Int.58:Fの鼓動/最終評価試験、激突する金と白銀の狼たち③

「うおおおお――――ッッ!!」

 太陽を背に、逆光となる形で一真と純白のタイプF改が、雄叫びとともに頭上よりエマの≪シュペール・ミラージュ≫へと急降下し襲い掛かる。

 シールドを装着した左手で構え連射する、88式突撃散弾砲よりのダブルオー・キャニスター通常散弾で牽制しつつ、右手は携えた試製17式対艦刀を振り被る。刀身の丈が短く軽い17式なら、こんな妙な体勢でもバランスが崩れることはない。

『ふふっ……!』

 そんな一真の猛攻を、エマはビルの屋上で≪シュペール・ミラージュ≫を右へ左へと小刻みに動かすことで巧みに回避する。一真機が左手に構えた突撃散弾砲より降り注ぐペイント散弾はエマ機の装甲を小さく掠め、市街地迷彩の施された装甲をほんの僅かな飛沫程度に汚すのみ。撃墜判定どころか、軽度なダメージ判定すら与えられない。

 だが、一真にとってもそれは最初から織り込み済みなことだった。この程度で崩せる牙城ならば、最初から苦労などしない。

「ふっ――――!」

 急降下の勢いをそのまま刀身へと乗せるように、一真は右手の対艦刀を振り下ろしながら≪シュペール・ミラージュ≫と激突した。だがエマは咄嗟に左手で右腰より抜刀した73式対艦刀でそれを受け止める。ターボ・スラスタの推力と重力加速度、そしてタイプF改の重量とを掛け合わせた強烈な衝撃が≪シュペール・ミラージュ≫を襲い、大きく開いたその両足をビルの屋上へとめり込ませる。

『くっ……!』

 沈んでいく足元の感触と、ひび割れる屋上の底面の感触にエマがほんの僅かに表情を苦くさせる。しかしそれでも≪シュペール・ミラージュ≫の左腕一本でその衝撃を受け止めると、上手い具合にいなし、テコの容量で純白のタイプF改にひらりと宙を舞わせた。

「流石に、一筋縄じゃあ行かないかッ!!」

 だが一真もその行動は読んでいて、天地を逆にして投げ飛ばされる形になりながらも、空中でサブ・スラスタを巧みに吹かしくるりと半回転。飛ばされた方向に逆噴射を掛けつつ、上手い具合に屋上の際、エマ機の背中側へと回り込んだ。

「らァッ!!」

 着地と同時にすぐさま一真は地面を蹴り、ターボ・スラスタを起動。その勢いを乗せつつ、更に対艦刀を振るう右腕の肘部分のサブ・スラスタは"ヴァリアブル・ブラスト"で起動。恐ろしいほどの勢いを乗せつつ、≪シュペール・ミラージュ≫に背中から襲い掛かる。

『チッ、思ったより随分と速い……!』

 だが、エマは振り向きざまにそれを己の対艦刀で受け止めることで防ぐ。試製17式と73式、脇差し程度の短い刀の刀身と、太刀と呼ぶに相応しい刀身とがぶつかり合い、強化炭素複合繊維で構成された互いの刀身を激しく擦り合わせ、あたかも鍔迫り合いのような格好で押し合う。

 しかし、一真機の"ヴァリアブル・ブラスト"、そして新たに装着されたターボ・スラスタとが重なり合う強烈な勢いに押され、メイン・スラスタを吹かし対向しても尚、エマと≪シュペール・ミラージュ≫は徐々にじりじりと後ろに押されていく。耐えようとしても堪えきれない足裏が押され、ビルの屋上をゴリゴリと火花を上げながら浅く削る。

『タイプF改、これは想像以上の化け物に仕上がったね……!』

「お褒めに預かり、何とやらってことだ」

『でもッ!』

 エマは鍔迫り合いの格好を尚も左腕一本で≪シュペール・ミラージュ≫に耐えさせつつ、右腕の93B式重機関砲を腰溜めに構えれば、すぐさま不意打ち気味にトリガーを絞った。目の前の鍔迫り合いに一真が意識を逸らされている間に、これでタイプF改の腹を砕く算段だった。

「忘れるなってえの!」

 だが、一真はそれをスッと間に割り込ませた左腕、そこに装着された試製17式防盾で防いでしまう。戦車砲の直撃ですら耐えてしまいそうなほどに強固な装甲を持つシールドは、20mm口径程度のペイント砲弾は何十発喰らったところで、破壊判定も何も下されない。

『ちょっとズルいんじゃあないかな、それって!』

「コイツの評価試験なんだ、構いやしねえだろ!?」

『それはそうだけど――――さっ!!』

 エマはそのまま右腕の重機関砲での砲撃を継続しつつ、一真機の左腕を拘束。そうしながら更にスロットル・ペダルを深くまで踏み込めば、尚も強烈なパワーで押してくる一真機の勢いに対向してみせる。

