Int.55:エンド・オブ・クライシス/夏の日、とある少女たちの一日
それから、程なくして二人は朝を迎えた。
眼が覚めてみれば、あれだけ激しかった雨は既に止んでいて。未だに雨水を孕み湿った地面を踏みしめながら洞穴の外へ出てみれば、仰ぐ雲の切れ間からは青々とした蒼穹が、そして燦々と夏の日差しを照りつける太陽がその姿を現していた。
とはいえ、天候が回復したからといって相変わらず無線機は使えない。時間を見れば既に捜索隊が出ていてもおかしくないような頃合いだったので、一真はとりあえず瀬那に頼んで信号拳銃を上空に向けて撃って貰い、その後で洞穴の入り口付近に向け、手持ちの発煙筒を何本か炊いてバラ撒いておいた。これが目印になってくれれば良いのだが……。
――――そうして、出来ることを全てやり。暫くの
「カズマぁ――――っ!」
程なくして二人は捜索隊に無事発見され、するとそれを率いていたステラは負傷した一真の姿を一目見るなり、人目も憚らずそんな一真に向かって飛び込むように抱きついてきた。
「どわぁーっ!?」
下手をすれば自分より背が高いんじゃないかってぐらい大きなステラに飛びかかられれば、幾ら一真とて支えきれないのは必定。そのままの勢いで背中を下に敷いていた寝袋に叩き付けると、一真はステラにのし掛かられる形で仰向けに転がってしまう。
「バカバカバカっ! ほんっと心配したんだからねっ、カズマのバカぁっ!」
すると、涙目なステラは何故かぽこぽこぽこと一真の胸板を叩き始める。それに早速瀬那が「ステラ、その辺りにしておくのだ」と引き剥がしに掛かるが、
「やだ!」
なんて具合に、子供じみた駄々をこね出す。そんなステラに一真と瀬那が揃って肩を竦めていると、しかしふとした時にステラの身体が横たわる一真から離れていく。
「はいはい、後でねステラ」
そんな具合にステラを軽くあしらいながら一真から除けたのは、エマだった。どうやら彼女も捜索隊に加わっていたらしい。両手で抱えたステラをよっこいしょと言わんばかりな勢いで引きずって一真から引き剥がすと、「やあ」なんて軽く首を傾げながら、相変わらず横たわったままの一真に軽く挨拶をしてくる。
「お、おう……」
困惑した顔の一真が頷いていると、エマは「一真、怪我はある?」と問いかけながら彼の傍に膝を突く。
「ん? ああ、見ての通りさ」
苦笑いしながら一真が自分の左脚を指で指し示すと、それを見たエマは「……なるほどね」と思案するように顎に指先を当て、「捻挫?」と訊いてくる。
「軽い、な。幸いにして瀬那の処置が早かったから、わりかし良くなってるが」
「それでも、これじゃあ歩けそうにないね。――――分かった、担架で運ぼう。美弥、アキラ!」
「は、はいっ!」
「おうよエマちゃん、任されて!」
そんな風にエマが呼びかけると、暗黙の内に指示を受け取った白井・美弥の両名が、組み立て式の簡易担架を洞穴の外で手早く組み始めるのが一真からもチラリと見える。ステラとエマはさておき、あの二人まで捜索隊に加わっているのは意外だった。
「二人も、来たいって言ったんだ。よっぽど、カズマたちのことが心配だったんだね……」
一真の傍に膝を突き、そんな彼の頬を軽く撫でながら微笑むエマが言う。
「……あの二人にも、無理させちまったかな」
「不慮の事故だ、君が気にすることじゃない」
諭すように言いながら、エマは一真の前髪をそっと掻き分ける。そんなエマの背中の向こうで、瀬那の様子を見る霧香の姿もチラリと見えた。今まで一切の気配を感じさせなかった辺り、流石は自称ニンジャらしい。……いや、本当に忍者なのだから、自称を付けるのは大変失礼なのだが。
