Int.34:黒の衝撃/吠えよ白狼、燃えよ男の剣と意地②

 一真が一気に劣勢へと立たされてしまうまでの時間は、戦闘開始から僅か一分にも満たないほどに早かった。

「ッ――――!!」

 サイド・スラスタを吹かして横っ飛びに短跳躍して雅人の≪新月≫が両手に持つ93式20mm突撃機関砲の雨あられを避けながら、一真は自分のタイプFが携えた93B式20mm支援重機関砲を反撃と言わんばかりにブッ放す。

『ふっ……』

 が、一寸前まで棒立ち状態だった雅人機はそれを短い後ろっ飛びで回避してしまう。だがこれは一真にとっても予測済みの行動で、一真は今の斉射を牽制代わりに、一度後方へと下がって距離を取る腹づもりだった。

『君の思考は丸見えだ、弥勒寺一真』

 ――――しかし、次に雅人の取った行動は、あらゆる意味で一真の予測を超えていた。

 後ろに飛び、着地した瞬間に雅人の≪新月≫は腕を振り被り、その手に持っていた93式突撃機関砲を、あろうことか一真機に向けて投げつけてくる。あまりに突拍子もない雅人の奇行に一瞬面食らった一真はほんの僅かに動きを止めてしまうが、すぐに持ち直し、飛んで来た二挺の93式を回避する。

『あまりに、稚拙』

 だが、それこそが雅人の狙い。一瞬でも自分から一真の気を逸らすことこそが、雅人の真の狙いだった。

「な……ッ!?」

 一真が目を離したほんの一瞬の内に、距離を詰めてきていた雅人はタイプFの懐に身を低く潜り込んでいて。白いタイプFの足元でしゃがみ込むような格好になっている≪新月≫の右手は、今にも居合いを放たんと左腰ハードポイントにマウントした73式対艦刀の柄に添えられている。

(ヤバい、コイツは流石にヤバい……!!)

 脊髄反射的な咄嗟の反応で、一真は"ヴァリアブル・ブラスト"を始動。超推力のバック・ブーストをフルスロットルで吹かし、≪新月≫が立ち上がりざまに放ってきた居合いの一撃を紙一重の所で回避する。振るわれた対艦刀の切っ先が、タイプFの胸部装甲を僅かに掠めた。

『ふん、避けるか』

 しかし、雅人はやはりその行動を読んでいたかのようにスラスタを吹かしながら更に大きく一歩を踏み込めば、返す刃で二の太刀を振るってくる。どう足掻いても直撃コース、避けられない……!

「畜生ッ!」

 一真は咄嗟の機転を利かせ、自機の右手マニピュレータが持っていた93B式重機関砲を、振るわれる対艦刀の前へと差し出した。

 シームレス・モニタの中に映る仮想空間の視界の中で、激しい火花が瞬く。雅人の振るった二の太刀はそのまま一真が差し出した93B式重機関砲の砲身を半ばから斬り捨てたが、しかしそれで僅かに軌道を逸らされてしまったせいて、刀身はタイプFの頭上数cmの所を掠めただけに終わってしまう。

『ふむ、その機転は見事だ』

「ああそうかい、お褒めに預かり光栄だ!」

 すぐに一真は≪新月≫の腹を蹴り飛ばし、その勢いで一期に距離を取る。蹴られた≪新月≫の雅人は大きく後ろへと吹っ飛ばされるが、上手く受け流したお陰でダメージは皆無に等しい。アスファルトの地面を削りながら、無事に≪新月≫は二本の脚で着地する。

「畜生、やっぱ飛び道具じゃ話にならねえ相手か……!」

 一真も一真でスラスタを停止させ、白いタイプFを片側二車線の幹線道路上に仁王立ちさせながら、お釈迦になった重機関砲を舌を打ちつつ放り捨てる。そうすれば右手マニピュレータは右腰ハードポイントに吊した88式75mm突撃散弾砲を掴み取り、そして左手は左腰に吊した対艦刀を抜き放つ。

