Int.41:アイランド・クライシス/極限状況、生き残る術はただひとつ⑦

 ヒィヒィと音を上げ始めた白井を引き連れたステラ班が目的地にして、折り返し地点である島北端近くのポイントに到着したのは、正午も過ぎる頃といった頃合いだった。

「ひぃ……ま、待ってステラちゃん……エマちゃーん……」

「大丈夫だよアキラ、もうすぐそこだから」

「ったく、アンタって男はだらしのない……。ほらっ、肩貸しなさいよっ」

 先を行っていたステラは立ち止まって振り返ったかと思えば、息も絶え絶えといった風に付いて来るのがやっとだった白井の方に戻ってきて、半ば強引に彼の腕を取ると自分の首に回し、肩を貸してやる。

「なんだ……やっぱりステラちゃん、根は優しいんだな……」

「ホント、毎度口だけは達者な奴なんだから。――――ったく、辛いなら辛いって正直に言いなさいよね。何もアタシだって、そこまで鬼じゃ無いんだから」

「ははは……次からは、気を付けるさぁ……」

 そんな風にぐったりとした具合な白井に肩を貸しながら歩き始めたステラは、そんな自分の代わりに先頭に立つエマに「あと、どれくらい?」と問いかける。するとエマは「うん」と軽く振り向いて二人に横目を流し、

「多分、50mもないはずだよ。アキラ、もうすぐだから、後少しだけ耐えてね」

「へへへ……可愛いちゃんのお願いは断らないのが、このアキラ様の良いトコだからさ……。エマちゃんにそう言われちゃあ、気合い入れるしかねえよなぁ?」

「アタシに肩預けてる格好で言っても、形無しだけどね」

「それを言わないでくれよ……ステラちゃーん……」

 なんて具合に、ステラとそれに引きずられる虫の息の白井、そして先導するエマの三人は少しの時間を掛け、やっとこさ目標の折り返しポイントへと到着することが出来た。

「ほら、着いたわよ」

「ふぃーっ! も、もう駄目……し、死ぬぅっ!!」

 到着した途端、膝を突くステラの肩から腕を外せば、白井は疲労が限界に達したのかすぐさまその場に大の字になって寝っ転がってしまう。

「ったく、ホントに情けないわねアンタって」

 そんな白井を見下ろしつつ、呆れたような顔で大きすぎる溜息をつけばステラは、

「ホラ、減らないその口、さっさと開けなさい」

「? んあー」

 困惑しつつも大きく口を開けた白井に、自分のピストル・ベルトのポーチから取り出した水筒(キャンティーン)を傾けてやる。蓋の開いた水筒の口から流れ落ちる水は、そのまま大口を開けた白井の口内に直撃した。

「ごぼぼぼぼ」

 なんて具合に妙な声を漏らしながらも、しかし注がれる水で確かに白井は喉を潤す。ステラが傾けていた水筒を元に戻し、きゅっと蓋を締めてやれば。大きく喉を鳴らしながら水を飲み込んだ白井は「へへへ……」なんてニヤニヤと笑い、

「悪い悪い、ありがとなステラちゃん」

「別に。幾らアンタでも、死なれたら困るのアタシだしね」

「これってもしかして、関節キスって奴ゥー?」

「……今度それ言ったら、そこの崖から海に蹴り飛ばすわよ?」

「すいませんでした許してください」

 大の字に寝転がったまま、しかし態度だけは腰を低く、それこそ地面に顔面がめり込みそうなぐらいで低くしながら全力で謝る白井。そんな白井を見下ろすステラの眼は、まるで笑っていなかった。あんな虚無すら感じさせるぐらいに焦点の合わず、ハイライトのない瞳で見下ろされてしまえば、流石の白井といえども軽口は吐けなくなる。

「あははは……。ステラ、流石に洒落になってないよ……」

 と、そんな二人のやり取りを立ったまま見下ろしながら、自分も水筒をちびちびと傾けつつ苦笑いをするのはエマだ。ちなみに折り返しポイントであるここは島の北部、下にちょっとした入り江に近いような海岸が見える崖のすぐ傍。生い茂る木の数も少なく、頭上はそこそこ開けているので、確かに信号拳銃で上空にフレアをぶっ放すなら丁度良い位置だろう。

「あら、洒落で言ってると思った?」

 エマが苦笑いを浮かべていると、振り返ったステラはパッと自分の髪を手先で払う仕草をしながらさも当然のようにそう言ってしまうので、エマも「じょ、冗談じゃなかったの……」と、微妙な色の言葉を返すことしか出来ない。

「なんてね、ジョークよジョーク。面白かったでしょ?」

「そのジョークは流石に笑えないよ、ステラ……」

 はぁ、と呆れたように肩を竦めながら溜息をつくエマに「あら、そう?」と言ったステラは「まあ、いいわ」と言ってから、こう続けた。

「白井、アンタは暫くそこで休んでなさい。えーと、無線機は……っと」

 大の字に寝転がる白井の傍に膝を突いたままステラは腰回りを探ると、ピストル・ベルトに括り付けていたラジオ・ポーチから無線機を取り出した。巨大な電話機のような形をしたソイツはウォーキー・トーキーと呼ばれるタイプで、現代歩兵が一般的に持ち歩く通信装備の一つ。長い増設アンテナを付ければ長大な距離が離れていても本部と交信可能という、まさに優れものだ。

「――――本部、聞こえるかしら? レーヴェンス班、無事目標ポイントに到達したわ」

 その無線機を使い、ステラは本部――つまり、教官たちとの交信を図る。

『……本部、錦戸です。了解しました、怪我人は居ませんね?』

「強いて言うなら、馬鹿一人がへばってる程度ですかね。――――今からフレアを打ち上げますから、そちらでも確認を」

『了解しました』

 錦戸の了承する声が無線機から聞こえると、ステラは背負っていた雑嚢を地面に降ろし。開いたその中を探ると、中に入っていた信号拳銃を取り出した。

 中折れ式の銃身の根元から太い信号弾を叩き込み、折った銃身を元に戻してから撃鉄を立てる。それから信号拳銃を直上に掲げ、一切の躊躇無くステラはその引鉄を引いた。

 信号拳銃の銃口から飛び出したフレアが、勢いよく上空に飛び上がる。それから数秒後、無線機から聞こえてくるのは『……確認しました』という錦戸の声だ。

『おめでとうございます、一番乗りですよ?』

 そんな風に温和な声色で錦戸に言われれば、ステラは「ったわ!」なんてグッとガッツポーズを取ってみせる。その傍に腰を落としながら、エマも「やったね、僕らが一番乗りか」と嬉しげな顔を浮かべた。

『それでは、復路も十分に気を付けて。そこで休息を挟んで頂いても構いませんから』

「レーヴェンス班、了解しました。ホントなら今すぐにでも動きたいところですけど、馬鹿一匹がへばってるので、暫く休んでから帰ることにします」

「ば、馬鹿じゃねーし……」

 ボソッと呟く白井の言葉も聞こえたのか、錦戸は『ははは』と笑い、

『では、気を付けて。帰り道だからって、油断は禁物ですよ?』

 最後にそう言って、ステラたちとの交信を終えた。

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