(とはいえ、このままだとジリ貧だ。増槽を持っている以上、幾ら極悪燃費だとしても……推進剤の消耗は僕の方が少しだけ早い)

 そうしながら、エマの思考は未だ冷静なままだった。猛烈な勢いで対向する自機とは対極的なまでに冷え切った思考を頭の中で巡らせつつ、さてここからどう一真を引き剥がすかの算段を考える。

『一真、其奴そやつを離すでないぞ!』

 としていれば、その間に一真の方でも瀬那からのデータリンク通信を聞いていた。これはエマの方には届かない通信だ。

『03、配置に付きました。砲撃支援を開始、敵機のスラスタを無力化します』

「俺ごとかよ!?」続けて聞こえてくるサラの言葉に、耳を疑った一真が訊き返す。するとサラは『そうです』と当然のように答え、

『20mmならば、一号機の強化された装甲であれば十二分に耐えられると判断しました。スペック上、05の流れ弾で撃墜判定を貰うことはあり得ません』

「そりゃあそうだけどよ……! ああくそ、分かったよ! やっちまえ、瀬那!」

『心得た!』

 二人が鍔迫り合いを繰り広げるビルから少し離れた場所、雑居ビルのような四階建て程度の小さなビルの上に膝を立てしゃがみ込む瀬那の試作二号機、それが構える93式20mm突撃機関砲の砲口が、≪シュペール・ミラージュ≫の背中を捉えた。

『一真に気を取られすぎた、それが其方の失策であるぞ、エマ……!』

 そして、瀬那は右の操縦桿のトリガーを人差し指で絞っていく。

 ――――だが、それより少しだけ早いタイミングでエマが行動に移した。

『美弥、きっちりナビゲート頼むよっ!』

 エマは両の操縦桿にある、本来ならばミサイル・レリース用にあるボタンを同時に親指で押し込んだ。≪シュペール・ミラージュ≫の両肩に備えられた、小さな三連装のランチャーが両方合わせ六発、同時に弾ける。

「なんだよ!?」

 とすれば、瞬時に一真の視界を白煙が覆い尽くしてしまう。弾けるように広がった白煙は広く厚く、まるで入道雲のように二人が剣を交えるビルの屋上周囲を覆い尽くしてしまった。

 ――――スモーク・ディスチャージャー。

 エマ機が両肩に取り付けていたランチャーが弾ける少し前、一真は何となくだが肩に装着されたそれのことが気になっていた。普段のエマならばまず装備しないような代物で、しかも本来ならば戦車用のそれを何故エマがわざわざ今回に限って取り付けているのか、その意図が分からないでいた。

 しかし、目の前を白煙が覆った頃になって漸く、一真はエマの意図に気付いていた。遅すぎるタイミングで、彼女の意図に。

「っ……! 瀬那、離脱しろッ!!」

『いかん、避けろ一真ッ!!』

 ハッとし焦燥する一真の声と、焦りの色に満ちた瀬那の声とが同時に重なり合う。白煙が展開されるとほぼ同時に瀬那機より撃ち放たれた数十発の20mmペイント砲弾を、視界不良の一真が避ける術はない。

(してやられた……! エマにまんまと一杯喰わされたってことかよ……!?)

 着弾の衝撃がコクピットを揺らし、機体のあちこちへの被弾警告が次々と網膜投影で視界内に映し出される中、一真はただ独り己が判断ミスを悔いていた。

 ――――此処に居ること自体が、最初から仕組まれていた。エマは最初から此処に一真を誘い込むことが目的で、此処に陣取っていた。

 数十発のペイント砲弾による友軍誤射フレンドリー・ファイアに耐えながら、一真がそう思い激しく悔いている間にも、白煙の中から一つの影が尾を引き飛び出してくる。

『悪いね、カズマ! ――――けれど言ったはずだ、僕も本気で行かせて貰うってね!』

 脚力だけで屋上を蹴ってバック宙をするように機体を捻らせながら飛び、≪シュペール・ミラージュ≫が白煙の外に飛び出してくる。メインとサブ、双方のスラスタを巧みに動かし姿勢を制御した彼女が狙うのはただひとつ、遙か下方に見下ろす藍色の機影……瀬那の駆る、厄介すぎる索敵能力を有したタイプF改・試作二号機だけだ。

『くっ……!』

『さて瀬那、手早くケリを付けようじゃないかっ!!』

 尾を引くスラスタの光跡とともに飛び往くエマと≪シュペール・ミラージュ≫が、蒼穹の彼方より瀬那とタイプF改・試作二号機へと襲い掛かる。

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