Int.13:我が魂は金色の一刀、天下に丸に花菱の風が吹く②

「でえええいっ!!」

 周りを取り囲む連中が、その刀を振りかぶり一斉に二人に斬りかかってくる。

「ふっ…………!」

 次々と己へ向けて襲いかかってくる刃の群れを前にしても、しかし瀬那の顔は涼しいままだった。

 峰に返した己の刀で襲い来る刃を次々と払い除け、同時に斬り返す反撃の一撃を一閃、二閃と男たちに向けて叩き付ける。

 瀬那に斬り殴られた連中は、例えそれが峰打ちだとしても無傷では済まず。免許皆伝の腕前で振るわれる刀に身体のあちこちを何太刀も鋭く殴られた者たちは、例外なく手の中から己が刀を取り落とし、そのまま意識を彼方に飛ばして無為にその場へ倒れ伏していく。

「ちぇえええい!!!」

「む……!?」

 そうして三人、四人と一瞬の内に叩き伏せた瀬那の前へ、やたらと刀を振りかぶった大男が物凄い奇声を発しながら走り込んでくるのが、彼女の視界の端に映った。

(あの構え……さては)

 鮮やかな手際で五人目を斬り殴り、その大男の方へ向き直りながら、瀬那は目の前の男の独特な構えに見覚えがあることに気付いた。

「示現流、薩摩の者か! で、あるのならば……!」

 右手に刀をぶら下げながら、瀬那は突進してくるその男に正対する。

 相手が示現流の使い手であるのならば、真正面から受け流すのは却ってマズい。だとすれば、己が取るべき行動は――――。

「ちょおえええええいっっ!!」

 言葉にならぬ奇声を発しながら、突進してきたその大男は瀬那に向け、振り被ったその刀を大きく振り下ろした。

「――――」

 しかし、それでも瀬那は涼しい顔のまま。己に向け凄まじい勢いで振り下ろされる刃を前にしても、一切の恐怖を見せることは無く。スッと一歩横に踏み込んだかと思えば、降ってくるその刃をサッと半身を逸らすことで避けてしまった。

「ふん」

 勢い余ってそのまま瀬那の前を通り過ぎたその男の背中に、右手一本で瀬那は一太刀を浴びせた。更に左手を柄に添え、続けてダメ押しと言わんばかりに正眼から振り下ろすもう一太刀を浴びせてやれば、大男は意識を飛ばしてしまい。そのままの勢いを保ったまま、前のめりになって派手に倒れ伏した。

「ちょいいえええええいっ!!」

「ちゃいええええええおおおっ!!」

 しかし叩き伏せたと思うのも束の間、更に二人、三人と同じように言葉にならない物凄い奇声を発しながら瀬那の元へ突っ込んでくる。

 そちらの出身か、或いはその剣術に覚えがある者ばかりなのか。どちらにせよ、こんな連中が二人も三人も同時に掛かってこられては、流石の瀬那といえども多少の苦労は覚える。受けずに避けることは瀬那にとっては容易いことだが、しかしそれでも己の波長は乱されてしまう……!

「ちっ……!」

 軽く舌を打ちながら、瀬那は四太刀目をスッと避けて見せた。

「――――!」

 しかし、その一撃を避けられた男は、振り返りざまにもう一太刀を瀬那の方に向けて振るってくる。それも瀬那は更に飛び退くことで避けるが、その額には微かに汗が滲んでいた。

「流石に示現の者、厄介であるな……!」

 口ではそう呟く瀬那だったが、しかしその顔は未だに涼しいままを保っている。多少押されはしているが、しかしまだまだ余裕を感じさせる顔色だった。

「ちょええええいっ!!」

 ともしていれば、今度は二人がほぼ同時に瀬那の方に突っ込んでくる。

(好機――――!)