「でも、カズマが無事で良かった」
「済まないな、エマ。君にまで心配を掛けた」
「いいさ、気にしないで。僕はカズマが無事なら、それでいい……」
そう言うと、エマは一瞬辺りを見回すような仕草をして。そして、周りの目がこちらに向いていないことを確認すると――――その唇を、そっと一真の唇に重ねてきた。
「っ!?」
それは、ほんの一瞬のことだった。あまりに唐突なことすぎて、一真にはどうすることも出来なかった。
重ねた唇を一瞬で離せば、エマは少しばかり瞳と唇とを潤ませながら「ふふっ……」と妖艶にも見える笑みを浮かべてみせ、
「これは、僕からのちょっとしたご褒美。ちゃんと生きててくれて、もう一度僕に顔を見せてくれたカズマへの、ちょっとしたご褒美だよ」
耳元でそんな風に囁きかければ、そうすると「おーい、担架出来たぜー!」と遠くから白井の呼ぶ声が聞こえてきて。「分かった、すぐ行くよ!」とエマは応じれば、
「じゃあカズマ、ちょっと待っててね」
軽く微笑んで、そちらの方に駆け出していった。
そうして担架で担ぎ出された一真は、瀬那と共に救助隊の先導に従い、一日ぶりに海岸沿いの拠点に戻ってくることが出来た。
そのまま二人は本部のある大きめなプレハブ小屋へと運ばれ、そこに設営されていた医療処置用のスペースにあるベッドに寝かされた。そこで西條・錦戸の両教官が簡単に様子を見た結果、瀬那の方は多少の疲労がある程度で問題なし。一真も捻った左脚は暫く動かせないが、しかしすぐに良くなる程度には軽いとのことだった。
西條たち教官に事情とコトの
そして、午後になると西條の粋な計らいにより、海岸での自由時間が許可された。本来なら大きな石ばかりでゴロゴロしているはずな冠島の海岸だが、しかしこの拠点近辺の造営や埋め立ての影響で、拠点の近くには小振りだが、どこぞのビーチのような砂浜が形成されているのだ。要は、そこで好きに遊んでこいということだろう。
怪我で動けない一真はさておき、瀬那の方は参加しても構わないと西條が許可を出したが、しかし瀬那は「私は構わぬ」の一点張り。やれやれと肩を竦め、しかし彼女の気遣いに感謝しつつも一真が「俺のコトは良いから、瀬那は行って来いよ」と言えば、それでやっと瀬那も折れてくれたのだった。。
そして――――。
「…………」
一真は独り、プレハブ小屋の壁にもたれ掛かるようにして座り込み。真夏の日差しから逃れるように日陰で身体を休めながら、遠くの海岸をぼーっと眺めていた。
「なあ、白井」
「んー」
そんな風に一真が呼びかけると、何故かそんな一真の隣で同じように座り込む白井が、間延びした声で返事をする。何故か海パン一丁な格好なのは、敢えてツッコむのも野暮というものだろう。
「お前、泳いでこなくていいのか?」
「あーいいのいいの」
すると白井は手を横に振って軽く否定し、「俺ってば、ああいうのは眺めてる方が好きだから」と言って海岸の方に視線を向け、眼を細める。
「まあ、気持ちは分かるけどさ……」
そうして一真も同じように海岸の方に眼を向けてみれば、見えるのは水着姿ではしゃぐ他の訓練生たち。しかも大半が女子なものだから、まあ男の二人からしたら眼福な光景以外の何物でもない。
「……アイツら、水着なんて用意してたんだ」
「なんかな、いつの間にか用意してたらしいぜ」
ぼーっとしながら何の気無しに呟いた一真に、白井もぼーっとしながら言い返す。
