Int.71:ファースト・ブラッド/吉川ジャンクション迎撃戦・Phase-2①

『ヴァイパーズ・ネストよりスカウト1、了解。スカウト1は現状にて待機。低高度を維持しつつ、アーチャーの対空砲火に留意してください』

『スカウト1、了解』

『……というワケだ。ヴァイパー00より前衛、及び中衛各隊へ通達。ゴルフ場一帯を放棄し、現状より速やかに撤退。ジャンクション、及びその北の舞鶴若狭沿いまで後退しろ』

 美弥の冷静な言葉とスカウト1の応答、それに続いて西條が告げる命令に、まず真っ先に『ヴァイパー01、了解です』と錦戸が頷いていた。

『錦戸、特にお前は負担が大きすぎる……。早めに後退して、武器弾薬と推進剤の補給を急げ』

 そう言う西條の語気には多少の憂いこそ残っていたが、しかし先程までの焦燥感は消えていて、普段に近いような落ち着いた声色だ。

 西條にそう言われると、すると錦戸は『ははは』と何故だか笑い出して、

『お心遣い、感謝します少佐。しかし、教官である私が教え子を置いて先に下がれはしませんよ。殿しんがりは、やはり私の役目でないと』

 錦戸の言葉に、西條は一瞬押し黙り。その後で『……すまない。なら、頼むぞ』と、西條は絞り出すような声音でそう、呟く。

『ええ、お任せを。――――それより、ミサイル掃射の準備は?』

「ヴァイパー09、コンテナ開放しました。命令と目標指示があり次第、いつでも発射可能です」

『……ヴァイパー07、こっちも準備完了してるよ…………』

 機体を後退させながらの錦戸の問いかけに、まどかが、そして霧香が続けて肯定する。

『よし、手筈通りに行けば半数以上を削れるはずだ。掃射タイミングは連中がゴルフ場の中央まで侵攻したタイミングにする。スカウト1、しっかりと支援頼むぞ』

『スカウト1、了解。伝説の死神様の頼みとあっちゃあ、失敗は出来ませんな』

 はっはっは、なんて冗談と共に笑うスカウト1の声に、西條も『くっくっくっ……』と小さな引き笑いを浮かべてみせる。

 そうしている内にも、まどかたち後衛砲撃支援部隊の視界の中に、ゴルフ場の森の中から脱してきた前衛部隊の機影が見え始めてきていた。

 飛び出してくる、五機の機影。それらはゴルフ場の森を飛び越え、田畑を越えると、少し盛り上がった土手のようになっている舞鶴若狭自動車道の本線も飛び越え、そこで着地した。

 土手めいた舞鶴若狭自動車道の東側に五機が身を潜めるように着地したのから少しの間を置いて、最後に殿しんがりの一機がやっとこさゴルフ場から姿を現した。黒灰色の装甲をおびただしい量の返り血で染め上げたあの機体は、錦戸のJSM-13D≪極光≫に相違ない。

『――――ヴァイパー01、後退完了』

 そうして、錦戸の≪極光≫もまた他と同じように、高速本線の土手の陰に身を潜め、しゃがみ込む。

 傷付いた前衛各機が、田畑に容赦無くめり込んだ補給モジュール・コンテナから武器弾薬を補給しているのを眼下に見下ろしながら、まどかはジッと丘の上、県道356号沿いの丘の上にダークグレーの≪叢雲≫を膝立ちにしゃがませ、ジッと息を潜めていた。

『スカウト1、目標捕捉。……チッ、対空砲火が思ったよりキツい』

 すると、空の上から戦場の真っ只中であるゴルフ場を睥睨へいげいするOH-1"ニンジャ"偵察ヘリコプター、コールサイン・"スカウト1"から、ぼやき混じりのそんな通信が飛んでくる。

 しかしぼやきながらも、仕事はキッチリとこなしてくれていた。OH-1の索敵センサが捉えた敵の位置情報はデータリンクを通し、まどかと霧香、二人のミサイラーの元へも届いている。

 シームレス・モニタ上に、そして正面コントロール・パネルの液晶モニタ上に浮かび上がるそれらの情報を統合しつつ、機体が背中に背負うミサイル制御用のバックパック、90式高度誘導制御ユニットに情報処理とミサイルの詳細設定を自動で行わせていく。

