Int.24:貴様は誰だ

「――――それで舞依、昨日の件の調査は?」

 対面に座る瀬那の神妙な問いかけに、談話室のソファに腰掛けた西條は「芳しくはないね」と普段通りの飄々とした顔と態度で答えてみせた。

「あの場で撃墜した機体の残骸は全て、工兵隊……という名目で連れて来た情報局・機密諜報部の連中に調べさせた」

「其方の顔を見る限り、あまり良い結果は望めぬか」

「ご明察。結果は散々たるものだったよ」

 見透かすような瀬那の言葉に肩を竦めつつ、西條は珈琲を一口啜ってから白衣の胸ポケットよりマールボロ・ライトの煙草を取り出し、咥える。それにジッポーで火を点けて、そして軽く紫煙を燻らせてから話を再開した。

「まず部品の方だが、細かいネジの一本に至るまで全てのシリアルナンバーが削り取られている。特にFSA-16Cに関してはブラックマーケットで流れていた品だったんじゃないかな。それにFSA-15Cの方も、肝心の出所は掴めず終いだ」

「手掛かりは無し、というわけであるか……」

「ああ」蒼い前髪を揺らし、西條が頷いて肯定する。

「回収した敵パイロットの遺体も似たようなものだ。認識票みたいな個人を特定できる代物は、何一つ持ち合わせてはいなかった。

 …………尤も、大半は死神連中がコクピットを丸ごとぶっ壊してくれたお陰で、挽き肉みたいな有様になってる奴ばかりだったけれども」

 西條は呆れた顔ではぁ、と深い溜息をつく。そんな彼女の仕草を軽く眺めつつ、瀬那はまた別の思案を巡らせていた。

「……やはり、此度こたびのことも」

「そうだね」瀬那の至高を先読みしたみたく西條が肯定した。「まず間違いなく、楽園エデン派の差し金と見て間違いない」

「くっ……!」

 楽園エデン派の差し金。

 そんな西條の回答を耳にした途端、瀬那が悔いるような顔をする。組んだ腕の間からは、強く握り締める手が垣間見えていた。

「瀬那が悔いることじゃない」

「しかし、あの者らの狙いは間違いなくこの私であった! そのせいで、まどかが……っ!」

 奥歯を噛み締めながらの瀬那の言葉は、明らかに己自身を責めているような口振りで。そんな彼女の反応もある種仕方ないことだと思いつつも、それでも西條は「そうとも限らんよ」と続く言葉を口にした。

「瀬那の抹殺が目的なら、君とアイツのCH-3が真っ先に堕とされていたはずだ。しかし戦闘ログを漁ってみると、寧ろ連中が撃ったサイドワインダーは君らのヘリを避けているみたいな動きだった」

「……どういうことなのだ、舞依」

「簡単なことさ」と、神妙な顔で疑問符を浮かべる瀬那に西條が答える。

「奴らの狙いは、君の抹殺ではない」

「仮にそうであるとして、ならば何故あんな真似をあの者らはしでかしたのだ……?」

「それは私にも分からないよ。ただ……」

「ただ、何なのだ?」

 言い淀む西條に、追求を掛けるみたく瀬那が訊き返した。それに答えるか西條は少しの間だけ悩んだが、しかし己の五感が感じたことを、そして直感を信じることにした。

「……マスター・エイジとか言ったっけか、あの蒼いの。他はいざ知らず、少なくとも奴の目的は我々A-311小隊のウデ試しのように見えた」

「ウデ試し……?」

「確たる証拠は無い。ただ奴の戦い方と、それに奴の会話を聞く限りで私が推測し、そして感じたことに過ぎない。けれど」

「それでも、舞依はそう感じたと」

「……信じてくれるのかい?」

「信じぬ理由はない」と、瀬那。「其方の言うことなら、感じたことならば、きっと間違いではない」

「しかし、あの者の最終的な目的は一体何なのだ……?」

 言葉を続け、瀬那は首を傾げながら口先に指を当て小さく思い悩むみたいに唸る。

 ――――マスター・エイジの目的。

 それが、分からない。瀬那にも、そして西條ですらも分からないままだ。奴が何を思ってA-311小隊の実力を試すような真似をしたのか。七機のTAMSとそのパイロットを失うような損害を被ってまで、そうまでして奴は何をしたかったのか。

 考えられるとすれば、七機を失う損害を上回るだけのメリットがマスター・エイジの最終目的に存在することだ。

 西條はまずそう考えた。だが奴の蒼い≪飛焔≫の戦い方を思い出してみれば、何となくその考え方は否定したくなってしまう。

(奴の戦い方は、寧ろ我々との戦いを愉しんでいるようでもあった)

 煙草を吹かしながら、西條は小さく唸る。

楽園エデン派の人間であることは疑いようがない。あれほどまでの軍勢を率いて現れ、空輸中という比較的無防備なタイミングで攻撃を仕掛けて来た。しかし瀬那をいの一番に狙うような真似はせず、自分以外の全機を失う大きな損害を出し。そしてあの男は、我々との戦いを心底愉しんでいるようだった。ここから導き出される結論は……)

 あの男は、マスター・エイジはA-311小隊そのものに興味がある。

 ひとまず現段階で手元にある情報を統合し、思案し、推測し。そうして西條が導き出した今の段階での結論は、そんな具合だった。

 口振りから考えるに、マスター・エイジは戦いという行為そのものを愉しんでいる節が見受けられる。最初のサイドワインダー空対空ミサイルでの初撃以外で飛び道具を一切使わず、あの雅人を前にしても対艦刀のみを用いるなんていう酔狂な戦い方をした点を見るに、奴はやはり戦闘行為そのものを愉しんでいたとしか思えない。近接兵装以外を一切用いないなんて、自らに枷を課すような真似をするほどには。

 それでいて知能が高く、狡猾な男だ。あれだけやりたい放題をしながらキッチリ退路は確保していて、加えて退き際が鮮やかな辺り、知能も低くない。戦術的な思考と戦略的でマクロな視点と思考力、その双方に優れた、極めて知能の高い人間だと推測される。

 なのに、声を聞く限りでは歳はかなり若い。年頃にして二十代半ばから後半、歳を食っていて三十代に入ったばかりといった具合だろう。それだけの若さで並外れた戦闘能力と思考能力、只者ではないのは明らかだ。

 加えてネックなのが、奴が乗り回していたのがJS-17E≪飛焔≫だったことだ。特殊任務以外で国外に一切持ち出されていない門外不出の特殊作戦機、乗りこなせる人間などそう多くはない。これだけでも対象を絞り込めそうな所だったが、しかし機密諜報部の捜査でもこれといった成果は得られなかった。

 結論として、奴が何者かを特定するにはあまりに情報が少なすぎるというワケだ。とはいえ――――。

(……あの男が、余りに厄介な敵であることには間違いない)

 短くなった煙草の火種を灰皿で揉み消しながら、西條は静かに胸の内でひとりごちていた。

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