そんな二人の視界の中――――まず真っ先に目に留まったのは、ステラだった。あんだけ真っ赤な髪をしているからか、一番目に止まりやすい。
無論というかイメージ通りというか、ステラの格好はもう露出度の激しいビキニ系の水着。シャッと鋭角的なデザインの布地で、しかも布面積は他の連中に比べて割と少なめ。髪色より少し濃い、ワイン・レッド寄りの布地と黒の紐というコントラストが、ステラの起伏が激しすぎる肢体を更に強調していて。男によっちゃあ思わず鼻血を噴水の如く噴き出して即死しかねないような、そんな刺激的な光景だった。
「……ステラちゃん、やっぱすげーよなあ」
「それを言うな、白井」
「いやもう、ワガママボディって感じ? ありゃ劇物だよ、劇物。男への攻撃性に特化した危険物だよアレ」
「……言わんとしてることは、分かる」
呑気に呟く白井に、うんうんと一真は頷きながら。しかし二人の視線は、既に次の一人へと移っていた。
「おーい、ステラー。こっちだよ、こっち」
遠くでそんな風にステラを手招きするエマが、次に二人の標的となった。
夏の日差しを照り返すプラチナ・ブロンドの透き通る髪と、白人特有の白すぎる肌からして、もう既に刺激がヤバい。エマの場合はそこまで布地が少ないというわけではない、なんとなく髪色に近いような黄色系というか、そんなような色合いのビキニ水着だ。
とはいえ、それが却って刺激を強くしてしまっている。ステラみたいな凄まじさとはいかないまでも、しかし確かな魅力を感じるだけの起伏のある肢体と組み合わさってしまえば、布地の少なさは却ってその威力を増大させてしまう。ステラがイケイケ系のぐいぐい来るタイプだと例えれば、エマの場合は少し控えめな、しかし押すところはキッチリ押してくるようなアレだ。
「エマちゃん、ヤバいなアレ」
「分かる」
「いやもうヤバいっていうか、ヤバい? うっわやべえ、結婚したい」
「白井、多分お前じゃあ天地がひっくり返っても無理だ。ハワイが南極になるぐらい無茶な話だろ、それ」
「うるせーなあ弥勒寺ぃ。良いじゃねえかお前はよお、さっさとエマちゃんと付き合っちまえよ、クソ羨ましい」
「俺にその気、あんまりないんだけどな……」
「やかましいわ天然ジゴロ、海に沈めるぞ」
「やめろ白井それはマジで今だけは洒落にならん」
なんて阿呆なやり取りを交わしながら、しかして視線を動かすことだけは怠らない。すぐに次の獲物を見つければ、二人の視線は言葉を交わさずとてそれに集中する。真の男同士、紳士同士に野暮な言葉なぞは必要無いのだ。
「ふふふ……水遁の術…………」
なんて相変わらず妙なことを口走りながら、何処からか持ってきた竹の筒を持って、それをシュノーケルのように咥えつつ海に沈んだり浮かんだりしているのは、やはりというべきか霧香だ。
とはいえ、そんな奇行を以て余るほど、霧香もそれはそれはかなり劇物めいた格好だった。格好はやはりビキニ系の水着で、黒い布地の面積は大体ステラとエマの丁度中間ぐらい。とはいえ霧香もステラに負けず劣らずといったぐらいに凹凸の激しいボディラインなもので、しかもそんな奇行の割に割と無防備なものだから、周りを泳ぐ数少ないA組男子諸君は嫌が応にもそんな霧香の方へ目を奪われてしまっている。
「やべーよな、霧香ちゃん。二重の意味で」
「今度は何やってんだ、霧香の奴……」
呆れたように眉間を指で押さえる一真。おかしい、忍者ってあんまりバレないほうが良いんじゃなかったのか……?