『目標、予定位置到達まで残り180秒と推定』

「…………」

 スカウト1の冷静極まりない声音での報告を聞きながら、まどかは独り無言のまま、操縦桿を硬く握り締める。親指は知らず知らずの内に、操縦桿の上端にある肩部サブ・ウェポン用ミサイルレリース・ボタンに被さっていた蓋を、無意識の内に跳ね上げてしまっていた。

『まどかちゃん、そんなに硬くなんなって』

 そうしていると、まどかと霧香の二機からは少し離れた所に陣取る後衛砲撃支援部隊の狙撃手スナイパー、コールサイン・ヴァイパー06こと白井からそんな軽口めいた言葉が、プライベート回線で以てまどかの元へと飛んでくる。

「硬くなってなんか、いません」

 少しだけ苛立ったような棘のある口調で、まどかはそう言い返す。どうにも昔から、白井のような軽薄で軟派な男は、好かなかった。

『強がり、よしなって。俺たちゃこれが初陣なんだ、緊張で震え上がっても無理ないさ』

「だから、震えてなんかいませんっ!」

 今度は怒鳴るように、語気を荒げてまどかは言う。しかし白井は『へへへっ』とニヤニヤしながら笑うのみで、

『真っ赤にして、ムキになっちゃって。案外可愛いとこ、あんじゃねーの?』

 なんてことを言い始めるものだから、まどかはいい加減カチンと来て。「……ホンットに不潔な人ですね、白井さんはっ!」なんて怒鳴りつけると、プライベート回線を一方的に閉じてしまった。

『あっ、ちょっ――――』

 まだ、言いたいことあったんだけど――――。

 そう言いたげな言葉も半ばに、白井との通信は途切れる。やかましい声が聞こえなくなれば、まどかはふぅ、とやっと落ち着くことが出来た。

『……目標、予定位置到達まで残り30秒』

 そうしている内に、時間はどうやら随分と経過していたらしく。残り三十秒の位置にまで敵が迫っていることを、スカウト1が通信で知らせてきた。

『ヴァイパーズ・ネストよりヴァイパー05、09。ミサイル斉射準備をお願いしますっ』

「ヴァイパー09、了解っ」

『……07、了解したよ…………』

 相変わらずのマイペースを貫く霧香の応答を聞きつつ、美弥の言葉にまどかがそう応じる。

(大丈夫……。訓練通りにやれば良いだけ。ミサイル撃てばそれで済む、簡単な仕事じゃない……)

 まどかは己に言い聞かせるように内心でひとりごちながら、しかし自分が藍色の前髪を左手の指先でくりくりと弄っていることに気付いてはいなかった。それが、無自覚の内に行動として表れた、不安の証だとしても。

『目標、予定位置到達を確認』

『ミサイラー各機、斉射開始してくださいっ!』

 スカウト1の報告と、美弥の宣言を皮切りに。遂に、まどかの出番が訪れた。

「シーカー・オープン……!」

 既に蓋を開いていたミサイル・コンテナから覗く、片側六発、計十二発の対地ミサイルが、その先端に付いた赤外線画像誘導式の誘導装置――――ミサイル・シーカーの冷却を始める。

「――――ヴァイパー09、FOX2フォックス・ツー!!」

 そうすると、数秒の時間を待たずして。まどかはそう宣告すると、両の親指で操縦桿のミサイルレリース・ボタンを力一杯押し込んだ。

 瞬間、十二発の対地ミサイルのロケット・モーターに点火。尻から火を噴きながら、十二発のドデカい短距離対地ミサイルが≪叢雲≫の肩に装着されたランチャーから、凄まじい噴煙と共に一斉に飛び出していく。

『…………ヴァイパー07、FOX2フォックス・ツー

 まどか機がミサイルを斉射したのと一瞬のタイム・ラグの後、隣の霧香機も同様に肩の90式六連装多目的ミサイル・ランチャーから、十二発の短距離対地ミサイルを発射させる。

 凄まじい爆音と白い噴煙と共に、天高く飛び上がる二四発の対地ミサイル。大きすぎる放物線を描くようにして飛び上がったミサイルは、補助動翼の巧みな自動制御で頭を下に向け始め。すると、そのまま眼下の目標へ向けて、凄まじい勢いで降下していく………。

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