Int.72:ブルー・オン・ブルー/折れた銀翼②

『そんなこと言ってる場合ですか、貴方はッ!』

 見上げる≪新月≫の方を向かないままで毒づきながら、まどかは遠くに吹き飛んでいった≪スコーピオン≫に向けて、両手の93式突撃機関砲から20mm砲弾の豪雨を浴びせていた。

 街の構造物を文字通り吹き飛ばすようにして百数十m遠くに転がり、力なく地面に横たわる≪スコーピオン≫の装甲を、まどかの撃ち放つ20mm砲弾が容赦無く抉る。

 しかし流石にTAMS、その複合装甲は暫くの間20mm砲弾の直撃にも耐えていたが、しかし数百発にも及ぶ豪雨に耐えきることは出来ず、次第にその装甲に穴を開け始めて。そうして機体のあちこちを伝っていた燃料系から推進剤に引火すれば、≪スコーピオン≫はそのまま内側から弾け飛ぶようにして爆発し、炎上を始めた。

『拳銃一挺でTAMSに対抗するなんて……。正気ですか、ホントにっ!』

「……言われてみりゃあ、その通りだ」

 凄い剣幕のまどかに怒られながら、白井は己の非を全面的に認めつつ、軋む≪新月≫の機体を立ち上がらせる。その間にもまどかの≪叢雲≫は爆発の火柱の中に消えた≪スコーピオン≫を遠くに眺めながら、両手の突撃機関砲の弾倉をイジェクトし、そして新しい物に入れ替えていた。

『……で? 貴方の方は、何ともないんですか?』

「俺は運良く、な。コンボイ1-4の方は、残念だが……」

 悔やむような声で白井がそうやって答えれば、まどかもまた小さく頷きながら『……そうですか』と小さく返す。

『とにかく、事態はかなり混乱しているみたいです。他のかたたちも別の敵に絡まれていて、迂闊に降下出来ないみたいで』

「だろうね……」

 見上げる暗い夜空のキャンパスの中では、まだ幾つものヘリと銀翼の軌跡とが交錯し合っていた。流石にミサイルの類はもう無いようだが、しかし他のCH-3が必死の回避運動を繰り返しているのが、此処からでもハッキリと見える。

『いいから、アタシたちをさっさと降ろしなさいってば! でないと、アンタたちも……!』

『分かってる! もうすぐ安全高度だ……! それまで、何とか耐えてくれっ!』

 そうしていれば、ステラの苛立つ声がデータリンク通信からダダ漏れに聞こえてくる。

 そんな彼女らの会話を片耳に聞いていると、まどかが『……はい』と、片方の突撃機関砲を白井の方に差し出してきた。

『使ってください。貴方の装備では、流石に戦えなさそうですから』

「……良いのか?」

『私が良いと言っているんです、早く受け取ってください』

「…………じゃあ、遠慮無く」

 一瞬躊躇いながらも、白井は≪新月≫のマニピュレータでその突撃機関砲を受け取らせ、そして右手でその銃把を握り締めた。

『今の私たちに出来ることは、とにかく生き残ることだけ……。幸いにして、西條教官が救援要請を出したみたいですが』

「救援要請?」

『はい』頷くまどか。『詳細は私も知りませんが、そうらしいです』

「ってすると、俺たちはそれまで生き残れば良い、ってことか……」

『そういうことです』

 そうやって白井がまどかと頷き合っていると、しかし再びジェット・エンジンの轟音が近づいてくる。

『……! どうやら、まだ私たちと遊びたいかたがいらっしゃったようですね……!』

「ったく、面倒くせえ! ……気ぃつけろよ、まどかちゃん! コイツら、多分かなりの手練れだ……!」

『そんなこと、貴方に言われるまでも無く承知しています。今みたいな不意打ちが通用しない以上、私たちだけでどこまで対処出来るか……!』

 焦燥に表情を染め上げたまどかがそう呟くと、白井は何故か「…………へへっ」と小さく笑い、

『俺もまどかちゃんも、一人じゃねえ。二人でツーマンセルだ。たかが一機の相手ぐらい、何とかなるさ。……だろ?」

 そうやって言ってやると、まどかも珍しくフッと小さな笑みを浮かべ返してくれた。

『……そう、ですね。やれるだけは、やってみましょう』

「倒せない相手じゃない。……だろ?」

 そんな風に、白井とまどかの二人が覚悟を決め、頷き合っていると――――そんな二人の視界の中に、蒼いTAMSが舞い降りてきた。

 敵を目の前にしてにしては、あまりにも優雅な振る舞い。まるで白鳥が舞い降りてきたかのように悠々とした着地に、白井とまどかの二人は一瞬だけ呆気にとられる。

 しかも、ソイツが手に持っているのは、73式対艦刀が二振りのみだった。フライト・ユニットの翼を下方に折り曲げたソイツは、他に何か飛び道具を吊しているようにも見えない。

『――――お初にお目に掛かりますね、少佐の子供たちよ』

 そうして二人が呆気に取られていれば、その蒼いTAMSはあろうことか、オープン回線で二人に向けて呼びかけてきた。顔こそ表示されていないが、それは比較的若く聞こえる、そんな男の声だった。

『今なら、誰にも邪魔はされません。…………少佐ご自慢の子供たちの実力、見せて貰いましょう』

 両手のマニピュレータに握り締める対艦刀の柄を握り直させながら、その蒼いTAMS――――JS-16E≪飛焔≫のコクピットで、マスター・エイジはあまりに不気味な笑顔を浮かべていた。

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