Int.36:幕間、とある少女たちの昼下がり②

 エマとステラ、二人の来客を座卓めいた背の低いテーブルの前に敷いた座布団に座らせ、瀬那はそんな二人に茶を淹れれば、自分の分も持って同じように座卓のようなテーブルの前にスッと腰を落とした。

「へえ、これが噂に聞くグリーン・ティーか」

 出された湯呑みをズズッと軽く啜りながら、エマが何の気無しに呟く。

 それに「む?」と反応した瀬那が「其方、飲んだことがないのか?」と訊けば、エマも「まあね」と苦笑い気味に頷いて、

「あるのは分かってたんだけど、機会がさ。ホラ、僕たちってそもそも飲む習慣無いし……。ね、ステラも?」

「えっ? あー、うん。まあそうね、そうわよね」

 突然話を横に振られてきたものだから、ステラは若干戸惑いつつ。しかし、エマの言葉に一応の同意の意志は示してみせた。とはいえこの反応、ステラに関しては緑茶を飲むのは初めてではなさそうだが……。

「ううむ、難しいものだな。気に入って貰えればいのだが」

 そうしていると、何故か難しい顔をした瀬那が悩むみたいに唸る。するとエマは「あはは」と小さく微笑んで、

「心配には及ばないよ。僕は結構好きだな、飲み口も柔らかくて、飲みやすいし」

「左様か」顔色を安堵したような表情に変え、瀬那が頷く。「気に入ったのならば何よりだ。其方が良ければ、代わりもあるぞ?」

「あ、じゃあ遠慮無く貰っちゃおうかな」

 そう言いながら空になった湯呑みを差し出すエマと、それを受け取りながら「うむ、心得た」と立ち上がる瀬那。そんな二人を一歩引いた所から眺めていたステラが無意識の内に表情を緩ませていると、それにエマが「ん?」と反応する。

「いや、アンタたちって案外相性良いわよね、って思っただけ」

「僕と、瀬那がかい?」

「他に誰がいるのよ」テーブルの上に頬杖を突きながら、ニヤニヤとステラが言い返す。

「そんなに仲良く見えるのかな、僕たちって」

「悪いことではなかろう」

 若干戸惑いながら苦く笑うエマの言葉に続き、キッチンの方で代わりの茶を淹れている遠くの瀬那からそんな一言が飛んでくる。

「まー良いんじゃない? お互い仲良い恋敵こいがたきってのも、傍から見てると結構面白いし」

 そんなことをステラがニヤニヤとしながら言えば、エマは「……ステラ」と小さく溜息をついて、そんな彼女に向けて続けてこう言った。

「君だって、僕たちのこと言えないだろうに……」

「えっ?」湯呑みに口を付けながら、目を丸くするステラ。「私が?」

「いや、君だってカズマのこと、十分すぎるぐらいに好きじゃないか……」

「ぶっ――――!」

 呆れた顔でエマにそう言われると、ステラは何故か途端に顔を真っ赤にすれば、口に含んでいた茶を盛大に噴き出す。

「わっ、ステラぁっ!?」

「――――けほっ、げほっ! …………わ、わわわ私がアイツをぉっ!?」

 ひとしきり咽せた後で、ともすれば真っ赤な顔のステラはそんな風に典型的すぎる反応を示し始める。ともすればエマと、そして湯呑み二つを持って戻ってきた瀬那の溜息が重なって、

「無自覚だったの……」

「無自覚であったか……」

 なんて具合に、全力で呆れられてしまう。

「わ、私は別にアイツのことなんか……!」

「いや、どう見たってホの字でしょうよ、ステラは」

「う、ぐぐぐ……!」

 茹でたタコかってぐらいに顔を真っ赤にして、視線は右往左往と忙しなく。何処か拙いような舌の回り方で取り繕うみたいにステラは言うが、至極冷静なエマの指摘に、文字通りぐうの音も出なくなってしまう。いや、「う」と「ぐ」は辛うじて出ているか。

「ステラ、其方も素直に認めるがい。認めるところから始めなければ、何も始まらぬ」

 冷静極まりない口調で瀬那が続けて言いながら、熱い茶が並々注がれた湯呑みをエマの前にスッと差し出す。

「ん、ありがと瀬那。――――まあステラ、君もいい加減認めなよ。というか、多分自覚あるからこんな反応なんだろうけど」

 瀬那が持ってきてくれた湯呑みの茶を啜りながら、逆に今度はエマの方がニヤニヤしながらステラに向かってそう言う。

「~~~っ! …………そ、そうよ! 認めるわよ! な、なんか文句あるってえの!?!?」

 ともすれば、突然ステラはその場で立ち上がり。そうすると今度は、開き直ったようにそうやって宣言する。まあ、顔は相変わらず茹でた海老みたいに真っ赤だが。

「ないよ?」

「右に同じく、だ」

 しかし、きょとんとしたエマと、茶を啜りながら至極冷静な顔の瀬那にそうやって即答されてしまえば。あれだけ勢いづけただけに、そんな二人のアッサリしすぎた回答があまりに意外すぎて、ステラは目を丸くしながら「えっ?」と素っ頓狂な声を上げてしまう。

