Int.11:黒の衝撃/第202特殊機動中隊≪ライトニング・ブレイズ≫
「ふう……」
一方、士官学校校舎の職員室では、西條が今回の交戦に関する報告書のまとめ作業やらに追われている最中だった。
手にしていた書類を溜息とともに一度デスクの上に置き、咥えている短いマールボロ・ライトの煙草を灰皿に押し付け火種を揉み消す。その後でデスクの上にある紙箱から雑に新しい一本を取りだして咥えれば、ジッポーをカチンと鳴らし火を付け紫煙を燻らせる。
「……済みません、私が不甲斐ないばかりに」
とすれば、隣席の錦戸がポツリと呟くみたいに西條へ言葉を投げ掛けてきた。「お前のせいじゃない」と返しながらチラリと西條が横目に見た彼の顔色は、表面上こそ普段通りだが、やはり何処か憔悴しているようでもあり。ラッキー・ストライクの煙草を咥える横顔にどんよりとした微かな影を落とした錦戸の纏う雰囲気は、なんとなく哀しげでもあった。
「しかし、TAMSの撃墜が一にCH-3が四。ハンター2のコブラが二機撃墜か……」
「痛手、ですな」
「ああ」錦戸の言葉に頷く西條。「まどか含めてK.I.Aは十一人。ハンター2-2の二人が奇跡的に軽傷なのが、本当に救いだよ」
今回のマスター・エイジたちの襲撃による犠牲者は、まどかだけでは無かった。まどか以外にもCH-3ES"はやかぜ"大型輸送ヘリで小隊の輸送を担っていた"コンボイ1"小隊の撃墜された四機は、その全てが機長・副機長ともに計八人が死亡。同時に撃墜された対戦車ヘリ、コールサイン"ハンター2-3"のAH-1S"コブラ"の二人も遺体で発見されている。同じく撃墜されたハンター2-2のコブラに乗っていた二人があの状況下で軽傷なのは、本当に運が良かったとしか言いようが無い。
とはいえ、今回の戦闘で被った被害がA-311訓練小隊にとってかなりの痛手であることには間違いなかった。戦場までの輸送を担当するヘリ部隊は壊滅状態で、肝心の対戦車ヘリ小隊も、慧と雪菜の一番機以外は喪失してしまっている。幾らコブラといえども、幻魔の大軍相手にたった一機ではお話にならない。
その上、貴重な戦力であるヴァイパー09、間宮まどかとその乗機も喪ってしまった。感情を抜きにして考えても、訓練生といえ優秀なパイロットと貴重な機体を喪ったダメージはあまりに強烈すぎる。普通の正規部隊と異なりおいそれとパイロットを補充できない訓練生小隊という都合上、まどかの抜けた穴を埋めることはほぼ不可能に等しいのだ。
「……やっぱり、私が出るっきゃないか」
「いけませんよ、少佐」
ボソリと呟いた西條の独り言を聞きつけた錦戸が、至極真剣な表情でそう言ってくる。
「少佐が出られる時点で、コトはあまりに大事になります。少佐のお気持ちは察しますが、しかし……」
「分かってるよ」
真剣な眼差しで訴えかけてくる錦戸に、西條は大袈裟に肩を竦めて見せながら彼の言葉を半ばで遮る。
「半分は冗談さ」
「残り半分は、本気ということですか」
「そういうことだ」煙草を一旦口から離し、西條が疲れた顔の中に冗談っぽい薄い笑みを浮かべてみせる。
「いざとなれば、政治的なお話なんか知ったことじゃない。封印を解く準備だけはしてあるのさ」
「……そうですか」
西條の言葉に複雑な表情で錦戸が頷けば、「失礼します」という青年の声とともに職員室の扉がガラッと開いた。
「おっ、来たか」
ひょいっと手を挙げる西條の前に現れたのは、例の特殊部隊――――第202特殊機動中隊≪ライトニング・ブレイズ≫の中隊長。あの黒いJS-16G≪飛焔≫を駆っていた青年、雅人だった。
