Int.18:白と紅蓮、それは暑い夏の訪れを告げる声②

 そうして、ステラと一真、そして白井と美弥の二人も伴った四人はそのまま東海道本線の列車に乗り込み、一路京都駅へと向かった。

 かといって、この間瀬那と色々回った時のように、そこら中を観光して回るワケでは無い。あくまでも美弥の買い物に付き合い、それにステラが便乗する形で、京都駅周辺をぶらぶらと回る程度。地上の店はさておいて、ステラと美弥の二人はとりあえず、京都駅の地下街から攻めていくことに決めた。

「……なあ、弥勒寺」

 それに男二人で付き従い、入った幾つか目のとある店の中。更衣室の前でボーッと立ち尽くしながら待つ白井が、隣で同じようにボケーッとした顔で待つ一真に向かって、何の気無しにそうやって話しかける。

「なんだよ、白井」

 白井へぶっきらぼうに言葉を返すと、白井は「いやさ」と言って、

「なんか……こういうのって、良いよな」

 なんて、意味の分からないことをあまりに唐突に口走る。

「は?」

 振り向いた一真が、まるで意味が分からないといった顔で至極投げやりに訊き返せば。白井は「ははは」なんて風に何故か笑い出してから、こう続けた。

「いやさ、なんかこうやって、女の子の試着待ってる時間ってーの? こういうのって、なんか良いよなーって」

「……お前、何言ってんの?」

 物凄い真顔で一真が言えば、白井はまた「がはは」と笑う。

「いやあ、良いじゃんこういうのって。真っ当に若者してるって感じじゃーん?」

「そう、なのか……?」

 そう言う白井の言うことにイマイチピンときてない顔を一真がしていると、白井は露骨に眉間へ皺を寄せ、

「ああ……よく考えたら、お前はそういう類の人間だった……」

 なんてひとりごちれば、独りで勝手に肩を竦め始める。

「どういう意味だ?」

「うるせー! 俺はなぁ! お前みてーに放っといても可愛いちゃんが集まってくるような選ばれた人種じゃねーの!」

「んん……?」

 何故か涙目になり出す白井の反応に、またも一真が大きすぎる疑問符を頭の上に浮かべていれば、白井は「はぁ」と露骨な溜息をつく。

「……お前、他の男どもからどんな眼で見られてっか、自覚ある?」

「は?」

「いや、冷静に考えてみ? 綾崎はまあ立ち位置から何から色々と別格として、それ以外にもステラちゃんにエマちゃん、霧香ちゃんに美弥ちゃんだぜ? ぶっちゃけ今期でも選りすぐりの可愛いちゃんばっかりじゃないの、弥勒寺の周りって」

「そう……だな、確かに」

 まだまだ疑問符を消さないまでも、しかし一応納得の色を見せながら一真が頷く。それを横目に見ながら、白井は尚も言葉を続けた。

「で、だ。当然、皆他の男どもから見りゃあ喉から手が出るほどお付き合いしたいたちばっかりなワケだろ?」

「あー、確かに」

「そんな凄まじい美少女ばっかり、たった一人が囲ってたら、どうなる?」

「うっ……」

 そこに来てなんとなく白井の言いたいことを察して、一真は眉間に軽く皺を寄せる。すると白井は「きしし」なんて変に引き笑いをして、

「しかも、ソイツも相応の見た目で、しかもウデはかなり良い方。それでいて≪閃電≫・タイプFみたいなスペシャル・マシーン持ちだぜ? その上あの西條教官にも目を掛けられてるような奴ともなれば、後は……分かるよな?」

「まあ……そういうことだな」

 引き攣った顔で一真が頷けば、白井は「そそ、そゆことー」なんて間延びした声で言って、ニッと再び笑みを浮かべる。

「ま、俺が言いたいのはだ。それはそれとして、相応の自覚を持てってこと。お前があのらを惹き付けてるってのは紛れもない事実なんだから、それを受け入れた上で、自覚した上で接していけってワケ」

「お、おう」

 そんな風に一真が戸惑いながら頷くのを横目に、白井は「ふぅ……」と、何処か憂いの色を奥の奥に秘めた小さな溜息をつき。その後で懐から出したマッチ棒を何故か煙草みたいに口に咥えれば、続けて白井はこんなことを口走った。

「……いつかは、誰かを選ばなきゃ。男として一発、ケジメを付けにゃならないんだ。今すぐってワケじゃないけど、それだけは肝に銘じとけ」

 そんな、普段の白井からは。普段のおちゃらけた、普段の軽いノリの彼からは考えられない程に、白井の声色と横顔は達観したように冷え切っていて。しかしそんな声音の中に、何処か親近と信頼の色も垣間見せる白井の言葉に、一真は黙って「……ああ」と頷くのみだった。