 片手には銃、もう片方には剣といった特異なスタイルだ。幾らか前に話の流れでエマから教わったものを、この土壇場で見よう見まねながら再現してみせたというワケだ。

『遠近両用の万能スタイルで、特に乱戦の時なんかに重宝するんだ』

 前に、エマはそう言っていた。そしてこうも言っていた覚えがある。

『でも、デメリットもある。普段の君がやってみせる一刀流や二刀流の構えと違い、剣の動きが単調になって読まれやすいって欠点もあるんだ。

 ……尤も、対人戦に持ち込む機会は少ないから、後は腕の人工筋肉に結構な負荷が掛かるってことぐらいしか、実質的なデメリットは無いんだけれどね』

 ――――動きが単調で、読まれやすくなる。

 しかし、それで上等だ。この男を相手にしては、遠近織り交ぜた変則的な戦い方でもしない限り勝てやしない。正攻法ではどうやっても勝てない相手なのは、今までの手合わせで一真も十分すぎるぐらいに理解していた。

(悔しい、悔しすぎるが、コイツ――――)

 …………認めざるを得ないだろう。壬生谷雅人は、並大抵の強さじゃない。

 一体全体、どんな過酷な修羅場を、一体幾つ潜ればここまでの腕を身に着けることが出来るのか。それは才能もあるだろうが、しかし雅人の戦いの裏には確かな経験が裏付けされていた。対幻魔、対人を問わぬ、ありとあらゆる壮絶な経験が。

 だからこそ、一真は悔しさを噛み締めつつも、この男の強さを認めざるを得なかった。奴の腕は、身近で喩えるならばエマ・アジャーニに匹敵か、下手をすればそれ以上に近い。自分はおろか、剣技の達人である瀬那でも敵うかどうか怪しい相手だ。

「…………ああ、分かってる。でもな」

 そんなことは、今までの手合わせで分かりきったことだ。

「だからこそ、俺は負けられねえのさ」

 故に、一真はその闘志を燃やす。この戦いに賭けるモノは唯ひとつ、己の意地のみ。今までのスタイルを捨ててでも、培ってきた刀での戦い方を捨ててでも。搦め手に不意打ち、何を使ってでも勝たねばならないと。この瞬間、一真は決意をし、そして覚悟を決めていた。

『ふん、中々に面白そうな男だ』

 そうしていると、雅人は少しだけ感心したように鼻を鳴らし。そして対艦刀を荒っぽく肩に担いでなんか見せると、もう片方の腕を伸ばし、マニピュレータの掌を上にクイクイッと手招きをするように指を折る。

 ――――その光景が、嘗てのクラス対抗TAMS武闘大会。決勝戦でエマが見せた、≪シュペール・ミラージュ≫が見せたあの姿と、一真の頭の中でフラッシュ・バックし重なり合う。

「へヘッ……!」

 視界の中で現実と幻影とが重なり逢えば、一真の闘志は更に燃え上がる。彼の横顔からはいつしか苛立ちの色が消え、ただただ目の前の勝負への期待と興奮から来る歓喜の笑みのみが支配していた。

『フッ……存外にやるみたいだ、君は』

 それは、雅人とて同じことだった。彼の横顔からも先刻までの不気味な笑顔は消えていて、クールな色のみが浮かび上がっている。ほんの僅かに、ただ一欠片だけだが、雅人は確かに一真の秘めたる才能を見出し、そして認め始めていた。

『流石は、あの西條教官の……というワケなのか』

 だが、雅人とて此処で負ける気はない。此処で負けてしまえば、彼に更なる増長を与えてしまうだけだと、雅人は最初から気付いていたから。この勝負自体が一種の儀式、少年を一人前の戦士へと昇華させる為の、儀式のようなものでもあったのだ。

『手加減はしない。――――掛かって来い、弥勒寺一真。格の違いを思い知らせてやる』

「ああ、そうかい。精々吠え面掻くなよ、色男――――!」

 ≪閃電≫・タイプFと≪新月≫、二機の獣がほぼ同時に踏み込んでいく。互いが互いの刃と斬り結ばんと、必殺の意志を込めて力強く踏み込んだ――――!!

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