた。彼女がこんなことに協力するタイプとは思えなかったからだ。大方愛美と省吾辺りで、他は居ないものだと思い込んでいた。

「折角の、また次がいつあるか分からない機会ですもの。私だって、これぐらいのことには協力するわ」

「……と言いつつ、一番頑張ってたのは神崎中尉ですけどね」

「っ!? さ、サラっ! 余計なコトは言わないで頂戴っ!」

 横からスッと出てきたサラにそんなことを言われてしまえば、完全に図星を突かれたクレアは戸惑いながら慌てて取り繕うと滑る口を必死に動かす。いつもクールで棘のある彼女の表情が崩れ、頬なんか赤くしているものだから、(主に省吾のせいで)途端に空気は崩れていく。

「おっ、おっおっ? クレアちゃんってば図星ぃー? やーっぱり狙いは雅人ちゃんかぁー、このこのぉっ!」

「省吾っ! 貴方までいい加減にして頂戴!?」

「ほほーっ、また赤くなったあ」

「省吾ーっ!!」

 遂には真っ赤になったクレアに追いかけ回され始め、「おーっ、怖え怖えっ」と教室中を逃げ回る省吾を、クレアが必死の形相で追いかけ始める。とすれば雅人も戸惑っていた表情を遂に綻ばせ、微かに笑い出すとともにやっとこさ落ち着きを取り戻した。

「……よう、大尉殿」

 そんな中、何歩か近づいて来ながら雅人に声を掛けるのは、一真だった。ニコニコと楽しげに笑うエマも一緒に付いて来ていて……というより、彼女に強引に押され一真がやって来たような構図だ。だからか、一真は雅人から何処か眼を逸らしていて、それでいて微妙に照れくさそうな風でもある。

「君まで、どうしてそんなに俺を……」

「アンタには、幾らか借りもあるからな」と、一真を見て更に戸惑う雅人に言う。

「こんなことで借りが返せるなんざ思っちゃいないけど、折角のめでたいコトなんだ。だったら俺が手伝ったって、別にバチは当たらねえだろ?」

「……済まないな、君にまで気を遣わせて」

「気なんか使っちゃいないさ。ただ今日はアンタにとってのめでたい日だ。俺はそれを祝ってやりたいと思った、単純にそれだけだ」

 言いながら、一真はスッと雅人の方へと片腕を突き出した。握り拳を形作った手を、彼に真っ正面から突き出すようにして。

「本当に素直じゃないな、君は」

 そんな一真の仕草の意図を見透かせば、雅人はフッと皮肉っぽく笑いながら、自分もまた拳を握り締め。そして突き出した自分と一真の拳と拳を、真っ正面から突き合わせた。

「カズマが素直じゃないのは、今に始まったことじゃないですから♪」

「なっ!? お、おいエマ!? 余計なコト言うんじゃないってえの!」

「んー? だって事実じゃないか、君が素直じゃないのはさっ」

「あのなあ……!」

 至極楽しげに柔らかな笑顔を浮かべる傍らの笑顔に焦る一真を雅人が眺めていれば、「雅人ぉーっ!!」と愛美の声がして。

「ぬわぁっ!?」

 かと思えば、振り返った途端に突撃を敢行してきた愛美が思い切り胸に飛び込み抱きついてきたせいで、雅人はバランスを崩し掛け何歩も後ろにたたらを踏んでしまう。

「んーっ! おめでとー、ホントにおめでとねーっ!!」

 雅人の身体に回した両腕でぎゅーっと握り締め、黒いTシャツに覆われた胸板に頬ずりなんか始める愛美を、雅人は困ったような顔で見下ろしていた。どうすべきなのか判断に困っているようで、いつも何処か飄々としたような彼にしては珍しく、ポーカー・フェイスを崩し戸惑いが顔にまで出てしまっている。

「あっ、愛美ちゃんばっかりずるいですよっ!!」

 とすれば、今度は美弥までもが背中の方に抱きついてきて。こうなってしまえば雅人はもう身動きが取れず、どうして良いか分からなくなってしまう。

「……やっぱり、あのには勝てないわね」

 そんな愛美たちの様子を遠巻きに眺めつつ、クレアは何処か諦めを悟ったみたいな表情でポツリ、とひとりごちる。ちなみにそんなクレアの足元で省吾が力尽きているのは言うまでも無く、またこの惨状は省吾がクレアに捕縛された結果であることは敢えて明言する必要も無いぐらいだろう。

「はっはっは。壬生谷くん、おめでとうございます」

「錦戸教官まで……ありがとうございます、本当に」

「いえいえ、お礼なら貴方の傍のお二人に言ってあげてください。お二人が動かなければ、今日のこれは無かったのですから」

 錦戸と二、三言を交わした後で、雅人は未だ自分の胸に抱きついたままの愛美をスッと見下ろす。延々と頬ずりし続けている愛美の顔は本当に楽しげで、心から祝福してくれているようで。感極まったのか瞳の端には小さな雫が浮かび、頬ずりはきっとそれを隠すためだろう。そう思うと、雅人も「仕方のない奴だ」と、そんな彼女を受け入れるしかなかった。

