Int.35:黒の衝撃/吠えよ白狼、燃えよ男の剣と意地③

「へー、カズマくんってば、案外やるじゃん」

 エマたちとは少しだけ離れた位置でモニタを見上げ二人の戦いを観戦しながら、愛美が感心した声を上げていた。

「それにしても、雅人ってば楽しそうにしちゃってー」

「……久々に、マトモな相手と手合わせってことがあるのかもしれないわ」

 愛美の言葉にそう、冷ややかな語気で相槌を打つのはクレアだ。彼女もまた愛美と隣り合った格好で、モニタを眺めている。

「あ、やっぱりクレアちゃんも分かったの?」

「……別に、実力を認めたってワケじゃないわ。ただ、少しは見込みがあるかなって思っただけよ」

「でも珍しいよね、クレアちゃんが他の人を見て、そんなことを言うだなんてさ」

「……そうかしら?」

 不思議そうに首を傾げるクレアに、「そうだよ?」と愛美がニッコリとした笑顔で言い返す。

「まあ、何にせよ。雅人には勝てなさそうね」

「あー……うん、それは私も思った」

 冷ややかなクレアの言葉に、苦笑いしつつも愛美は同意の意を示した。

 確かに、一真は二人の眼から見ても思ったよりずっと善戦していた。雅人が相手なら、開始早々の数分で撃墜されるかとばかり思い込んでいたのだが、愛美もクレアも、良い意味でその予想を裏切られていた。

 だが、それでも雅人に勝つことは敵わない。確かに一真の実力は思っていたよりもずっと――恐らくは、雅人にとっても予想の範囲外なぐらいに――高かったが、しかしそれでもまだ"並程度の誤差"な域を出ない。愛美たちの眼から見ても、まだまだ一真は未熟だった。

 ――――人間の領域を逸脱していなければ、死神部隊は務まらない。

 さて、これは一体誰が言った言葉だろうか。出向いた先で自分らの戦いぶりを見ていた現地のパイロットだったか、或いはどこぞの将校だったか。詳しいことは愛美も忘れたが、しかし前に誰かからそんなことを面と向かって言われた覚えがある。

 とどのつまり、特殊部隊とはそういうものなのだ。何も死神と揶揄される≪ライトニング・ブレイズ≫に限ったことではない。他の国内外にある別の特殊部隊だって、それこそ伝説の≪ブレイド・ダンサーズ≫だって。ほぼ例外なく、属するパイロットの実力は人間の域を平気な顔で逸脱しているようなのばかりだ。かくいう愛美やクレアだってそうだし、そのことは自覚している。

 故に、一真があの雅人に勝てる要素は何一つとして無いのだ。雅人は彼に「自分には逆立ちをしても勝てない」と言ったが、アレは中々に言い得て妙だった。一真がどんな奇策を仕掛けてくるかは知らないが、何を仕掛けても所詮は児戯に等しく、雅人を討ち倒すことは叶わない。

「まあでも、だからこそって言うのかな? どんな方法でカズマくんが勝負を仕掛けるのか、見ものっちゃ見ものだねー♪」

 愛美はモニタの中に映る白い機影――それを駆る彼、弥勒寺一真に思いを馳せながら、一抹の期待を抱きながら。何処かご機嫌そうな語気で呟いた。

「……結果は見えてるわ。これ以上は、興味ない」

 しかし、クレアはというとそう言い捨て、踵を返しシミュレータ・ルームの出口の方へと歩いて行ってしまう。彼女自身が口にした通り、きっとクレアは興味を無くしたのだろう。確かに、ここまで見れば十分といえば十分だ。弥勒寺一真の実力を測るには、今までの手合わせを眺めていればそれで事足りる。

 だからこそ、愛美はクレアを引き留めず、そして責めもしなかった。彼女には彼女で、何らかの考えがあるのだ。教室ではあんな不穏なことになってしまったが、しかし愛美にはクレアの気持ちも何となく理解出来ている。

 ――――クレアは、親しくもない相手に下の名前で呼ばれることを、酷く嫌っている節がある。

 それは、彼女の過去から来るものだ。故に雅人も深くは責めなかった。クレアに銃を突き付けられた彼――白井――には気の毒なことをしたが、しかしクレアの行動も愛美には理解出来る。きっと自分が同じ立場だったら、銃を突き付けるまではしないまでも、多分スリッパで頭を叩いているぐらいはするだろうと思うぐらいに。

「っと、それよりも……」

 それよりも、今は二人の戦いの方に集中しよう。

 愛美は意識をクレアから見上げるモニタの方へと戻すと、雅人と一真の戦いへと意識を戻した。既に戦いは、あと数度の激突で終わりを迎えるぐらいのクライマックスを迎えているのだ。これから先、片時も眼を離せはしない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る