Int.26:Drastic My Soul;

「――――待ちなよ、ステラッ!!」

 なりふり構わずに走り抜けていたステラの肩を掴み、制止するエマが叫ぶ。しかし立ち止まったステラは振り返ると「うるさいッ!!」と逆に怒鳴りつけ、

「アイツの気持ちも、知らないで……! 一発喰らわせなけりゃ、アタシの収まりが付かないのよッ!!」

 鬼の形相でステラは叫ぶが、しかしエマはそんな彼女の両肩を物凄い力で引っ掴み、「だから、落ち着くんだ!」と逆に怒鳴り返す。

「君がまどかの所に行って、どうこうなる問題じゃない……! それは、君だって分かってるはずでしょうっ!?」

「っ……! でも、エマっ!」

「でももヘチマも、あるもんか! 君は頭に血が上りすぎてる、少し落ち着くんだよっ!!」

 互いに怒鳴り合い、荒く肩で息をしたままで一瞬無言になり、ステラもエマも少しの間、ただ互いの双眸を見合っていた。

 ――――あれは、全くの偶然だった。

 一真と瀬那と同様に、ステラたちも白井とまどかのシリアスな会話に、出くわしてしまったのだ。そして、それを聞いてしまった。

 丁度、訓練生寮から出て、気晴らしに少し大回りで散歩してから、格納庫の様子でも見に行こうという時だったのだ。出くわしてしまった二人は出るに出られず、ただ黙って話を聞く羽目になっていたが――――まどかが白井をはたいて、そして駆け出していけばステラはこの始末だ。

 少しの間は落ち着けと諭していたエマだったが、しかし完全に頭に血を上らせたステラはその制止も振り切って走り出し。そうしてそれをエマも追って、追いついて今に至るというワケだった。

「……でも、このままタダで引き下がるワケには、いかないのよ…………!」

「だから、落ち着きなって。――――ああ、もう。すぐに熱くなりすぎる所まで、君はカズマとよく似てる」

 苛立ちを抑えきれないステラと、それに呆れたみたいに呟くエマ。肩を掴むエマと、掴まれるステラの二人は、結局まだ動けぬまま。そうして、ステラの方はやり切れない気持ちを震わせながら、エマはそれを何とか宥めながら、未だに見合い続けている。

「良いかい、ステラ? 落ち着いて、よーく落ち着いて、僕の話を聞くんだ」

 諭すように、言い聞かすように前置きを強調してから、エマは未だに怒りを抑えきれないステラに向かって、一方的に捲し立てるようにして語り掛ける。

「仮に君がもし、まどかの所へ殴り込んだとしてもだ。それで事態は丸く解決すると思うかい? 答えはノーだ。二人の間に君が介入すれば、余計に問題は拗れるばかり。良いことなんて、なにひとつ無い。……此処までは、分かるね?」

「…………」

 エマから眼を逸らしつつ、しかしステラの沈黙をエマは了承と受け取った。

「これは、アキラとまどか、二人の問題だ。第三者で部外者の僕たちが介入する筋合いなんて、何処にも無い」

「……部外者、ですって?」

 威圧するように睨み付けるステラだったが、しかしエマは真っ直ぐ彼女の顔を見据えたまま「そうだ」と堂々と即答し、

「あくまで、僕らは偶然あそこに居合わせて、盗み聞きをしてしまったに過ぎない。そんな僕らが、君が、二人のことに首を突っ込むのは筋が通らないんだ。第一、それ以前に君は、アキラのことを好きでも何でもない」

「っ……!」

 ――――"アキラのことを、好きでも何でもない"。

 諭すような眼でエマにそう言われたステラは、その言葉の部分で何故か歯痒そうに唇の端を噛み、また眼を逸らす。

「とにかく、これはアキラとまどかが、二人で解決すべき問題だ。――――それとも、君はアキラが好きなのかい?」

「……っ! そんなの……分かんないわよ……ッ!」

「分かんない? ――――いいや、そんなことは無いはずだ。君はただ、君自身の本当の気持ちから、眼を逸らしているだけに過ぎない」

 真っ直ぐな目付きで、奥の奥まで掘り返すような口調でエマがそう言えば。するとステラはキッと彼女の方をまた睨み付け、

「――――だって、しょうがないでしょうっ!?」

 いつの間にか、そう叫んでしまっていた。

「気付いてないワケ、ないじゃない……! でも、無理なのよっ! アタシじゃあ、とてもアイツの心の溝は埋められない……! アタシなんかじゃあ、アイツの大好きなまあちゃんの代わりになんか、成れやしないのよ!」

 まるで、張り詰めていたピアノ線がピーン、と切れてしまったかのように。抑えつけていたタガが外れてしまったかのように、魂の奥底から絞り出した言葉を叫ぶステラの、その金色の双眸には。いつの間にか、小さな涙粒が浮かんでいた。