「――――待たせたわね!」

「おっ、お待たせしました……っ!」

 そうして、更衣室のカーテンがサッと唐突に開けば。堂々たるステラの声と、何処かに恥じらいの色を込めた美弥の声とが重なって、一真と白井の二人の視線を釘付けにさせた。

「ふふふ……! どうよ、これがステラ・レーヴェンス様プロデュースのコーディネイトよ…………っ!」

 自信満々で仁王立ちするステラの、その背中に隠れるようにして、顔を真っ赤にした美弥がこっちを覗き込んでいた。ちなみに二人が入っていたのは同じ更衣室。要は、ステラが美弥を着せ替え人形にしていたというワケだ。

「――――ぶほっ」

 そんな中で、閉じられていたカーテンの向こう側でどんな光景が広がっていたのか。どうやら白井はそれを想像してしまったらしく、唐突に鼻血を噴き出すとその場に膝を折ってしまった。

「何考えてんだ、コイツは……」

 鼻血を吹きながらそのまま倒れ伏した傍らの白井を一瞥して、一真が至極呆れたように溜息をつく。やはり、どれだけ格好付けても白井は白井らしい。一瞬見せた筆舌に尽くしがたいクールな雰囲気は何処へ行ったのやら、スケベ心全開で鼻の下を伸ばしながら鼻血を噴射し倒れた今の白井は、既にいつもの間抜けな三枚目に戻ってしまっていた。

「ほら、美弥も隠れてないで」

「で、でもステラちゃん……。その、は、恥ずかしいんですよぉ……」

「いいから、いいから。――――ほらっ!」

「ひゃうっ!?」

 そうして、ステラがいきなり美弥の前から退けば。そこに現れたのは――――見違えるような格好の、美弥だった。

「うう……」

 灰色のブラウスに、その上から羽織るのは半袖で薄手のジーンズ生地で出来た、裾丈が少し短めなジャケット。そして下はふわっとした感じの広がりのあるスカートで、脚こそ元から履いていた膝下ぐらいの黒い奴なものの、しかしそれすらも考慮に入れた確かな調律が取れていた。

「や、やっぱり恥ずかしいですっ!」

 しかも、こんな具合でやたらと美弥が恥じらうものだから、余計に良い具合に見えてしまう。例えるなら、三割増し。背丈が小さくロリっめいた外見の、小動物めいた美弥がそんな風に頬を真っ赤っかにしながら子供のように恥ずかしがるものだから、もう白井じゃないが鼻血を吹きそうなぐらいの気分だった。

(美弥……意外に侮り難し)

 これは、意外なダークホースと認めざるを得ないだろう。ステラのコーディネイトが上手く効いているだけに、それが如実に表れていた。

「いいよね……」

 ともすれば、いつの間にか立ち上がっていた白井が、腕組みをしながら物凄い紳士のような穏やかな顔でそう言う。とはいえその鼻の穴からは今も大量の鼻血がナイアガラの滝かってぐらいにドバドバ垂れ流されているから、全部台無しなのだが。

「は?」

 呆気に取られて一真が訊き返せば、白井は美弥の方を穢れのない真っ直ぐな眼差しで見据えながら「美弥ちゃん、いいよね……」と続けて呟く。それに釣られて一真も美弥の方に視線を向けると、

「いい…………」

 思わず、一真ですらもそう呟いてしまう。

「ふふふ……! このアタシを嘗めるんじゃないわよ……!」

 そうして鼻血の滝一名を加え入れた紳士二人で恥じらう美弥を延々と眺めていれば、その傍でステラが誇らしげな顔をしてサムズアップをしてくる。それに一真も白井も、思わず親指を立て返す。

「よぉし! 決めたわっ! 店員さーん! これ一式全部貰うわっ!」

 ともすれば、ステラは完全に悪ノリを始め、近くに居た店員を物凄い勢いで呼びつけ、捲し立てる。

「えっ、ちょっ、ステラちゃんっ!?」

 そんなステラの行動に戸惑う美弥だったが、しかしステラはそんな彼女の方に振り返ると、

「金の問題なら気にしない! もういいわ、アタシが全部奢ったげる!」

 と、意味不明な決意と共に高らかに宣言してしまう。

「えっ、やっ、わ、悪いですよぉ! 払いますっ、自分で払いますからぁっ!」

「気にしない! アタシはやるといったらやるのよ! ――――値札これで全部!? よーし早速レジ通しなさい、ハウマーッチ!!!」

「すっ、ステラちゃーんっ!!?!?」

 完全に興奮しきったステラと、遠慮する美弥。そんな二人の物凄い勢いなやり取りを、白井は一真と共に遠巻きに眺めながら。そうしながら、こんなことを口走っていた。

「やっぱり、美弥ちゃん意外とアリだよな……?」

 そんな妄言めいた呟きに、やっとこさ正気を取り戻していた一真は「はぁ」と露骨な溜息をつくと、

「……好きにしろ」

 呆れたように肩を大袈裟に竦めてみせながら、白井に向かって投げやりな言葉をぶっきらぼうに返していた。

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