Int.11:少女二人、闇夜に忍び寄る影

 ――――その頃、士官学校の傍では。

「ごめんね? 二人まで付き合わせちゃって」

 すっかり暗くなった道を歩くエマがそう言えば、「気にするでない」と隣を歩く瀬那が言う。ちなみに彼女の傍には何故か付いて来た霧香も居て、エマの横にはステラの姿もある。こちらに関しては、最初から付いて来てくれとエマが誘ってあったのだが。

「こっち来てから、僕もステラも色々忙しくてバタバタしてたからね。買い物に行ってる暇も無かったから」

「まだ、エマはマシな方だわ」

 大げさに肩を竦めてみせながらそう言うのは、ステラだ。

「アタシなんて、さあ来ようとした矢先にFSA-15Eストライク・ヴァンガード積んだ輸送機がメカトラブル起こしちゃって。そのせいで入学式も、アタシだけ遅れちゃったのよ」

「……そういえば、ステラだけ一日、遅かったね…………」

「ホント、災難だったわ」

 返す霧香の言葉に、やはりステラは肩を竦めながらそう言ってみせる。

「あははは。それを思えば、予定通りに来られただけ僕はマシだったのかもね」

「全く、羨ましい限りだったわ。アタシなんてこっちに着いたの、入学式前日の夜よ、夜? ホント、勘弁して欲しいわね」

「輸送機のトラブルと申しておったが、それ以外に使える機は他に無かったのであるか?」

「無かったわね」歩きながらで問うてきた瀬那に、ステラは即答する。

「丁度、反攻作戦の準備があった時期だしね。他の機体も出ずっぱりで、アタシとFSA-15Eストライク・ヴァンガードの移動に使えるぐらい暇なC-5Mスーパー・ギャラクシーが、それ以外に無かったのよ」

「左様であったか……」

 頷きながら、瀬那は至極納得したように唸った。確かにそれならば、機体のトラブルでステラの編入があそこまで遅れたのにも納得がいくというものだ。

「その後も色々書類やったり、武闘大会もあったからね。ホント、僕ら二人が落ち着いたのってつい最近なんだ」

「交換留学生だからね、仕方ないっちゃ仕方ないんだけど」

 エマの言葉に相槌を打つステラに瀬那も頷きながら、「そうであったか」と言う。

「……それにしても、量、思ったより多かったね…………」

 そう言う霧香の視界の中で、エマもステラも両手に袋をぶら下げていて。また、彼女たちの分の一部を瀬那と霧香も少しだが肩代わりして、運ぶのを手伝っているといった具合だ。

「色々、要るものも多いからね。営内のPXじゃ揃わないのも多いし」

 エマがそう言えば、「ま、アンタたちが付いて来てくれたお陰で助かったわ」と続けてステラが言う。

「ホントにね。僕とステラだけだったら、多分二回は行かなきゃならなかったし」

「気にするでない。私は私がしたいから、こうしているだけのこと故な」

「困ったときは……なんとやらってね。ふふふ…………」

 いつもの調子で瀬那と霧香がそう言えば、エマも「ふふっ」と小さく笑い、

「今日は助かったし、それに久々に楽しかったよ。二人が良ければ、また付き合ってくれないかな?」

「無論だ」そんなエマの提案に、瀬那が即答する。続けて霧香も「ふっ、いいよ。暇なら、付き合う……」と、頷いた。

「なーんて言ってる内に、ホラ着いちゃったわよ」

 そんなことをステラに言われてみれば、確かに四人は既に士官学校の校門にまでいつの間にか辿り着いていた。どうやら話に夢中で、到着していたことにもすっかり気付かなかったらしい。

「えーと、確か二人も寮だっけ?」

「うむ」エマの問いに、頷いて肯定する瀬那。

「……そう、だね」

 ともすれば、霧香も続いてそれを肯定してみせる。

「んじゃ、二人とも行く先は同じってワケね」

「……ううん」

 ステラがそう言ってみるが、しかし意外にも首を横に振ったのは霧香だった。

「む?」怪訝に思い、彼女の方を向く瀬那。「どういうわけだ、霧香よ?」

「……ちょっと、瀬那と行くところ、思い出したから」

「わ、私とか?」

 当惑する瀬那に霧香が小さく頷けば、その後で軽く彼女は瀬那の方に視線を流してくる。二人に気取られない程度に浅く、そして鋭く豹変した目付きで。

「…………!」

 そんな霧香の目の色で、瀬那も彼女の意図を察し。小さく頷き返すことで、霧香に了承の意を告げた。

「――――ああ、済まぬな霧香。私もすっかり忘れてしまっていた。そういえば、この後其方と行くところがあったのだったな」

 ともすれば、表情を柔らかいものに変えた瀬那がそう、少しわざとらしいぐらいに取り繕うようなことを口走る。

「そういうわけだ、済まぬな二人とも。我らはここでおいとまさせて貰う」

「なら、仕方ないね。今日はありがとね? 付き合って貰っちゃって」

 二人の抱えた荷物をステラと共に受け取りながら、エマが今一度そんなことを言う。

「気にするでない。ではエマ、それにステラ」

「うん、また明日ね」

 最後にそう交わして、瀬那と霧香はエマたち二人と校門の前で別れた。

「じゃあエマ、アタシたちも帰りましょっか」

「うん」

「ったく、にしたって重いわね……」

「あはは……」

 士官学校に入っていく二人のそんな会話を背中越しに聞きながら、瀬那と霧香は彼女たちと真反対の方向へともう一度歩いて行く。

「――――して、霧香よ」

 遠く背中の向こうに士官学校を離れさせながら、顔付きを今までのものと一変させた瀬那が異様なまでにシリアスな声色でそう霧香に呼びかける。

「…………そういう、ことだから」

 そして霧香もまた、普段のふわふわとした掴み所の無い顔と声色から、何処か張り詰めたものへと変えつつ言葉を返す。

「やはり、ここから離れた方が」

「良い、だろうね。瀬那の詳細な居場所までを気取られるのは、あんまり良くないから」

「で、あるか」

 霧香の言葉を聞けば、そう言った瀬那は少しだけ唸り。そして歩きながら暫く考え込むような素振りを見せると、

「して、数は?」

「……詳しくは。でも、それなりに居る」

「ならば、距離を置いた方がいか……。――――それで霧香、場所の目処は?」

「おおよそ。……付いて来てくれれば、問題ない」

相分あいわかった。行く先は霧香、其方に任せる」

「…………御意」

 陽が落ち、暗く夜闇の支配した街の中を二人は歩いていく。まるで闇の中へ溶け込むように、その中へと敢えて自ら身を投じていくかのように…………。

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