「あれだけ露骨なら、分からない方が変だしね……」

 そんなステラの反応をよそに、苦笑いするエマがそう言う。すると瀬那も「うむ」と頷いて、

「白井とて心得ておるであろうな、其方が一真に抱く好意は」

 と、物凄く冷静な語気でエマの言葉に同意した。

「……あ、アンタたちは、何も思わないワケ?」

 半分恐る恐るみたいな具合にステラがそうやって問いかけると、相変わらず苦笑いを浮かべたままなエマは「思わないワケじゃ無いけれどね」と言って、

「でも、カズマに関してはある程度仕方ないところもあるし。それに――――」

「そ、それに……何よ?」

 そうやってステラが再び訊き返せば、エマは浮かべていた苦い笑いを小さな微笑みへと変えて。

「仮にどうなったとしても、次に僕が狙うのは二番の位置さ」

 なんて物凄い斜め上なことを、しかし堂々たる態度で宣言してみせた。

「に、二番って……」

 戸惑いを見せるステラの横で、しかし瀬那は平静とした風に「ふむ、めかけ……いや、どちらかといえば側室か」なんて風に、あまりに冷静な声でうんうんと頷く。

「せ、瀬那は何とも思わないわけっ!? そんな、そんなのって……!」

 顔を真っ赤にしながらのステラに物凄い剣幕でそうやって言われるが、しかし瀬那は「む?」なんて風にきょとんとしながらそんな彼女を見上げていて。しかしステラの言葉の意図が読み取れると、今度はフッと不敵に笑う。

「ステラ、其方は何を申すか。そんなこと、先刻既に私が申しておるであろう。

 ――――その程度の些事、男の器量というものだ。私は気にせぬ。……いや、寧ろそれぐらいでなければ困る」

 そうやって、瀬那が堂々たる態度で宣言すれば。ステラは「あ、アンタ正気……!?」と戸惑う。

「私はいつだって正気だ。――――しかし、故やもしれぬな」

「どういうこと?」

 エマが訊き返せば、瀬那は「そういうことだ」と言って、

「其方らと私が例え恋敵であっても、こうしていられることがだ」

 フッと小さな笑みを浮かべながら瀬那がそう言うと、「あー、そういうことか」とエマも納得した様子を見せる。

「まあ、とにかくさステラ。最大の難関がこんな調子だから、お互い肩の力抜いても良いんじゃないかな?」

 軽く瀬那の方に一瞬だけ視線を流した後で、ステラの方を見上げたエマがそう言えば、ステラも「……そうね」と何だか阿呆らしくなったみたいに呆れつつ、やっとこさ座り直す。

「全く、アンタたちには参るわホント。何よ、このご時世に一夫多妻でもやりたいワケ?」

「そういうワケじゃ無いって」呆れきった顔のステラに、小さく微笑みながらエマが言い返す。

「あ、でも瀬那。僕だってまだ負けたつもりは無いからね? もし少しでも隙があったら、すぐにカズマのことなんか掻っ攫っちゃうんだから」

 そうして、不敵な顔でエマがそう言うと。瀬那も瀬那で「……フッ」と軽く口角を緩ませ、

「望むところだ。其方たちならば、相手にとって不足はない」

 そう、同じように不敵な笑みを浮かべて宣言してみせた。

「……ほんっと、アンタたちって変わり者よね」

 すると、ステラは横で呆れた顔になりながらそんなことを独り言みたいに呟く。そして、

「でも――――嫌いじゃないわ、そういうスタンスも」

 そう、何処か――――宣戦布告にも似たことを、二人に向けて口にした。

「ふふっ……」

 ともすれば、耐えきれなくなってエマは噴き出すように笑い始め。そうすれば瀬那も「……ふっ」と笑みを浮かべ、ステラも同じように「ははっ……」なんて笑い始めてしまう。

「本当に愉快だ、其方たちは」

 そんな、心底から漏れ出したような言葉を口にしつつ、瀬那は「どれ」と言って立ち上がる。

「ステラ、其方の分の茶も代わりを持とう」

「あ、うん。悪いわね瀬那」

「気にするでない、私と其方との仲だ。――――であろう? エマよ」

「だね」

 そんな具合に、彼女らは彼女らで、こんな一日を過ごしていく。

 窓の外で激しく鳴き喚く蝉の声は遠く、外界の蒸し風呂みたいな暑さも何処か遠くにあって。そんな中で、何処か緩やかな時間を彼女らは過ごす。たまには、こんな一日があっても良いだろう。

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