 そこに活路を見出した瀬那は、フッと小さく笑いながら己が刀を正眼に構えてみせた。

 物凄い奇声を上げながら、刀を振りかぶり男が突っ込んでくる。やがて目の前に大きく踏み込んできたその男が振り下ろす刀に対し――――瀬那は、ほんの僅かに身体を半歩ほど逸らすだけで、それを避けてみせた。

 ――――紙一重、本当に薄紙を一枚挟めるかといったほどの、本当に僅かな回避。結った尾が揺れて刃に触れてしまったのか、ほんの少し持って行かれた藍色の髪が闇夜の宙に舞う。

 …………しかし、瀬那はその涼しい顔を決して崩しはしない。

「ふっ――――!」

 一度その刀を振り下ろしてしまえば、男に出来るのは大きすぎる隙。男は刀を斬り返し二撃目を放とうとするが、しかしそれは相対する瀬那にとって、あまりにも遅すぎる行動だった。

 身を低くし、瀬那は避けた姿勢のままで男の懐に飛び込む。隙だらけな男の懐へすれ違うように刀を潜り込ませた瀬那は、そのまま男の胸か腹かといった所を斬り殴り、更にすれ違いざまにもう一撃、男の左肩口辺りに太刀を浴びせる。

 冷ややかな顔で刀を上段に構え直す瀬那の後ろで、意識を持って行かれた男が無残に倒れ伏す。

「ちぇえええい!!!」

 しかし、まだもう一人が残っている。倒れた仲間に目もくれず、やはり奇声を上げながら男が突っ込んできて、瀬那に向けてその刀を思い切り振り下ろしてみせた。

 ――――しかし、その程度で狼狽える瀬那では無かった。冷静に、無言のままに大きく一歩を踏み込んでその刃を避けてみせれば、横顔を晒すその男の顔面に向けて左から横一文字で一閃、そして返す刃で右方からもう一閃を叩き込んでやる。左手一本で刀を振り上げた格好で瀬那の動きが一瞬止まれば、男は折れた鼻から鼻血を噴き出しながら意識を失い、その場に倒れてしまう。

「ふふふ……」

 そして、霧香の方はといえば。瀬那がそんな具合に次々と叩き伏せている間に、既に倍近い人数を仕留めていた。

 いつもの調子で妙な笑みを小さく浮かべてみせる霧香だが、しかし瀬那のように容赦はしない。左手で逆手に握る短刀の刀身は既に血にまみれていて、足元には首や太腿、腕の裏といった致命的な位置を何ヶ所も斬り裂かれた死体が転がっていて。そこから流れ出す血のせいで、霧香の立つ周りは文字通り紅い海に変わり果てていた。

「――――」

 無言のままに、一瞬にして懐に飛び込んだ霧香は更に一人を斬り捨てる。傷口から飛んだ返り血が彼女の左頬に飛ぶが、しかし霧香は何の感慨も無く、無表情のままに右の手の甲でそれを拭い。更なる敵を屠らんと、また低く大地を蹴った。

「な、なんだこいつ……っ!?」

 そうして霧香が次々と斬り伏せていけば、そんな彼女に怯え完全に恐慌状態に陥った一人が、握り締める自分の刀を手の震えでガタガタと振るわせながらそんなことを口走る。

「……次は、そっち…………?」

 更にもう一人を斬り捨てた霧香が、そんな男の方にスッと横目の視線を寄せてみれば。底知れぬ闇の色を見え隠れするそんな彼女の瞳に完全に気圧けおされてしまったのか、「ひ、ひぃっ!」なんて情けない声を上げながら後ろにたたらを踏み、遂にその手から刀を滑り落としてしまう。

「ば、化け物め……っ!」

 そんな怯える男は、後ろに後ずさる足の裏で何か硬い物を踏んづけた。それが死んだ仲間の落とした自動拳銃だと気付くのに、数秒も要さない。

「畜生……っ!」

 慌ててそれを拾い上げた男は、震える両手で構えたそれの銃口を、霧香に向けて突き付けた。

「……ちっ」

 更に次の一人の首を両腕で手早くへし折りながら、それをチラリと見た霧香は小さく舌を打つ。男の構えたベレッタ・モデル92FSの自動拳銃が放つのは9mm口径パラベラム弾の豆鉄砲だが、しかし飛び道具を持たぬ霧香にとっては、十分な脅威だった。

 しかし――――霧香はそうやって一度舌を打つのみで、顔色は今まで通りの涼しい、起伏の無い無表情を変えていない。

「仕方ないね、アレを使うか……」

 聞こえないぐらいに、それこそ虫の羽音ぐらいに小さな声音でひとりごちた霧香は、その場から動かずに右手を懐にそっと這わせた。拳銃を構えるあの男に気付かれないように、しかし素早く。

