Int.71:ブルー・オン・ブルー/折れた銀翼①
痛む頭を抑えながら、白井が意識を取り戻した時。警告音の鳴り響くコクピットの中で最初に目にしたのは、燃え盛る炎の火柱だった。
「……何が。俺は、どうなって…………!?」
朦朧とした頭は、少しの間記憶の混濁に見舞われていた。だが――――思い出した。自分がヘリごと撃墜され、地面に叩き落とされたことを。
「おい、冗談だろ……?」
冗談だと、思いたかった。悪い冗談だと、タチの悪い悪夢の類だと、思いたかった。
しかし、それは紛れもない現実で。目の前で燃え盛る火柱の中に見慣れた欠片を、吹き飛んだCH-3輸送ヘリの欠片を見てしまえば、白井は否応なしにそれが現実だと思い知らされてしまう。
――――コンボイ1-4が、燃えている。
コクピットは、何処にも見当たらない。まず間違いなくあの火柱の中だろう。射出座席も搭載されていないあのコクピットで、二人のパイロットが生存出来ているとは思えない……。
「畜生……っ!」
そんな現実を目の当たりにして、白井の口から漏れてくるのはそんな、絞り出すような悔やむ声だった。
涙は、出てこない。だが代わりに血が滲むぐらいに噛み締めた唇から、小さな赤い血の粒が顎を伝う。まるで、紅い涙のように……。
「……っ」
だが、こうしてはいられない。とにかく、自分の置かれている状況を確認しないと――――。
そう思う白井だったが、しかし機体の破損状況は既に、おおよそが網膜投影されるウィンドウの中に現れていた。
「背中の支援システムが破損……。140mmもどっかいっちまってるのか」
どうやら地面に叩き落とされた衝撃で、背部右側のサブ・アームを潰して搭載していた81式長距離狙撃支援システムのバック・パックが壊れてしまったらしい。そして、右手に持っていた140mm狙撃滑腔砲も、何処かに飛んでいってしまっている……。
だが、機体そのものの損傷は比較的軽微なのが僥倖だった。腕も脚もまだ付いているし、多少動きは鈍くはなっているだろうが、動作に支障は無い。
「とにかく、今は……!」
――――この場を脱し、状況を把握せねば。
白井は山の斜面に食い込むようにして仰向けに寝転がっていた≪新月≫の身体を、漸うと起こしてやる。フレームの一部が歪んでしまったのか、妙に軋む音がコクピットまで聞こえてくる。だが、構うものか。
とりあえず立ち上がったところで、緊急兵装投棄システムを作動させる。機体の背中に食いついていた81式支援システムの接合部で爆発ボルトが弾ければ、そのまま壊れた支援システムのバック・パックが足元へと投棄された。
ついでに、左腰に吊していた140mm狙撃滑腔砲用の予備弾倉もその場に捨てる。滑腔砲本体が無い以上、こんな物はただのデッド・ウェイトだ。
「アイツらは、どうなった……?」
右腰のハードポイントから緊急用の60mm口径74式拳銃を≪新月≫に抜かせつつ、白井がHTDLC(高度戦術データリンク制御システム)を再起動しつつ周囲を見回していると――――。
「うおっ!?」
ジェット・エンジンの唐突な爆音と共に迫ってきた銀翼から斉射されるロケット弾が≪新月≫の足元で弾け、驚いた白井は咄嗟にスラスタを短噴射させその場から飛び退く。そんな白井機の真上を、フライト・ユニットを背中に付けた所属不明のTAMSが超低空で過ぎ去っていった。
「やっぱり敵、なのか……!?」
戦慄しながら、白井は飛び往くその機影を見上げる。明確な敵意を滲ませながら夜空を飛ぶその銀翼を仰げば、白井は自然と理解を迫られていた。
「とにかく、此処じゃあ戦いにくい……!」
どちらにせよ、この山の中じゃあ勝負にもならない。
幸いにして、すぐ近くにちょっとした街があった。多少入り組んではいるが、戦うのに支障は無いだろう。
白井はなけなしのスラスタを吹かし、そちらの方向へと≪新月≫を飛ばせた。飛ぶといってもフライト・ユニット付きのように綺麗にでは無く、どちらかといえば盛大なジャンプぐらいなものだ。
高低差を利用し、数百mを一気に飛び――――そうして、街の外れにある交差点へと≪新月≫が着地する。
物凄い地響きと共に、アスファルトの路面を割りながら着地した白井の≪新月≫はすぐさま後方へと振り返り、右手マニピュレータで握り締めた74式拳銃をブッ放した。
「気休めにしかなんねえが……!」
本当に、気休め程度の迎撃射撃だ。やらないよりは、多少マシ程度の。
だが、やはりというべきか向かい来る敵のTAMS――――背中にフライト・ユニットを付けた米国製のFSA-16C≪スコーピオン≫は白井の撃ち放つ60mm砲弾を軽々と避けながら、白井機へ向けて真っ直ぐ突進してくる。
「うおおぉぉぉっ!!」
仁王立ちしたまま、白井の雄叫びと共に必死の応戦を繰り返す≪新月≫。しかし相手の≪スコーピオン≫に白井の撃ち放つ60mm砲弾は擦りもせず、≪スコーピオン≫はそのまま手にした近接格闘短刀を振り被り、すれ違いざまに≪新月≫の胴体を串刺しにする軌道を取りながら――――。
――――その直前で、横から割り込んできた何者かの体当たりを受け、街の中へと盛大に吹っ飛ばされていった。
『――――何をやっているんですか、白井さんっ!!』
割り込んできたのは、ダークグレーの≪叢雲≫だった。地面に尻餅を突き、唖然とし見上げる白井と≪新月≫の視界の中で両手の93式突撃機関砲をブッ放すその機影は、
「……悪いね、まどかちゃん。マジで助かったぜ、今の」
撃墜される直前にコンボイ1-4から切り離されていた、まどか機の≪叢雲≫に相違なかった。
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