「おめでとう、雅人っ。本当に……本当に、おめでとうっ!」

「……嬉しいよ、愛美。本当に、嬉しい」

 アイスブルーの髪を撫でる無骨な指先と、頭上から降ってくる優しげな彼の言葉。それだけで愛美は何処か、今日までの苦労が全て報われたような気がした。この為の準備だけじゃない、≪ライトニング・ブレイズ≫として過酷な戦場を幾つも駆け抜けてきた苦しい日々の、その全てが報われたような気がしていた。





 それからは、もうどんちゃん騒ぎと言って良いぐらいの激しい騒ぎが夜遅くまで続いていた。

 まずは西條が錦戸を洋菓子店へ使いに出し、用意させていたホールケーキを使ったロウソク消しから始まり。ふうっと雅人が息を吹きかけロウソクを消せば、またクラッカーを派手に鳴らして二度目のお祝い。その後は用意していた物々をケーキとともに摘まみながら、(主に西條と省吾が主犯で)用意していた大量の酒類で教官二人と慧に雪菜、そして≪ライトニング・ブレイズ≫の面々で酒宴と洒落込んだ。

 勿論、その酒宴には未成年であるA-311小隊の面々と、そして≪ライトニング・ブレイズ≫で唯一未成年のサラだけは加わることは出来ず。しかし酒が入っているんじゃないかってぐらいの勢いで騒ぎまくっていれば、気付けば時間は日付が変わるか変わらないかぐらいまで及んでしまう。

 とてつもなく大変だった、と一真は後になって思う。酒の入った西條に至ってはベロベロになって省吾や慧と一緒に騒ぎ出すし、愛美は愛美でやたらと雅人へ物理的に絡みつき、意外にも泣き上戸らしいクレアは独りで酒を傾けながらブツブツと延々独り言の愚痴を呟き続けるし、雪菜は笑い上戸だしで、もう壊滅状態。

 まして白井にステラ、そして一真とエマまでもが西條の絡み酒に付き合わされるものだから、エラく面倒だったのを覚えている。手が滑り誤って酒の入ってしまったステラに、白井がどれだけド突かれたのかも分からないほどだ。まして西條たちまで絡みに来るものだから、宴が終わる頃の白井はもう文字通りの満身創痍だったのを覚えている。それこそ、親指を立てて溶鉱炉に沈まんばかりの勢いだ。尤も白井の場合は、沈んだところで戻って来やしないのだが。

 そんなこんなで、雅人の誕生祝いにかこつけた宴は夜が更けるに連れてヒートアップ。終わったのは確か、先に述べた通りに日付が変わる前後ぐらいだったはずだ。

 西條含め、酒の入った連中は(誤って呑んでしまったステラも含め)ほぼダウン。唯一残っていたのは錦戸と雅人だけといった惨状で、他に酒の入っていないA-311小隊の連中も騒ぎすぎてその殆どが撃沈と、文字に起こすだけでも恐ろしい惨劇だった。最後まで無事だったのは、錦戸と雅人、そして美桜にサラ、後は霧香ぐらいだったはずだ。国崎、白井、美弥、そして瀬那までもが撃沈され、エマでさえもが(起きてはいたものの)かなりの手負いといった具合だった。

 ちなみに一真といえば西條の絡み酒で早々に撃墜され、眼が覚めたのは宴が終わった後、エマの膝の上で介抱されながらだった。教室の隅で頭を撫でながら心配してくれた彼女もまたかなりの疲れ顔で、お互い苦笑いをしたのを覚えている。

 …………またこれは余談だが、夜が明けて翌日、参加していた面々が相当に酷い有様だったことは言うまでもない。≪ライトニング・ブレイズ≫は雅人とサラを除き二日酔いで全滅、慧と雪菜も無事撃沈で、西條ですら今にも吐きそうだってぐらいの蒼い顔で授業を必死こいてやっていた。どうやら相当に酒に強いらしい錦戸が無事だったのが不幸中の幸いだが、そんなグロッキー状態でもちゃんと職務に励む辺り、流石に西條も教官ということらしい。

 で、A-311小隊の方もまた似たようなもので。(ステラ以外)酒こそ入っていないから二日酔いみたいなことは無かったものの、幽霊か何かの類かってぐらいにやつれた顔を引き連れ、疲労困憊の身体を引きずるようにその日の授業に臨んでいた。ちなみに酒を誤飲し完全に酔っ払ったステラだが、無事この日は二日酔いに伴う頭痛で一日ベッドの上で療養を送る羽目になっていた。

 とまあ、そんなこんなで滅茶苦茶な一日ではあったが。雅人も、そして参加した他の面々も、楽しめたことに間違いはなかった。戦いと戦いの間に訪れた、束の間の休息。それこそ幻想のような時間はあっという間に過ぎていったが、それでも深く胸に刻まれたことは間違いなかった。特に、当事者であった雅人の胸には。

 また、こんな風に過ごせる日々が訪れてくれることを――――。

 それを祈りながら、壬生谷雅人は日々の軍務へと身を投じていく。特殊部隊を、皆の生命いのちを預かる中隊長として、確かな責任感を胸に抱きながら。





 ――――淡路島が陥落したという、最悪の報せが彼らの元に届いたのは、それから僅か数週間後のことであった。





(第六章、完)

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