「……ふっ」

 しかし、それに対してエマは、何故か小さく表情を緩ませていた。それが逆に逆鱗に触れたステラは「何、笑ってんのさっ!!」と叫ぶが、

「――――"恋は先手必勝、一撃必殺"」

 また彼女の双眸を、涙粒の浮かぶ金色の双眸を真っ直ぐに見上げ、見据えたエマのその言葉に制され、ステラはその怒りの勢いを失速させてしまう。

「死んだ母さんが、昔よく僕に言ってくれてた言葉だ」

「ママ……? エマの?」

「そうだ」深く、深々と噛み締めるように頷くエマ。「母さんが僕に残してくれた、たったひとつの言葉だ」

「それが、今と何の関係があるって言うのよ」

「あるさ」またエマは頷き、そしてステラの顔を真っ直ぐ、正面から見据え直す。

「そうやって遠慮してたら、彼は横から掻っ攫われちゃう。…………君が気遣っているのは、痛いほどに分かる。けれど、それだけじゃ駄目なんだ」

「……でも、アタシには、やっぱりアイツの横は相応しくなんてない」

「違う」俯くステラの後ろ向きな言葉を、しかしエマは真っ正面から一刀両断してしまう。

「君は、君の想うままに彼を、アキラを好きになっても良いんだ。……いつ死ぬか分からない僕たちだから、余計に」

「…………」

 ――――"いつ死ぬか分からない僕たちだから、余計に"。

 その言葉が、重すぎる実感を伴って胸に傷跡を刻み。だからステラは、何も言い返すことが出来なくなってしまう。

「だから、僕はいつまでだってカズマの隣が良い。その為だったら、僕は祖国を、彼以外の全てを棄てる覚悟だってある。カズマさえ隣に居てくれれば、僕は他に何も要らない」

「……! エマ、アンタそこまで……」

 エマの、確かな覚悟の伴ったその言葉を聞けば。目を見開いて言葉を失うステラだったが、しかしエマは逆に微笑しながら「ふっ、今更だよ?」なんて言ってみせる。

「命短し、恋せよ乙女。僕は僕が僕である為に、僕自身の嘘偽りの無い想いに従って、カズマの傍に居続ける。この身を燃やし尽くしてでも、カズマを護り続ける。

 ――――そんな僕だから、敢えてステラ、君にこう言いたい。もっと、自分に正直になるべきだって」

「私自身に、正直に……?」

「そうだ」戸惑うステラに、エマがもう一度頷いてやる。

「"恋は先手必勝、一撃必殺"。ステラ、君が本当に愛せる男が目の前に居るんなら、迷ったら駄目だ。なりふり構わず、後先考えず、突っ込むべきなんだ。

 ――――だって、君は元々、そういうなんだから」

 柔らかな微笑と共に、エマにそう諭され。ステラはフッと表情を綻ばせると、今まで怒りに震えていた肩から、フッとちからを抜いた。

「元々の私、か」

「うん」ニッコリと微笑みながら、エマはそんなステラの呟きを肯定してやる。

「無鉄砲で、無茶ばかりして。頭に血が上りやすくて、男みたいに喧嘩っ早くて。それでいて、何処かに乙女みたいなときめく心も隠し持っていて。

 そして――――どうしようも無い、馬鹿。それがステラ、ステラ・レーヴェンス。嘘偽りのない、君なんだよ」

 エマがそう告げ、断言すれば、ステラはフッと笑みを浮かべ、実におかしそうに肩を震わせる。

「……馬鹿は、余計よ?」

「いいや、君は馬鹿だ。馬鹿の馬鹿、どうしようもない大馬鹿女だ。

 …………だからこそ、君らしい」

 片眼を瞑りながら言うステラと、それに辛辣めいたことをエマが言い返す。

 すると、二人はクックックッと、どちらからともなく、至極おかしそうに肩を震わせ始めて。あれだけ張り詰めていた空気は何処吹く風やら、いつの間にか二人は笑い始めていた。

「…………ええ、そうね。ウジウジと悩み続けるだなんて、迷い続けるだなんて。そんなのはアタシらしくない、ガラじゃない」

「ああ、君らしくない」

「アタシは、アタシのやりたいようにやる。アイツがどうこうだなんて、知ったことじゃないわ」

「そうだ、ステラ。アキラが君の方を向かなくても、君から強引に振り向かせてやれば良い。――――君は、元々そういう女だ」

「当ったり前よっ! このアタシを誰だと思って? アタシが、アタシこそがステラ・レーヴェンス。唯一無二のアタシ自身よ」

 ニッと不敵に笑いながら、ステラは眼前に右の腕を突き出して。そして、伸ばしていた指をひとつずつ折り曲げ、硬く拳を握り締める。己を偽り続けていた、偽りの仮面を脱ぎ捨てて。嘗て恋い焦がれようとした、アイツのように。唯一無二の、彼女にとって至上の喧嘩仲間である、あの男のように。

「ああ、そうだ。それでこそ君だ、ステラ。君なんだ。だから、なりふり構わず、アキラを振り向かせてやるんだ。だって――――」

「――――"恋は先手必勝、一撃必殺"! ……そうでしょ、エマ?」

 ニッと不敵に笑いながら、ステラがそう言えば。エマもまた微かな笑みを浮かべ、それに頷き返す。

「でも、それはそれとして、今回のことはあの二人が解決すべきことだ。それに……」

 最後に含みを持たせたようなことを言うエマに、ステラが怪訝そうに「それに、何よ?」と訊けば。エマは一瞬の間を置いてから、少しばかり神妙な顔で、彼女に向けてこう告げた。

「――――きっと、彼女は。橘まどかは、何かを知っている」

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