Int.29:黒の衝撃/星宮・サラ・ミューア

「中隊のCPオフィサーを担当しています、以後お見知りおきを」

 教壇の中央に立つ彼女――ツインテール風に結ったアイスブルーの短い尾を揺らす星宮ほしみや・サラ・ミューア少尉はそう、先程のクレアと同じように冷え切ったような淡々とした声音でそう、目の前のA-311小隊の面々へ向け自らのことを簡潔に述べた。

 とはいえ、クレアみたく棘のある口調でなく、本当にただ感情の幅が無いというだけだ。抑揚が少ないと言った方が正しいのだろうが、とにかくそんな感じ。その喋り方に妙なデジャヴを一同が感じてしまうのは、恐らくその口調が霧香のものとよく似ていたからだろう。……尤も、彼女のような変人気質をサラは持ち合わせてなどいないだろうが。

 とにもかくにも、サラはそう名乗ってみせた。告げる内容も端的で、必要最小限といった具合。素っ気ないようにも思えるが、何となくこれが彼女の素であることを小隊の面々は何となくで察していた。やはり、霧香という似たような口調の先駆者がいたことは大きいのかも知れない。

「えーと……質問、良いかしら?」

 そうして自己紹介を終えたサラが下がりかけると、恐る恐るといった様子で美桜が手を挙げる。立ち止まったサラが無言で西條の方へ確認するみたいに目配せをすれば、視線を受けた西條は「構わんよ」と肩を透かしながら頷いた。

「……だそうです」

「初対面で少し失礼な質問かもしれないけれど……名前から察するに、星宮少尉はハーフかしら?」

 恐る恐る立ち上がった美桜の質問に、サラは「はい」と小さく頷きそれを肯定する。やはりというべきか、やはり感情の起伏は少ないような真顔だった。

「あー、星宮少尉は英国とのハーフで、そこからの帰国子女だそうだ。……合ってるな、少尉?」

「問題ありません」と、付け加えるような西條の説明にサラが頷く。

「それと、西條少佐を始め、私のことはサラ、とお気軽にお呼び頂ければ結構です」

「……だから、私はもう少佐ではないと」

 相も変わらず少佐と呼ぶサラに、西條が参ったように溜息をつきながら指摘する。とすればサラは「これは失礼しました」と言って、「では、私のことは気軽にサラ、と」なんて風に言葉を改めた。

「では西條しょう……教官。後のことは」

「あー、はいはい……」

 尚も少佐と呼びかけ、慌てて訂正するサラに呆れつつ。西條は「というわけで」と言いながら教壇に再び上がり、下がったサラと入れ替わるように話を続けていく。

「彼ら≪ライトニング・ブレイズ≫は暫くの間、この京都士官学校に駐留することとなった。寝泊まりは桂駐屯地の方の宿舎を使わせるが、戦力増強以外にも諸君らのちょっとした教官役も兼任して貰うことになっている。特に美弥、君はサラに色々と教えを請うと良いだろう」

 そんな西條の言葉に、着席したままの美弥は黙ってコクリと頷いていた。事実、星宮・サラ・ミューア少尉の的確な指揮統制は美弥も目の当たりにしている。美弥とてサラの実力に舌を巻き、そしてその実力を認めていた。

「……そう、貴女が小隊のCPオフィサーですか」

 また、それはサラとて同じことだった。顔には出さなかったが、美弥の実力は未熟なりに彼女も認めていることだった。訓練小隊の訓練生CPオフィサーなど、正直言って最初から期待していなかったサラだが、しかし実際に言葉を交わしてビックリ、というのが昨晩の戦闘でサラが抱いた感想だった。そして、育ち方次第で優秀な人材たり得るという確信も、サラは美弥に対して抱いている。

 西條が敢えて口にした今の言葉は、そんな自分たちのことを見透かしてのことだろうとサラは感じていた。だからこそ、遠巻きにだが敢えて美弥の方に視線を向け、そして小さく声を掛けてみた。

「よ、よろしくお願いしますっ」

 サラが小さく呟くように言えば、美弥は慌てて席から立ち上がり、ペコリと深々としたお辞儀をサラに向ける。するとそれを受けたサラは「構いません」とやはり抑揚の薄い声で返して、

「中隊長の妹さんと伺っています。……貴女のことは、雅人からも任されていますから」

 と、氷のような無表情の中にほんの僅かな笑みを織り交ぜて、お辞儀から顔を上げた美弥に彼女はそう告げた。

「他の連中も、機会があれば色々と教わっておくといい。こんなナリの連中だが、曲がりなりにも中央直属の特殊部隊だからさ」

「こんなナリ、は余計ですよ教官」

 西條の言ったことに雅人が爽やかな苦笑いで言い返せば、西條は「良いんだよ、私から見ればお前たちは昔と変わらん」と、ニヤニヤとした顔で突っつくように言葉を返す。

「折角だ、弥勒寺とかその辺は雅人から色々と教えて貰うといい。シミュレータの方は言ってくれればいつでも使用許可を出す」

「げっ……」

 名指しで言われた一真が露骨に嫌そうな顔をするのを見れば、雅人は無言のままにニィッと不気味な笑顔を一真の方へ向ける。

「むっ……」

 それにエマが不機嫌そうに頬を小さく膨らませて反応するが、しかし直後に愛美が雅人の隣で「まーさーとー?」と彼ににじり寄っていた。勿論、片手には何処からか召喚した雅人制裁用のスリッパが握られている。

「うぐ」

 とまあそんな風に、今にも叩くぞと言わんばかりに愛美に接近されれば雅人が敵うワケもなく。彼はこほんと咳払いをすれば、それ以上の視線を一真に向けてこなくなった。

「とりあえず、紹介の方はこれで終了だ。後の伝達事項は無いから、これで解散としよう。

 ――――弥勒寺、綾崎。お前たち二人は格納庫へ来い」

「俺たちが?」西條の突然の呼び出しに、一真が訊き返す。すると西條は「ああ」と煙草を吹かしながら頷いて、

「タイプFの件で、君たちに聞かせなきゃならんことがある」

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