「し、死ね……! この、化け物めっ!!」

 完全に恐慌状態に陥っている男は、世迷い言めいたそんなことを吐き捨てながら、拳銃の引鉄を引き絞ろうと右の人差し指に力を込める。

 ――――しかし。

「てってれー、ニンジャ秘密道具ー」

 そんな、あまりにも間の抜けた声が竹藪の生い茂る夜の森に響いたかと思えば。

「――――っはぁぁっ!!?!?」

 男は一瞬の内に何かを眼に掛けられたかと思えば、己の眼が焼けるように痛み出して。銃を撃つことも忘れ、地面に拳銃を叩き落としながら両目を手で覆うと、その場に膝を折ってしまった。

「ああああ! 眼が! 眼が焼ける! 焼けるっっ!!」

 怪鳥の叫び声にも似た物凄い悲鳴を、膝を折ったその男が上げる。地面に滑り落ちた拳銃がそれに同調するかのように暴発すれば、響き渡るのはコルダイト無煙火薬の虚しすぎる撃発音だった。

「ニンジャ百の秘密道具、その……どうしよっかな、二五番ぐらいでいいかな……。ま、いいや。目潰し卵ー」

 あまりにも間の抜けた独り言と共に、霧香の右手から滑り落ちていくのは、粉まみれになって砕けた卵の殻。霧香は事前にそこに詰め込んであった石灰やら唐辛子やらを男の眼に目掛けて投げつけることで、目潰しとしたのだ。

「あああああああ!!! 眼が、眼がああああ!!」

 尚も叫び喘ぎ続けるその男の元へ歩み寄り、霧香は無表情のままにそんな男の後頭部を足で踏みつけると、そのまま力任せに地面に叩き付けた。

「惜しかったね……。でも、方法は、悪くなかったよ」

 恐らくは男の耳には届いていないことだろうと思いながらも、しかし霧香は半分独り言のようにそう語り掛ける。語り掛けながら、左手に握る短刀の刃を、そっと男の首裏に沿わせる形で当てた。薄い肌の向こうで、微かに刃が骨に触れる感触が伝わってくる。

「でも、相手が悪かったね……。――――そういうことで、じゃーねー」

 ボソッとそう呟けば、霧香はその刃を縦一文字にスッと閃かせた。

 霧香が宛がっていた刃は一瞬の内に首の骨の隙間を縫うように食い込み、その向こうにある頸椎を真っ二つに両断した。

 中枢神経の全てが集まる頸椎を真っ二つにされたその男は、一瞬痙攣するとすぐに全身から力を抜けさせる。だらんとした身体は、その男が即死であることを暗黙の内に物語っていた。

「これで、こっちは全部……」

 そう独り言を呟きながら、霧香は瀬那の方に視線を流してみた。

「せぇいっ!」

 ともしていれば、瀬那の方も丁度最後の一人と相対していて。彼女は巧みな剣捌きで男の身体をもつれさせると、その男に向け二閃、三閃と峰打ちの鋭い一撃を振るい、またもその男の意識を吹き飛ばしている所だった。

「ふっ、他愛ない……。――――さて、残るは貴様だけであるな」

 倒れた男の身体を越え、刀片手に不敵な笑みを浮かべる瀬那が正対するのは、戦いの様子を遠巻きに眺めていた例の背広を着た小柄な男。全て配下の者に任せ、己は遠巻きに眺めているのみだったこの男だけが、今この場に瀬那たち二人以外に立つ最後の一人だった。

「ちぃっ、こんな手練れだとは、聞いてないですよ……!」

 完全に焦燥し切っているその男は、数歩後ろに下がりながら背広の懐より拳銃を抜いた。

 大柄なドイツ製のそれは、マウザー・C96自動拳銃だ。十九世紀末期の、二度の世界大戦を経験した名銃。しかし、今となっては随分と酔狂に思える程に古いアンティークめいた代物だった。

「ふふふ……! かくなる上は、私自らお相手致しましょう! さあ綾崎の! 神妙に覚悟致しなされ……!」

 更に何歩も後ろに下がって距離を取りながら、小柄の男は不気味な笑みを浮かべつつマウザーのボルトを引いた。撃鉄が起き、薬室に弾が装填されれば、後は引鉄さえ引けば、瀬那を撃ち貫かんと音速の弾頭が銃口から飛び出すのみ……!

