Int.54:変わりなき日常、しかして何処か異なる日常①
錦戸と三島がそんな神妙な会話を交わしていた、丁度それと同じ頃。
「――――それで、どうしよっか瀬那、それにカズマも」
「市内の方は、割と見て回ったような気もする故……。一真よ、
「遠くか……。うん、良いんじゃないか?」
そんなような言葉を交わしながら、一真と瀬那、それに珍しくエマも伴った三人が食堂棟の戸を潜っていた。
「――――ありゃ? この間のあんちゃんやんけ」
すると、戸を潜った途端にそんな、少しだけ聞き慣れたような女の声が聞こえてくるものだから、一真がふとそちらの方に振り返ってみれば。そこに立っていたのは慧と、そして雪菜も一緒だった。
「誰があんちゃんだ、誰が」
「あんさんしかおらへんやろ、ひひっ」
「あっ……。どうも、皆さん。おはようございますっ」
棘っぽい語気で言い返す一真に、そんな風な人懐っこい笑みを浮かべる慧と、その横で一真たち三人に向かって雪菜がペコリとお辞儀をする。二人とも食券を手にしていて、この間見た時と同じヘリ・パイロット用のフライト・ジャケットを羽織る格好だった。
「なんや、これから朝飯か?」
「そんなところだ」朝からテンションの高い慧に、軽く肩を竦めながら一真がとりあえず頷いてやる。
「それよか、そっちこそなんでこんなトコに? 寝起きは桂駐屯地の方だろ、確か」
一真がそう指摘してやれば、慧は「まあ、そうなんやけどな」と小さな引き笑いと共に一応頷いて、
「こっちの食堂がやたら旨いって、向こうでも評判なんよ。だからこの間、チョイと試しに食ってみたんやが……」
「慧ちゃんったら、すっかりハマっちゃって。今じゃあ三食全部、ここで頂いてるんですよ?」
そんな風に慧が言う横で、小さく微笑みながらの雪菜が先に全部言ってしまうものだから。そうされた慧はといえば、一真たち三人が苦笑いする横なのも構わずに「ちょっ、雪菜ぁ!?」と騒ぎ始め、
「ぜ、全部先に言うことないやろ!? っていうか、気に入ったワケちゃうわ! 安いからや、値段や値段!」
「はいはい、そうだね。慧ちゃん、いっつも凄く美味しそうに食べてるもんね」
「かぁーっ! それ以上言わんといてや雪菜ぁ、小っ恥ずかしくてしゃーないわっ!!」
頬を少しだけ朱に染めながら、文字通りに右往左往する慧と、それを微笑みながら眺める雪菜。そんな二人の、ある種漫才めいたおかしなやり取りを見ていれば、一真たちの表情も自然と崩れてきてしまう。
「ったく、雪菜は毎度毎度こんなんや……。――――ところで、あんちゃんたちもこれから朝飯か?」
雪菜の悪戯っぽい笑みに辟易したように頭の後ろを掻きつつ、急に話題を変えてきた慧に「一真だっ!!」と一真は言い返し、
「……ま、見ての通りだ」
なんて風に返すと、慧は「なら、丁度ええな」とニヤニヤしながら言うと。
「なら、折角だしアタシらと一緒にどうや? ――――なぁ? 両手に花のカズマちゃん?」
「そういう言い方は止してくれ、慧……で良かったか!?」
「かまへんかまへん、気楽に下の名前で呼んでくれや」
にひひ、なんて笑いながら一真の言葉に答えつつ、その後で慧は「まあでも、だって事実やろ?」と続けて一真に向かって言う。
「ぐ……。ま、まあ否定は出来ねーか…………」
ともすれば、慧の方が一枚上手で。一真はそれ以上言い返せなくなり、結果として肯定してしまう形を取ってしまった。
「まあ、折角こうして逢えたんですし。これから一緒に戦っていく仲ですから、親交を深める意味も込めて……ね?」
続けて雪菜が、フレームレスの眼鏡の奥でウィンクなんかしつつそう言えば、すると一真の横で瀬那が「一真、
「こうして向こうから誘ってくれておるのだ、
「そうだね」続けて頷くのは、エマだ。
「僕も、良いと思うよ。ほら、背中を預け合う仲なんだし、互いのことをよく知っておくってのは、良いことだからさ」
「…………なぁ、そこなパツキンの姉ちゃんよ」
そんな風にエマが言えば、何処か怪訝そうな視線を向けながら慧が彼女に話しかける。
「ぱ、パツキンって……。――――僕はエマ・アジャーニ、それでもってこっちが」
「綾崎瀬那だ。以後、見知りおくが
なんて具合にエマと瀬那が揃って名乗ったところで、慧は「おう」ととりあえず頷き、その後でエマに話の本題を切り出す。
「……あんさん、さてはかなりの修羅場を潜って来よるな?」
「…………まあね」
頷き、慧の問いかけをエマが肯定する。
「僕、元はフランス空軍だから。此処に来る前も結構、ね……?」
「――――っ、なんてこっちゃ。何処かと思えば、地獄の欧州戦線から来よった姉ちゃんだったやなんて」
ともすれば、慧は驚いたような、納得したような、複雑な顔でそう言い、その後で「済まんかったな、野暮なコト訊いて」なんて風にエマに詫びる。
「良いよ、それぐらいのこと。それより――――」
「……それより、何や?」
慧が首を傾げると、そこで誰かの腹の虫が鳴り響き。
「――――実は僕、もうお腹ペコペコでね。立ち話もこの辺りにしてくれたら、大変ありがたいかなって……」
あはは、なんて苦笑いしつつ、顔を赤らめながらでエマが、何処か少しだけ恥ずかしそうな顔をしてそう言った。
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