Int.44:村時雨、過ぎ往く雨に藍の少女と白狼は④

 そんな具合で午前中を京都駅の地下街で過ごした二人は、正午を少し前にしてやっとこさ地下鉄に飛び乗ると、烏丸からすま線で真っ直ぐ北上し京都市街の北側・上京区へと足を運んでみることにした。

 まあ、何度も言うように今日は観光目的ではない。かといってこちらに来る意味もあまりなく、強いて言うなら気の向くまま、といったところか。

 そんな具合に相変わらずの無計画具合で地下鉄に飛び乗った二人は、適当に思い立った所で地下鉄を降り、地上へと出る。冷房の効いた地下鉄駅の構内から地上へと出れば、直上に浮かぶ真夏の太陽から恐ろしいぐらいに強烈な日差しが容赦無く二人の肌を刺し、焼き焦がす。

 陽炎が揺らめきそうなぐらいの輻射熱に蒸されながら、何処へ行くでもなく、一真と瀬那の二人はアテもなしにぶらぶらと街の中を歩く。こんな酷暑の中でも、初めて歩く街で、そして瀬那を連れて歩いていれば、ある程度は気が紛れてくる。

 そうしていれば、気付けば二人は知らず知らずの内に東へと歩いていたらしく、鴨川が見えてきた。

「知らぬ間に、結構な距離を歩いたらしいな」

 鴨川が眼に飛び込んで来れば、小さく微笑みながら瀬那がそんなことを呟く。それに一真は「だな」と半笑いで頷きながら、とりあえずそのまま鴨川を渡ってみることにした。

 橋を越え、鴨川の東側へ。そこまで来れば流石に昼時というだけあって腹の空き具合が結構なことになってきたので、一真はこの辺りで何処か昼食を摂ろうと提案する。

「そうか、もうそんな刻限こくげんであったか」

「みたいだな」瀬那の言葉に半笑いで相槌を打つ一真。

ときが過ぎるのは早いものよ。特に、其方とこうしていれば尚更だ」

 まあい。とにかく、この辺りで探してみるとしようではないか――――。

 そういうワケで、二人はこの近辺で良い具合の店を探すことにした。

 そんなこんなで、店を探し回ること少し。丁度良い感じに空いている蕎麦屋を見つけたので、物は試しにとそこに入ってみる。

 蕎麦屋は店構えこそ老舗といった風な風格があったが、一度戸を潜ってしまえば存外古くも無く、割と清潔で綺麗な印象だった。外観は雰囲気作りの為だろうか。

 昼時だというのに、客の数はそこまで多くはなかった。だからか一真は一瞬だけ不安になるものの、混んでいるよりは良いと思い、そのまま店の中へ。窓際の席に陣取れば、瀬那と向かい合って椅子に腰を落とす。

 どれにしたものかと二人揃って熟考した末、結局天ざる蕎麦で二人とも落ち着くことにした。とはいえ、蕎麦は蕎麦でも手打ちの十割蕎麦。味の方は期待できる。

「……! ほう、これは中々」

 そうして暫くの待ち時間を他愛もない話で潰した末、二人前の天ざる蕎麦がやって来れば、ざるから一本だけを摘まみ取り口に運んだ瀬那がそう、小さく驚きの声を上げる。敢えて一口目をつゆ・・に浸さず、そのまま麺そのものを味わってみる辺り、割とだ。

「どれどれ、んじゃま俺も……」

 それを一真も啜れば、「おっ」と感嘆の声を上げる。

 麺そのものは少し固いが、しかし流石に手打ちの十割というだけあって風味は格別。癖は強いが、しかし蕎麦らしい蕎麦といえよう。良い言い方をすれば、歯ごたえがあるとでも言うのだろうか。

 そういえば霧香の奴が海老天好きだったよな、とか、彼奴あやつが居れば喜んでおっただろう、なんて妙な方向に話を持って行きつつ、一真と瀬那の二人はそんな具合に昼食のひとときを楽しむ。

(まあ、実は霧香近くに居るんだけどな……)

 内心で苦笑いしながら、一真がチラリと何気なしに窓の外へ視線を向けてみれば。

「…………」

 じぃーっ、と外からこっちを凝視してくる霧香……だと思われる誰かの姿が眼に飛び込んで来るものだから、一真は思わず「げっ」なんて引き気味の声を漏らしてしまう。

「む? 一真、どうかしたのか?」

 ともすれば、無論瀬那はそれを怪訝に思い。頭の上に疑問符を浮かべながらそうやって声を掛けてくるものだから、一真は「な、なんでもない!」と強引に誤魔化す。

「……? まあ、何も無ければそれでいのだが」

「あは、あははは。ちょ、ちょっとした他人のそら似・・・・・・だって」

「左様か」

 ……とりあえずは、何とか誤魔化せたらしい。

 はぁ、と一真は小さく胸を撫で下ろした。何せ、霧香に影ながら付いて来て貰っているのは瀬那に内緒のことなのだ。もし万が一バレでもしたら、何だか気まずくなること間違いなしだろう。

(勘弁してくれよ……ホンット頼むぜ、霧香)

 もう一度、ジッと外に居る霧香の方を睨み付けてやれば、彼女は仕方なしといった具合に、しかしあの薄い無表情のままで少しぷくーっと膨れた不満げな顔のままで、サッと再び姿を隠す。

(変なとこで抜けてる忍者様だこと……)

 一真は今一度の溜息をつきそうになったが、それはグッと堪えた。これ以上は、再び瀬那に要らぬ気を掛けさせてしまう。

 そんな具合で、二人の今日の昼食は少しのアクシデントを挟みつつも、しかしそのひとときは平穏そのものに過ぎていった。

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