「っ! 瀬那、下がって……!」

 流石に相手が拳銃を持ち出したともなれば、いつの間にか隣に立っていた霧香も血相を変えて前に一歩出て、瀬那を護らんとその身を盾にしてみせる。しかし瀬那は「い」と相変わらずの凛とした声音で言えば、その肩を押し戻して再び己が矢面に立つ。

「いやあ、銃という物は実に有意義な発明だと思いますよ? 如何に貴女様が剣の達人だといえども、素人の私が人差し指で引鉄を引けば、簡単に事は済んでしまうのですから」

「確かに、貴様の申すとおりだ。しかし白兵に於いて最後に物を言うのは剣の他に無いのもまた事実。そのことを知らぬ貴様程度の浅はかな者に、それを語る資格なぞ在りはせぬ」

 ドデカい拳銃を突き付けられ、銃口を目の前にしても尚、瀬那の態度は凛としたままで変わらない。そんな彼女の隣に立つ霧香は流石に切迫した面持ちだったが、しかし横目に流す瀬那の視線が、手出しは無用と言わんばかりに彼女を制している。

「はいはい、好きに仰っててください。どうせ貴女様はここで死ぬのですから、好きにほざけば良いのですよ」

 言いながら、男は下卑た笑みを浮かべると、遂にマウザーの引鉄に指を掛けた。

「死になさい、綾崎の!」

「ッ――――!!」

 その瞬間、瀬那は意図的に刀から離して開けていた右手を、何故か左腰に帯びる鞘に向けて動かした。

 閃く瀬那の右手は、鞘から小柄こづか――刀に往々にして付属することがある、ちょっとしたナイフのような平べったい小刀――をサッと抜き取れば、迷い無く目の前の小柄な男目掛けて、瀬那はその小柄を投げつける。

「ッッッ!?!?」

 ともすれば、男がマウザーの引鉄を引くよりも早く、宙を舞うその小柄は男に到達し。右手首の裏側、付け根辺りに深く小柄の刃をめり込ませられた男は強烈な痛みに喘ぎ、思わず手からマウザーを滑り落としてしまう。

 ひび割れたアスファルト敷きの地面に落ち、古いマウザーが虚しく暴発音を轟かせた瞬間――――もう、勝負は付いたも同然だった。

「はぁぁぁぁっ!!」

 満を持して刀の柄を両手に握り、下段に構えた瀬那が一気に男の懐へと飛び込んでいく。そうして逆袈裟に一閃、斬り返す刃で左から男の顔面目掛けて横薙ぎに、更に往復するように右からもう一度横薙ぎに峰に返した刃を払い、そしてもう一歩を更に踏み込めば、トドメと言わんばかりに左上方から袈裟掛けのキツい一撃を瀬那は男に見舞う。

「う、ぐ……!」

 瀬那の一撃を何度も受けながらも、しかし男は後ろに何歩もたたらを踏みこそすれど、薄く意識だけは健在だった。

 ――――しかし、それだけだ。

「――――霧香、成敗致せッ!!」

 そんな男の前に立つ瀬那が、堂々たる声音でそう告げてしまえば。

「承知……――――!!」

 瀬那の真横を疾風はやてのように駆け抜けた霧香が、更に何歩もたたらを踏むその男の懐に飛び込んで行き。逆手に持ったその短刀で男の胸や腹目掛けて一撃、更にもう一撃と閃かせる。

「ぐ、ぐおあああああ!!」

 さすれば、物凄い声を上げながら男は膝を折り。少しふっくらとした体格の小柄なその肢体をひざまずかせれば、そのまま力なく倒れ伏して絶命した。

「…………」

 男が倒れれば、この場に立つ者は瀬那と霧香を除き、誰一人として居なくなる。他は例外なく意識を飛ばすか、或いは血を流し息絶えた者ばかりで。竹藪の生い茂る夜の森に、再び静寂が舞い戻っていた。

「――…………」

 瀬那の元に駆け寄ってきた霧香が、血に濡れた短刀の刃を背中に隠しながら、無言のままに彼女の前へひざまずく。それに瀬那も黙って頷きながら、右手でぶら下げていた刀の刃を元の通りに裏返し、左手を添えつつ愛刀を鞘に収めてみせた。

 カチャン、と鞘と鍔が当たる音が小さく響けば、後に響く雑音は何も無く。吹き込む夜風に揺れる森の羽音だけが、そこには響いていた。

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