「いや、アレはアレで霧香ちゃんいつも通りだけどさ? いや、やっぱ見た目の方よ」
「ああ、そりゃあなあ。アレも劇物だわな」
「ホントそれ。ったく、なんでこう弥勒寺の回りにはさあ、ナイスバディの美少女っつーの? 可愛い
「いや、美少女以外にも居るだろ」
「誰が」
「阿呆が一人、俺の横に」
「しばくぞお前。弥勒寺お前マジで海に沈めるぞ、日本海の塵にすっぞ」
「分かった分かった、悪かったよ。――――でも真面目な話、全員が全員そういうワケじゃないだろ? ほら、あそこ」
そう言って一真が視線だけで示す先を、白井も見てみる。すると、そこには――――。
「あっ、待ってくださいよお!」
とことこと駆ける美弥が居て。珍しく眼鏡掛けてないな、なんて思いつつも、しかし二人はそれよりも、美弥の着る水着の方に意識を奪われていた。
「……弥勒寺、アレってさ」
「皆まで言うな、白井」
「いや、スクール水着だよねアレ。どう見てもスク水だよねアレ」
「言うな、白井」
「いやいやいやいや、だってアレ完全にスク水じゃん。なんか胸の所に"みぶたに"って名前書いてあんじゃん、しかも平仮名で」
「それ以上言うんじゃない、白井。そこを気にしてやるのは野暮ってもんだ、そうだろ?」
「いやまあ、そうだけどさあ……」
――――そう、美弥の格好は紺のスクール水着。いわゆる学校指定とかで買わされるアレだったのだ。
しかも、白井が言った通りに美弥の胸には何故か"みぶたに"と平仮名で書かれた名札がでかでかと貼り付けてある。小学校だか何処かで使ってた奴をそのまんま着てるんだろうと二人は同時に邪推していたが、しかしこれ以上考えるのは流石に野暮だと思い、それ以上は考えないことにした。
「でも、なんか妙に似合ってるよな、美弥ちゃん」
「言ってやるな」
「いや、だって事実だし」
そう白井の言う通り、確かに美弥はスクール水着が馬鹿みたいに似合っていた。最早堂に入っていると言っても過言ではないぐらいに、ピッタリと、違和感なく。それだけ起伏も少なければ背も低く、有り体に言えば幼児体型ということなのだが、そこまでは言及してやらないのが紳士的なマナーというものだ。
「しっかし、よりどりみどりだよな」
「まあ、かもな」
「だってさ、金髪僕っ
「やれるもんでもないだろうが、ンなもん」
「うるせー! ――――それにしても、瀬那ちゃん見ないな」
「言われてみれば」
白井にそう言われると、確かに瀬那の姿が見えない。「着替えてるんじゃないか?」と一真が言えば、するとそんな彼の近くに影が掛かり――――。
「…………か、一真?」
誰かと思って振り返れば、そこには瀬那が立っていて――――。恥ずかしげに頬を紅く染める彼女の格好は、やはりというべきか水着姿だった。
紫系を基調とした、それこそ霧香と同じ程度な布面積のビキニ水着で。少し濃いめの紫と黒い紐とのコントラストが、藍色の髪と白い肌、しかも起伏がステラに負けず劣らずと凄まじい瀬那の肢体を馬鹿みたいに強調しているものだから。それがあまりに刺激的すぎて、一真は今にも鼻血を噴き出して倒れてしまいそうな気分だった。
「ど、どうだ……? に、似合うか?」
恥ずかしげに訊いてくる瀬那に、一真は戸惑いながらも「あ、ああ……」と何とか平常を装いながら頷くと、
「似合ってる、と思う。ああうん、かなり似合ってるなこれ」
と、歯に
「そ、そうか! うむ、ならば
そんな風に率直な感想を言ってやれば、瀬那は頬を赤らめながらも嬉しそうにぱぁっと笑みを浮かべて。それからうんうんと独りで勝手に頷くと「そうかそうか、似合うか……!」なんて呟きつつ、至極嬉しそうな笑みを浮かべながら、エマたちの方に合流していった。
「……平和だなあ」
そうして合流していった瀬那たちの方を眺めながら、倒れ伏す白井を尻目に蒼穹を見上げた一真は、ふとそんなことをひとりごちる。
青々とした蒼穹と、遠くに浮かぶ背の高い入道雲。照りつける眩しい夏の日差しに、それを反射する煌びやかな蒼い海と砂浜。そしてその中で楽しげに遊ぶ彼女らを見ていると、とても今が戦時下とは思えない程に、平和な夏を一真は感じていた。
こんな日々が、いつまででも続けばいいのに――――。
夏の始まりを肌で感じながら、一真はふと、何の気無しにそんなことを考えていた。
例えそれが、叶わぬ願いだとしても。こんな彼女たちを見ていれば、一真はそう、願わずにはいられなかった…………。
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