Int.12:白狼と深影、その双肩に背負うべきはただひとり
瀬那たちと別れ、教室を飛び出した一真は階段を昇り、昇り、更に昇り。そうして屋上へと通ずる扉のドアノブに手を掛けると、捻りながらそれを思いっ切り開いた。
何の抵抗もなく、鍵が掛かった感触もなく、立ち入り禁止で施錠されているはずの扉はあまりにもすんなりと開いた。錆び付いた
「……ふふ、待ってたよ…………」
容赦無く照り付ける、濃すぎる湿気を伴った痛すぎる真夏の日差しの下――――陽の光を激しく照り返す屋上に立ち、吹き付ける少し激しい風に黒い髪を靡かせながら。背中を見せつつ、こっちに振り返る霧香が、そこには立っていた。
「済まん、遅くなった」
そう言いながら一真が軋む扉を後ろ手に閉めると、霧香は「ふふ、気にしなくて良い……」なんて風に返し、相変わらずの薄い無表情の上に妙な笑みを張り付かせながら言えば、やはり片手にぶら下げていたコンビニ袋をわざとらしく掲げてみせる。
「……とりあえず、上」
霧香に「はいはい」と適当な相槌を打ちながら、先んじて昇る霧香に続いて、一真も扉近くのステンレス製の梯子を昇っていく。そうして辿り着いた、貯水塔のある一段高い屋上の一角は、一真も来慣れた霧香の特等席だ。
「…………ん」
「おっ、気が利く……って、またあんパンかよ」
二人並んで貯水塔を背に座り込み、コンビニ袋を手で探る霧香が差し出してきたあんパンの袋を受け取りながら、一真が呆れたような顔で肩を竦める。すると霧香は「ふふ……」と妙な笑みを浮かべながら、
「あんパンは、良い文化だからね……」
なんて具合に訳の分からないことを呟き、自分の分の包装を破けば、中から出したあんパンを頬張り始めた。
「ったく、この分じゃ俺も、身体があんパンになっちまうぜ……」
至極呆れた顔でひとりごちながら、しかし一真も包装を破いてあんパンに齧り付く。生地の上に薄い胡麻が乗っかっていて、それでいて中にギッシリ詰まった餡子がやたらと甘くて旨いものだから、何故か一真は悔しくなってしまう。
「それで、話って……何…………?」
そうして二人並んで座り、バーベキューになりそうなぐらいにキツい陽の光と照り返しに身体を焼かれながら無言のままにあんパンを囓っていると、ふとした時に霧香が突然、そう言って本題に切り込んできた。
「ああ、その件か」
横目を霧香の方に流しながら、一真は「んだな」とひとりごちてから、霧香の方を見ながら紡ぐ言葉を続けていく。
「実はな――――」
昨日瀬那と話した一件を手短に話してやれば、それを黙ったまま聞いていた霧香は話が一通り終わると、軽く瞼を伏せながら「ふーん……」と、分かったのか分かっていないのか、微妙な雰囲気で小さく唸る。
「……つまり、私も、瀬那を護るのに、協力して欲しい。…………そういう、こと?」
すると、突然霧香はこっちに首を向け。小さく首を傾げながら、一真の顔をその瞳で真っ直ぐに見据えてそう訊いてきた。
「そういうことだ」一真も彼女の方に横目を流しながら、頷いてそれを肯定する。「流石に、理解が早くて助かるぜ」
「うーん、どうしようかな……」
しかし、霧香は唇の近くに立てた人差し指を軽く押し当てながら、何故か悩むみたいに首を傾げながら、唸り始める。
(悩むのか……)
霧香のことだから、瀬那に関わることならば二つ返事で了承してくれるとタカを括っていただけに、一真はそんな霧香の仕草を見ると、内心で少しばかり焦っていた。無論、顔には出さないが……。
「……ふっ、いいよ」
とはいえ、やはり霧香は霧香だった。少しの間だけ思い悩んだ後で、再び妙な笑みを浮かべると、そう言って一真の提案を了承したのだった。
「本当か?」
一真が訊き返せば、「ほんと、ほんと……」と霧香は瞼を伏せながらこくこく、と
「ニンジャだから、ね……。ニンジャは、嘘つかないから…………」
なんて、いい加減耳にタコが出来るぐらいに聞き飽きたそんな台詞を、霧香はその薄い無表情の上に何故かキメ顔を形作りながら口走った。
