Int.70:ブルー・オン・ブルー/コンボイ・ダウン

 鳴り響くロック・オン警報に戦慄したのは、何も慧だけではない。この場に居る全てのヘリ・パイロットが、その死神の足音めいた警報音に度肝を抜かされていた。

「ああ、クソッ!! ブレイクや、全機ブレイク! 急げェッ!!」

 焦燥の中を全力で怒鳴りつけながら、慧は操縦桿とスロットルに全神経を集中させ、自身のAH-1S"コブラ"対戦車ヘリを編隊から離し、急降下しながら自機へ迫るミサイルに対しての回避行動を取り始める。

「慧ちゃん……!」

「雪菜、分かっとる! 皆まで言わんでええ! ――――チャフ・フレア! 頼むで……!」

 焦燥に顔を染め上げ、そしてただ祈ることしか出来ない前席ガンナーの雪菜を黙らせつつ、レーダー誘導攪乱用のチャフ、赤外線攪乱用のフレアを同時に機体後部のディスペンサーから射出させながら、全力の回避行動を続けていく。

 花火か信号弾めいたフレアの眩い光が夜の街を照らす中、慧たちを初めとしたハンター2小隊は必死の回避行動を取り、なんとかその全機がサイドワインダー・ミサイルを回避し生き残ることが出来た。

 ――――だが、息つく間が彼女らに与えられることなど、この混乱した状況下に於いてありはしない。

『コンボイ各機、ブレイク! ブレイク!』

『TAMSを捨てろ! でないと避け切れん!』

『そんなの、間に合うか! ――――チャフ・フレア! コンボイ1-4、ブレイク!』

 あの謎のTAMS部隊の放ったミサイルに狙われていたのは、ハンター2小隊だけではない。一呼吸間を置いて、コンボイ隊のCH-3にもロック・オン警報が鳴り響いていたのだ。

 編隊を解きつつ、各々がディスペンサーからチャフとフレアを撒き散らしながら回避行動を取る。しかし身軽なAH-1Sと違い、コンボイ隊の機は輸送ヘリのCH-3、それも完全武装のTAMS二機を腹に抱えた状態だ。俊敏な回避運動など、取れるわけもない。

 それでも、大半の機体は回避に成功していた。あれだけ密集した状態からチャフをバラ撒きまくったのだから、流石にサイドワインダーのシーカーの方も騙されてくれたのだろう。迫っていた大量のミサイルの殆どが、緩やかに落下していくフレアの方へと誘導されていった。

『畜生……! 避け切れねぇっ!!』

 ――――しかし、全ての機体が避け切れたわけではない。

 焦燥し、毒づくコンボイ1-4の尻の向こうから、一発のサイドワインダー・ミサイルが迫っていた。コンボイ1-4は必死に回避運動を取るが、腹に白井機の≪新月≫とまどか機の≪叢雲≫を抱えている為に、思うように身動きが取れないでいる。

 ……いや、それ以前に避けられるはずもなかった。たかが回転翼機が、ロケット・モーターの暴力的な速度で迫るミサイルから回避運動だけで逃げ延びる術など、もしかしたら最初から無かったのかもしれない。

 まして相手は、本来は超音速の戦闘機を撃ち落とす為の空対空ミサイルなのだ。スティンガーなんかの歩兵用SAMとは、まるでワケが違う……。

『俺たちを捨てろ、コンボイ1-4!』

『今更やったところで、間に合うものかっ!! それにこの高度……タダじゃ済まねえぞっ!!』

 白井が叫び、それにコンボイ1-4の機長が怒鳴り返す。その間にもミサイルは凄まじい速度で迫ってきていて、今にもCH-3のテイル・ローターに激突しそうだった。

『いいから降ろしやがれって言ってんだ! このままじゃあ、どのみち俺たち全員お陀仏だろうがっ!』

『……早く、降ろしてください。TAMSのスラスタなら、スロットル全開で何とかなるかもしれません』

 尚も苦い顔の機長だったが、しかし吊すもう一機――――まどかからもそう言われてしまえば、『……分かった!』と意を決する。

『嬢ちゃんから降ろすぞ! ――――ワイヤー切断!』

 そして、まずはまどか機を繋ぎ止めていたクレーン・ワイヤーが切断される。スラスタを吹かしながら減速しつつ落ちていくまどか機を眼下に眺めつつ、次の自分の番に備えていた白井だったが。

『間に合うか……!?』

 コンボイ1-4の機長の焦燥する声が、そんな声が聞こえた途端――――強すぎる衝撃が、白井機までもを揺さぶった。

『っっっ!?!?』

 眼を見開いて振り返る白井と、それに連動する≪新月≫の頭部。そして白井が、≪新月≫の頭部カメラ越しに捉えた光景はあまりに衝撃的で。いつの間にか、自分を吊すCH-3の尾が半ばから千切れ飛んでいるといった光景だった。

 ――――ミサイルの、直撃を喰らった。

 それは、考えるまでも無く明らかなことだった。尾から漏れる燃料を引火させつつ、コントロールを失ったCH-3が白井機を抱えたまま、くるくるとコマのように周りながら墜ちていく。

『畜生、コントロールできねえ! メイデイ! メイデイ! コンボイ1-4ダウン! コンボイ1-4ダウン! くそぉぉぉっ!!』

『クソッタレぇぇぇっ!!』

 白井はやけくそで叫びながら、≪新月≫の左腕裏シースから00式近接格闘短刀を、左手マニピュレータの中に射出展開させる。順手に握り締めたそれで斬り裂くのは、自機とCH-3とを何ヶ所かで繋ぎ止めるクレーン・ワイヤー……。

『間に合え……間に合えよっ!!』

 覚束ない手で、しかし何とか白井は自機を繋ぎ止めるクレーン・ワイヤーを切断することに成功する。だが、

『駄目だ、墜落するっ!!』

 ――――その頃には既に、暗く闇に包まれた地面が、落下していく≪新月≫のすぐ目の前にまで迫っていた。

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