「お久し振りです、西條教官。それに錦戸教官も」
跳ねっ返りの強い癖のある黒髪を揺らしつつ、切れ長の瞳を持つ彫りの深い顔に好青年っぽい笑みを浮かべて。≪ライトニング・ブレイズ≫の部隊章が縫い込まれたフライト・ジャケットを羽織る雅人は西條たちの傍に立つと、ピッと直立不動で敬礼してみせる。
「君とこうして顔を合わせるのは、どれぐらいぶりだったかな。元気にやってるようで何よりだよ、雅人」
フッと小さく笑みを浮かべながら言った後に「楽にするといい」と西條が続けて言ってやると、雅人は「はっ」と頷き敬礼を解けば、立ったまま休めの姿勢を取る。
「しかし、よく間に合ってくれた。突然の要請に応えてくれたこと、感謝するよ」
「いえ、我々は職務を果たしたまでです」と、雅人。「それに、西條教官の頼みを断る理由はありませんから」
「助かるよ、本当に」
西條がそうやって言葉を返すと、しかしその後で雅人は「ですが」と言葉を続け、
「来られたのは、自分を含め四人と少しの支援要員だけです。他の中隊メンバーもいずれ合流する予定ですが、暫くの間は動かせないもので」
「いや、それでも構わない。本当に助かるよ、雅人」
そう言いながら、西條は煙草の灰を灰皿に落とし。その後で手元の書類を探れば、その中の一つを手に取ってペラペラと捲り出す。
「そういえば、例の≪飛焔≫には君が?」
「肯定です」手に持った書類を眺めながらな西條の問いかけに、雅人が休めの姿勢のままで頷いた。
「JS-16G、技研のステルス実証試験機です」
「とすると、やっぱり"プロジェクト・スティグマ"の?」
「肯定です」と、雅人。
「試作四号機、"マーク・デルタ"用のデータ収集機と言えば、教官もお分かりになるかと」
「ふむ……」
雅人の言葉を片耳に聞きながら唸り、西條は書類をデスクの上に置いた。
「とすると、やっぱり"プロジェクト・スティグマ"には君も参加を?」
「少しだけ、ですけれどね。本格的に関わっているワケではありません。あくまでG型の試験運用と、パッシヴ・ステルスの実戦テストがメインですから」
横目を流しながらの西條の問いに、雅人が小さな苦笑いをしながら答える。
「それに、教官のご報告を元にした"マーク・アルファ"の改修プランと必要パーツも技研から預かってきました」
「タイプFの?」
怪訝そうに西條が訊き返せば、雅人は「はい」と頷き肯定した。
――――マーク・アルファ、即ち一真と瀬那の駆る≪閃電≫・タイプFに関して、あの二人が指摘した幾らかの問題点と改善の要望はは西條を通じ、少し前に国防軍の技術研究本部へと送っておいたのだ。尤も、その大半は"ヴァリアブル・ブラスト"機構の極悪すぎる燃費を改善しろというものだったが……。
しかし、ここまで対応が早いとは西條も想定外のことだった。そして、その改修パーツを≪ライトニング・ブレイズ≫がついでに運んでくることも、全くの予想外だった。
「詳しいことは、クリスの方に訊いて貰えれば助かります」
そんな西條の疑問を汲んでか、そんな風に雅人が続けて言うと。すると今度は錦戸が「クリス、ですか?」と頭の上に疑問符を浮かべる。
「確か、メカマンの三井軍曹でしたよね」
「はい」と、頷く雅人。「クリス以下、≪ライトニング・ブレイズ≫のメカマンの一部は明朝には士官学校に到着する予定です」
「クリス……っていうと、あのオカマちゃんのメカか」
肩を竦めて西條が言えば、雅人は苦笑いをしつつ「ええ」と肯定した後で「でも、腕は確かですから」とフォローするみたいな言葉を付け加えた。
