Int.55:ファースト・ブラッド/男の覚悟、胸に抱く覚悟は絶対無二
機体に掛けられた梯子を駆け上り胴体の白い装甲の上に乗っかって、そして開いたままになっていた乗降ハッチから一真は≪閃電≫・タイプFのコクピット・ブロックの内部へと飛び込んだ。
シートに滑り込めば、身に纏う85式パイロット・スーツの非接触式コネクタが即座にシートと接続し、データが同期される。それと同時に、頭に装着していたヘッド・ギアから一真の視界の中に各種情報が網膜投影され始めて、機体とパイロット・スーツとの同期が正常に済んでいることを一真に示す。
そうして視野の中が随分と賑やかになれば、一真は真正面にあるコントロール・パネルの液晶タッチ・パネルに指で触れ、そして機体の起動操作を開始していく。
手早く、慣れた一真の淀みない手つきに呼応し、コクピット内の計器や補助灯へ真っ先に光が灯る。続けて、彼の周囲を囲む半天周型のシームレス・モニタが息を吹き返せば、真っ白にホワイト・アウトしたモニタが暗かったコクピット・ブロックの中を明るく照らした。
尚も起動作業を続けていけば、その内その白一色になったモニタの中央部分に"SENDEN-TYPE F"という文字が、機体の製造元である綾崎重工のメーカー・ロゴと一緒になって一瞬だけ浮かび上がる。
その文字とロゴが消えれば一気にモニタは賑やかになり、燦々と真夏の日差しが降り注ぐグラウンドの景色が、機体頭部の睨み付けるような双眼式カメラ・アイのレンズ越しに映し出された。
「UHF/VHF帯通常無線、動作チェック……オーケー。燃料電池、及び電装系コンディションもグリーン。各部人工筋肉パッケージ及びサーボ・モーター、いずれも正常動作中と判断。HTDLC起動、戦術モード・ノーマルにて各機とデータリンクを開始。固有識別コールサイン、ヴァイパー02に設定……」
コントロール・パネルの液晶タッチ・パネルや物理的な各種トグル・スウィッチを操作しながら行う機体の起動作業を、一真は独り言みたいに逐一口に出して反芻しつつ、その作業を続けていた。こういった雑多で面倒な作業にもいい加減身体が慣れてきていて、最初の頃のような拙さはもう、その気配すら漂わせていない。
「起動手順、フェイズ60まで全て完了。セルフ・チェック開始……問題なし。ヴァイパー02、コンディション・オールグリーン。準備よろし」
漸く面倒な起動手順が終わり、走らせた機体の自己診断プログラムも異常なしを告げている。そうすれば一真は通常移動用の戦術モード・ノーマルで起動していたHTDLC(高度戦術データリンク制御システム)の通信システムを起動させ、最後にそう、自機の起動と準備が完了したことを告げた。
『――――CP、ヴァイパーズ・ネストからヴァイパー02、了解ですっ。僚機の準備完了と、コンボイ各機の離陸、及び牽引準備が完了するまで、暫く待機していてくださいっ』
すると、聞こえてくるのは指揮統制を担当するコールサイン・"ヴァイパーズ・ネスト"、即ち美弥の声だ。ちなみに彼女の言う"コンボイ"というのは、現地までの輸送を担当するCH-3輸送ヘリ部隊のことを指す。
美弥の声をヘッド・ギアで一真の視界の端に映し出されたウィンドウ、そこに映る美弥の背景が何処か薄暗い車内な辺り、既に彼女は西條と共に、CH-3が抱えた輸送モジュールの中に搭載された、六輪駆動の82式指揮通信車に乗り込んでいるのだと推測できる。
そんな美弥の指示に一真が「ヴァイパー02、了解」と短く返してやれば、一真はふぅ、と小さく息をつきながら後頭部をコクピット・シートの背もたれに預けた。
「…………」
緊張を少しも感じていない、といえば、きっとそれは嘘になる。
だが、覚悟は既に決まっていた。例え相手が人間だろうと幻魔だろうと、一真の為すべきことは何ひとつ変わってなどいない。
――――瀬那を、また此処に生きて帰してやること。
それが、一真が己自身に課した、全てに於いて何よりも優先すべき絶対の交戦規定。その為とあらば、相手が幻魔だろうと生身の人間であろうと、何だろうと関係ない。等しく殺し尽くすだけだ、この剣で、この拳で……。
「…………」
ニッと小さく、しかし不敵な笑みを浮かべてみせれば、一真は目の前に突き出した右腕の、その指を折り曲げ、固く拳を握り締める。
『――――弥勒寺』
すると、唐突に西條の声が聞こえてきて。視界の端には、美弥を退かすように無理矢理割り込んできた西條の顔が、小さなウィンドウの中に映し出されていた。
「教官」
プライベート回線、≪閃電≫・タイプFと82式指揮通信車の間だけに通る通信であることを気掛かりに思いながら、伸ばしていた腕を降ろす一真が怪訝そうにそう訊く。
『……プライベート回線だ、一真。誰にも聞こえやしない。今だけは、昔のままでいい』
とすれば西條はそう、一真にとって何処か懐かしくも思える顔付きで、そんなことを告げてきた。
「……舞依、どういうつもりなんだ?」
そうすると、一真も肩の力を抜いてそう訊き返す。
彼女のことを下の名で呼ぶなんて、一体全体どれだけ振りだろうか。そんなことを思いながら西條の映るウィンドウを中止していれば、その中で西條はシリアスな顔付きになり、
「…………瀬那のこと、頼んだぞ」
そうやって、胸に深く刻みつけるように。西條はそう、淀みながらも真っ直ぐ見据えた瞳で、一真に告げた。
「……ヘッ」
すると、一真は小さな笑みを浮かべ。至極おかしそうに笑みを絶やさずいると、俯いていた顔を上げる。そして、
「――――任せろ」
不敵な笑みを湛え、一真は視界の端に映る西條にそう、確かな決意と覚悟を以ての視線をぶつけながら、低く頷いた。右の操縦桿の傍で、固く拳を握り締めながら。
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