Int.33:黒の衝撃/吠えよ白狼、燃えよ男の剣と意地①
『……準備は良いかな、弥勒寺くん』
「いつでも構わねえぜ、さっさと始めようや」
そして、
『戦闘状況は対人戦、一対一で市街地。……その設定でお願いします、教官』
『はいはい、分かったよ……』
オペレータ席で煙草を吹かしながらカタカタと目の前のキーボードを叩き、雅人の言う通りの戦闘状況を入力していく西條の顔が、一真の視界の端にも映っていた。
『弥勒寺は良いとして……雅人、お前の機体はどうする? 生憎だが、G型≪飛焔≫のデータなんて、流石にウチのシミュレータでも持ってないぞ』
『でしたら、≪新月≫で構わないですよ。兵装は93式をマニピュレータに二挺、腰に対艦刀を二本で』
「馬鹿にしてるのか?」と、一真が苛立った顔で雅人に突っかかる。すると雅人は『ハンディキャップって奴さ』なんてことをニヤリとしながら言って、
『君と俺では、あまりに実力差がありすぎるからね。君は最新鋭のタイプF、俺は型落ちの訓練機。……ほら、これなら良い具合にハンディが付いているじゃあないか』
「嘗められたモンだな、俺も」
『彼我の実力差を自覚することすら出来ない君に、そんなことを言われる筋合いはないんだけどね』
とまあこんな不穏な会話を交わしている内に、白一色にホワイト・アウトしていた両者の見るシームレス・モニタに変化が生じ、数秒後には仮想空間上に再現された市街地の風景が視界いっぱいに広がった。
そんな仮初めの街の中、佇むのは二機のTAMSだ。一方は一真の機体、彼にとっても乗り慣れた純白の≪閃電≫・タイプF。対して雅人の方はといえば、オレンジ色に染め上げられた訓練機の≪新月≫だ。白井たちのダークグレーに塗装された実戦用ばかりを見てきたから、今となっては訓練機塗装が逆に新鮮に感じてくる。
『初めに言っておくよ、弥勒寺くん』
一真のタイプFと正対する≪新月≫から、雅人の声が飛んでくる。
『君は何を勘違いしているのか知らないが、あくまでこれはセミナーのようなものだ。未熟な君に対する、僕からの講義だと思って貰えれば良い』
「ふざけるのも大概にしろ。俺はテメーとサシで勝負をする、ただそれだけだ」
雅人の言葉に一真が言い返すと、すると雅人は『……はぁ』と呆れ顔で溜息をついた後で、『……まあ、いいさ』と頷いてから言葉を続ける。
『君がどう思おうと、君の勝手だ。だがこれだけは言っておく。
――――弥勒寺くん。今の君では、逆立ちしても僕に勝てやしない』
「ほざきやがれ、野郎――――ッ!!」
右手マニピュレータに持った93B式支援重機関砲を携え、一真の白いタイプFが地を蹴りスラスタを点火。眼前に立ち尽くす雅人の≪新月≫向けて、燃え滾る激情とともに突撃を敢行する。
「……カズマ」
始まった二人の戦いを、エマはシミュレータ・ルームのモニタを介して神妙に眺めていた。
「エマよ、其方はどう思う」
渋い顔のエマの隣で、腕を組みながら同じようにモニタを見上げて戦況を眺める瀬那が問いかける。するとエマは「……率直に言うと」と苦い顔で口を開き、
「実力差が、あまりに大きすぎる」
「やはり、か……」
エマが歯に衣着せぬありのままの意見を述べれば、瀬那も納得したのか、溜息交じりに深々と頷く。
「私は未だ弱輩が故、それほどのコトまでは分からぬ。が……」
「幾らなんでも、喧嘩を買う相手が悪すぎたよね……」
隣り合ってモニタを見上げながら、仮想空間上で再現された戦場での決闘を眺める二人。その意見は、完全に一致していた。
――――今の一真では、どう足掻いてもあの壬生谷雅人に勝てはしない。
当然といえば、当然のことなのだ。かたや幾ら実戦経験があるといえども訓練生で、そしてそれに相対するのは、現役の特殊部隊員、しかも中隊長クラスの逸材だ。実力も経験値も、何もかもの差が圧倒的に大きすぎる。
故に、雅人が先程言っていたように、これは決闘などではない。完全に一真が雅人の胸を借りる形の、それこそ比喩抜きでセミナーめいた勝負だった。だから一真が負けても仕方のないことで、そして恥じることでもないのだが……。
(……カズマ)
エマの本心としては、出来ることならば彼に勝って欲しかった。それが天地がひっくり返っても叶わぬことだと知っていても、何故だかエマはそう思いたい気分になっていた。いっそのこと、勝てなくても構わない。ただ、あのイケ好かない男に一矢報いて欲しいと……。
(僕なら、きっと彼とも対等以上に渡り合える自信がある。けれどカズマ、今の君では、まだ無理だ……)
実のところ、エマもまた西條と同じように、一真の奥に秘められた奥深い才能には気が付いていた。だが彼が幾ら才能に満ち溢れているとしても、彼にはあまりにも経験が足らなさすぎた。実戦経験、TAMSへの搭乗時間、エトセトラエトセトラ。何もかも、何もかもが足りないのだ。
故に、エマは知らず知らずの内に願ってしまう。彼がこの戦いの中で、何かを見出してくれることを。圧倒的実力差のある敵を前に、彼が半歩でも進化の道筋を見出してくれることを……。
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