「後は……えーと、雨宮中尉に神崎中尉、それに桐生中尉に、例のCPオフィサーの星宮少尉か」
そんな風に呟きながら、西條は別の書類を手に取り、ペラペラと捲りながら視線を落としつつひとりごちた。
「中隊でも、特に優秀な隊員を連れて来たつもりです」
雅人の言葉を片耳に聞きながら、西條は書類に記された各員のプロフィールに目を通していく。とはいえ、その大半は過去に見覚えのある顔だったが。
――――まずは、
添付された写真に写る彼女はアイスブルーの髪で、肩甲骨ぐらいまであるセミ・ロングのストレート・ヘア。フレームレスの眼鏡を掛けた顔付きは、昔よりも幾らか頼り甲斐のあるいっぱしのパイロットに成長しているようだった。
性格は冷静沈着で、頭脳も明晰。どっちかといえば無鉄砲に近いような突撃癖のある雅人を補佐する副隊長のポジションとしては、確かに彼女が一番適任だろうと西條は内心で深々と納得する。特殊部隊入りも納得出来るぐらい、優秀なパイロットだ。
――――次は
経歴を見ると、どうやら英国人とのハーフらしい。白銀の短髪に切れ長の紅い瞳、日本人としては白すぎる白人みたいな肌の色という容姿も納得というものだ。
彼女もまた愛美同様に冷静にして的確な思考と判断力を持ち、戦闘スタイルも前衛、後衛どちらも満遍なくこなせるオールラウンダーといった具合だと資料には書かれている。
「こういうタイプが一人居ると、柔軟で有り難いんだけどな……」
A-311小隊でオールラウンダーといえば、マトモにこなせそうなのはエマぐらいか……。
独り言と共にそんなことも思いながら、西條は資料をペラリとめくり、次の一人へと視線を落とす。
――――
ブライアン・メイを彷彿させるようなパーマっぽい茶髪のロン毛で、顔付きも昔以上にチャラい感じの男に仕上がっているようだ。とはいえ戦闘傾向は昔のままバランス型のようで、癖だらけな≪ライトニング・ブレイズ≫の調整役みたいな立ち位置らしい。戦闘スタイルは前衛寄りだが、後衛での長距離狙撃戦も一通りやってのけるそうだ。
「最後は……」
――――問題は、このコールサイン・"ブレイズ・シード(火種)"。
全く見覚えのない彼女は、≪ライトニング・ブレイズ≫の指揮統制役を兼ねるCPオフィサー、即ち中隊の頭脳だ。英国からの帰国子女という経歴を持ち、彼女もまたクレア同様にハーフらしい。
少し会話を交わしただけでも分かる、冷酷無比で氷河のように冷たい性格。クールで無口な傾向があるらしい彼女は、変人オブ変人の霧香以上に扱いづらい相手になることは間違いないだろう。西條も思わず溜息を漏らしてしまうほど、厄介な相手だ。
とはいえ、頭脳は明晰なんてもんじゃなく、中隊の頭脳としてはピカイチだ。扱い方さえ心得れば、彼女以上に頼りになるブレインは他にいないだろう。或いは、美弥がこのままCPオフィサーとして成長を重ねれば、こうなるのかもしれないが……。
「……なるほどね。癖だらけだが、確かに優秀そうだ」
それら隊員の経歴が記された書類を閉じると、それをデスクの上に放りながら、西條が肩を竦めつつ皮肉っぽい言葉を雅人に投げ掛ける。
「以降、第202特殊機動中隊≪ライトニング・ブレイズ≫は西條教官、貴女の指揮下に入ることになります。命令さえ頂ければ何処へでも、どんな相手でも対処してみせます」
雅人が形式っぽくそう言えば、すると西條はフッと小さく笑い「期待してるよ」と返してみせた。
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