「あー、はいはい……」
そんな霧香に、辟易したみたいに一真は適当に言葉を返す。すると霧香は「……でも」と言って、
「ただで、とはいかない、かな…………?」
なんて、本気か冗談かも分からないようなことを言い出す。
「何か、俺に対価を払えって?」
「ふふふ……。そこまで、酷いことじゃないよ……?」
「じゃあ、なんだっての」
すると、霧香はまた「ふっ……」なんて具合に小さく頬を綻ばせると、
「……それとは別に、今度、私に少し、付き合って欲しいな…………」
そんなことを言い出すものだから、一真は鳩が豆鉄砲……どころか、鳩が500ポンド重量の
「――――っハッ!?」
やっとこさ一真が正気を取り戻すと、しかしそれすらも意に返していない様子で霧香は「それが、協力する条件かな……」なんて風に言葉を続けてくる。
「お、おう。それぐらいなら全然、一向に構わないけど……」
戸惑いながらも、一真はそんな霧香の提案を了承する。その後で「逆に、そんなので良いのか?」と一真が訊き返せば、
「ふふふ……それはどうだろうね…………?」
なんて具合に、霧香は珍しく悪戯っぽい笑みなんかを薄い無表情の上辺に浮かべて、そんなことを一真に向かって言ってみせた。
「おいおい、勘弁してくれよ……?」
相手が相手だけに、本気で何をしでかすか分かったものじゃない。そんなものだから、一真は割と真面目に勘弁してくれ、と言いたげな顔と素振りで霧香に言い返す。すると霧香は「冗談、冗談……」と続けて、
「冗談だよ、ニンジャ式のジョーク……。面白かった…………?」
真顔でそんなことを口走ったものだから、一真はまたその顔を鳩が155mm榴弾砲を喰らったみたいな顔にして、意味不明なニンジャ・トークを喰らいすぎてオーヴァー・ドーズを引き起こした思考を数秒間、またフリーズさせてしまった。
「ふふ、面白かったみたいだね……」
しかし、霧香はそんな一真の反応の一体全体何処をどう解釈したのか、自分のニンジャ式ジョークとやらがウケたと思い込み、実に満足げな顔を浮かべる。
「ホントのところ、条件は、それだけ……。一真が今度、少しだけ付き合ってくれるなら、いいよ。協力、してあげる……」
「お、おう。それで頼む…………」
疲れ切った顔で一真が頷いて了承すれば、霧香はまたも「ふふふ……」と小さく笑い、
「まあ、私の
そうやって、やっとこさ割と真面目な声音で呟いた。
なんてした頃合いで、午後の始業前を告げる予鈴のチャイムが鳴り響く。まるで二人の話が纏まるタイミングを見計らったかのように鐘の音が校舎中に鳴り響けば、霧香は「……ん」と小さく声を漏らしながら、スッとその場で立ち上がる。
「とりあえず、話は、こんなところかな……。次、実機訓練だし、一真も急いだ方が、良いと思うよ……?」
言いながら、丁度食い終わっていた一真の手からあんパンの袋を引ったくり。それを押し込んだゴミ袋代わりのコンビニ袋の口を縛ると、それを片手に貯水塔のある所から下の屋上まで、ふわっと飛び降りてしまった。
結構な高さがあるはずだが、しかし霧香は顔色一つ変えず。まるで鳥の羽毛がゆらりゆらりと舞い落ちたみたいに、ふわりとそこに着地する。
着地すると、霧香は未だ上に留まる一真には目もくれず。独りでスタスタと扉の方まで歩き、そのまま屋上から出て行ってしまった。
「おいおい……。ドアの鍵、アレ掛け直すのどうすんだよ…………?」
霧香と違い、ピッキング技術を持たない一真では、本来なら締め切られているはずなここの扉を開けっ放しにするしかなく。果たしてこの後どうするつもりなのかと霧香を小一時間問い詰めたい衝動に一真は駆られていたが、しかし本人がさっさと居なくなってしまったのならばどうすることも出来ず。一真にはただ、参ったように溜息をつきながら、自分もまたさっさとここから降りること以外、他に取れる選択肢などアリはしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます