Int.59:在りし日の残影、郷愁と鎮魂の灯明

 それから数時間が経ち、士官学校の職員室では。

「ほれ、見てみろ錦戸」

 写真屋から現像の上がってきた写真の収まった封筒から西條はニヤニヤと写真を取り出しつつ、それを隣席の錦戸の方へと見せつけていた。

「おや、もう出来上がったのですか」

「みたいだね」頷く西條。「さっき、哀川が持ってきた。お前の分も入ってるってさ。全く、最近の写真屋はフィルム仕事が早くてありがたい」

「全くです。――――どれ、では私も頂きましょうか」

 ニコニコと、その傷入りの厳つい顔に似合わぬ好々爺のような笑みを浮かべつつ、錦戸は差し出されていた写真を受け取り、それに視線を落とす。

「ほう? 中々に上手く撮れているではありませんか」

「だろ、だろ? 私も意外だったんだ。人は見かけに寄らない特技があるもんだな」

 西條が尚もニヤニヤとしながら唸る通り、二人の手の中にある美桜撮影の写真は、かなり上手いこと撮れていた。それこそ、プロ顔負けってぐらいのピント合わせだ。

「確か哀川さん、実家が写真館か何かではありませんでしたか?」

 そんな写真を見ながら、ふと思い出した錦戸がそう言って。すると西條がきょとんとした顔で「え、マジで?」と訊き返せば、

「はい、確かそのはずです。確かこの辺に……っと、ありました」

 錦戸は頷きながら、目の前に並べたファイル類を漁り。そうして出てきた一つのファイルをペラペラと捲れば、その中に収められていた美桜の書類を見つけ、西條の方へ示してみせた。

「……へえ、ホントに哀川の実家、写真館なのか」

 すると、書類を眺めながら西條は感心したように唸る。

「だとしたら、あの腕も納得だな。親父さん仕込みってワケか」

「みたいですね。我々は知らずして、プロ級のカメラマンを雇っていたということになりますか」

「ふっ、得した気分だねこれは」

 珍しく冗談みたいなことを言う錦戸に、やはり西條は冗談めいたことで応じつつ。そうしながら机の上に放ってあった箱からマールボロ・ライトの煙草を一本取りだし、口に咥えればそれにジッポーで火を付ける。紫煙を燻らせながらじっくりと手元の写真を眺めれば、西條とて何だか表情が綻んできてしまうというものだ。

「……良い顔してるよな、コイツら」

「はい」感慨深いような西條の独り言めいた呟きに、錦戸が小さな笑顔と共に短く応じる。

「年相応の無邪気さと、戦士になりかけた頼もしさの相反する二つとが入り混じる、なんともいえない顔付きです。……私としては、正直何とも言えない気分ですが」

「そりゃあ錦戸、私も同じさ」

 そう言いながら、西條は隣でラッキー・ストライクの煙草を咥えた錦戸に向かって、握るジッポーの火を差し出してやる。

「おっ、では有り難くご相伴に。――――ふぅ」

 差し出された火に口元を近づけ有り難く頂戴すると、深々と肺に吸い込んだ紫煙を、溜息風な吐息と共に小さく吐き出す。重い紫煙の味が五臓六腑に染み渡れば、思わず息のひとつもついてしまうというものだ。

「……彼らは、生き残れるでしょうか」

「分からんね」紫煙混じりの白く濁った吐息を吹きながら、眼を細めた西條が言葉に応じる。

「奴らが生き残れるかどうかは、とどのつまり奴ら自身次第としか言えんよ」

「では、私たちはそのサポートを最大限に、というワケですか」

「そういうことだ」

 小さく錦戸の方に視線を向けながら、ニッと横顔で西條が笑えば。錦戸もまたそれに笑みを向け返しつつ、二人揃ってふぅ、と紫煙の混じった白い吐息を吐き出していた。

「……写真、か」

 そして、西條はそうひとりごちながら、美桜の撮った写真を机の上に置けば。懐を弄り、別の一枚の写真を取り出した。随分と古ぼけた、少しだけボロくなった一枚だった。

「それは……」

「2006年、G02オーストラリア幻基巣の奪還作戦。その直前に私らで撮った写真だ。――――錦戸、お前も覚えてるだろ?」

「はい」頷く錦戸。「懐かしいですね、≪ブレイド・ダンサーズ≫の頃ですか」

「ああ、懐かしい。……もう、十一年も前になるんだな」

「早いものです、本当に」

 相槌を打ちながら、錦戸はあの頃のことを思い返していた。十一年前、まだ≪ブレイド・ダンサーズ≫が世界最強の遊撃中隊として名を馳せていた頃のことを……。

「生き残ったのは、結局私たち二人になってしまいましたか」

「因果なものだ」自嘲めいた笑みを浮かべながら、相槌を打つ西條。

「一番死にやすいはずだった私ら二人が生き残って、他は死ぬか、或いは引退かだ。最後まで軍にこびり付いてるのが私たち二人とは、全く笑えない冗談だよ」

「……そう考えると、彼は早かったですね」

「速水か?」

 訊き返す西條に「はい」と錦戸が頷けば、西條は手元の写真の中に写る、ある一人の若者を注視していた。西條のものとよく似た深蒼の髪色を持つ、十代半ばといったぐらいの若い男だった。

「アイツは、≪ブレイド・ダンサーズ≫が解体されてすぐに、軍を辞めたんだっけな」

「ええ、そのはずです。その後の音沙汰はまるっきり無しで、今はどうしているのか。それ以前に、生きているのか死んでいるのかも不明ですが……」

「生きてるさ、奴なら」

 何処か苦笑いと共に言う錦戸の言葉の、その後半をやんわりと否定するように西條は言えば、フッと小さな笑みを浮かべてみせる。

「奴はパイロットとしても良いウデだった。人柄も悪くない。……今頃は、綾崎系の何処かで相応の活躍をしてるはずさ」

 そう、祈りたい――――。

 言葉の奥に隠した西條の本音は、そんなところだった。嘗ての部下が道半ばで息絶えるところなど、見たくもない。

「何にしても、写真ってのは良いものだ。残しておけば、いずれこうして過去の思い出に浸れる」

「ええ、全くです」

 何処か遠い眼をした西條の言葉に頷きながら、錦戸は尚も咥えたままの煙草を吹かす。

 天井へと立ち上り漂う、二つの白く濁った紫煙。それは何処か狼煙のようでもあり、そして同時に、鎮魂の灯明のようでもあった。志半ばで散っていった者たちに対する灯明のように…………。

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