Int.09:黒の衝撃/散り往く華、若すぎる命の徒花
「……敵反応、作戦圏内から消失しました」
作戦区域より少し離れた場所、雑木林の中に無理矢理突っ込むみたいな格好で身を隠す82式指揮通信車の車内。オペレーティング・デスクの前に座る美弥の報告が耳朶を打てば、西條は大きな溜息と共にやっとこさ肩の
「とりあえずは、これで終わりか……」
「そうだと良いんですけれどね、ホントに……」
西條は指揮車の壁に、美弥は椅子の背もたれにもたれ掛かり背中を預け、互いにそんな言葉を言い合う。どちらにも強すぎる疲労の色が浮かんだ二人の声音は、その言い方こそ少しだけ違えど、しかし二人ともがこの異常事態の収束を真に望んでいた。
「でも、まどかちゃんは」
「言うな」俯きながらで暗い話題を切り出そうとした美弥を、西條が短い言葉で制する。
「……今は、やめてくれ」
「すみません……」
小さく詫びたきり、美弥は俯いたままで何も話しかけてこようとせず。ただ重く暗い沈黙だけが支配した指揮通信車の車内で西條は小さな溜息をつけば、煙草の一本でも吹かそうと白衣の胸ポケットへと何の気無しに手を伸ばしてしまう。この重い空気を紛らわせたくて、やり場のない複雑な感情を、紫煙で誤魔化したくて。
「……あ」
だが胸ポケットの紙箱に手を伸ばし、マールボロ・ライトの紙巻き煙草を摘まみ出し掛けたところで、西條は指揮通信車が車内禁煙であることを思い出した。
「チッ」
そうすれば、小さな舌打ちと共に手と煙草を引っ込める。そうすれば後はまた大きな溜息をつくことしか西條に出来ることは無く、車内は再びどんよりと重すぎる雰囲気だけが支配する。
液冷ディーゼル・エンジンの小刻みな振動と低いアイドリング音が響く中、指揮通信車の車内も、そしてデータリンク通信ですらもが奇妙なまでの沈黙を見せていた。先程までひっきりなしに車外から聞こえていた砲声も、砲火の振動も無く、ただただ静かだった。
『ブレイズ・シードよりヴァイパーズ・ネスト、応答願います』
そうしていれば、沈黙を破る明瞭で抑揚の無い、無感情にも聞こえる少女の声がひとつ。それが≪ライトニング・ブレイズ≫のCPオフィサー、コールサイン・"ブレイズ・シード"こと星宮・サラ・ミューアの声であると気付けば、美弥が反応するよりも早く西條が「西條だ」と応答する。
『作戦区域の敵機掃討を完了、こちらの任務は終了しました。後始末の工兵隊と別の輸送ヘリ部隊が到着次第、我々も京都士官学校まで同行します』
「了解だ。済まなかったな、無理をさせて」
『無理ではありません』と、冷静な声音でサラが言い返す。『この類のミッションならば、我々≪ライトニング・ブレイズ≫が最も適任ですから』
「フッ、そうか……」
そんなサラの言葉に西條が小さく笑えば、『では、失礼します』と言ってサラは半ば一方的に更新を終えてしまった。
「死神部隊、か」
「死神……ですか?」
西條が独り言を呟くと、椅子ごと振り向いた美弥が不思議そうな顔で首を傾げる。
「彼らの異名、とでも言うべきかな。≪ライトニング・ブレイズ≫と戦場で出くわした奴らは、口を揃えて皆こう言うらしい。「奴らは死神だ」とね……」
首を傾げる美弥に西條は答え、そして腕組みをしながらもう一度、指揮通信車の壁に深く背中をもたれ掛からせた。
(……まどか)
そして脳裏に思い返すのは、今は亡き教え子の面影。あの蒼い≪飛焔≫に堕とされた、彼女の面影だった。
(私は、教え子一人ロクに護れやしないのか)
胸の中に渦巻く無力感を、しかし西條は声に出さないまま、表に出さないまま。ただ胸の奥で小さく反芻すると、それを深々と刻みつける。決して忘れないようにと。自分の至らなさ、無力さが故に命を落とした彼女のことを。己が自信の不甲斐なさが故にその若き
「…………」
彼女のことを、まどかのことを思えば、西條は自分でも無意識の内にマールボロ・ライトの煙草を口に咥えてしまっていた。
カチン、と小気味の良いジッポーの音が小さく木霊すれば、火の付いたマールボロ・ライトの先端から白く濁った副流煙が立ち上り始める。深々と紫煙を肺に吸い込めば、やるせなさは幾らか中和されていくような錯覚に陥ってしまう。
こんな状況下だからか、西條が煙草を吹かしていたところで美弥も、そして指揮通信車のドライヴァーですらも、何も文句は付けなかった。美弥とて、彼らとて、気持ちは西條と同じだった。
「蒼い≪飛焔≫、か」
煙草を吹かしながら、そして次に脳裏に過ぎるのは、あの蒼い≪飛焔≫の姿。まどかの若き命の徒花をその手で以て刈り取った、あの憎き機影。そしてマスター・エイジと名乗った男の、全てを見下し、見透かしたようなイケ好かない声だった。
(マスター・エイジ、貴様だけは必ず)
必ず、私がこの手で――――。
指を折り曲げる西條の右手が、知らず知らずの内に強く拳を握り締める。強すぎるほどに、指の隙間から血が滴り落ちるほどに…………。
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