Int.04:白と白、男の拳と交錯するは死神の剣か①

「弥勒寺くん、そっちじゃありませんよ」

「えっ?」

 白井と入れ違いに≪新月≫に乗り込もうとしていた一真を引き留めたのは、いつの間にか機体のすぐ傍に立っていた錦戸教官――――錦戸明美にしきど あけみ教官のそんな呼びかけだった。

「でも、砲撃訓練なら……」

「いえ、弥勒地くんはあっちに。君の≪閃電≫が用意してありますから」

 そう言われた一真が≪新月≫の胸に掛けられた梯子へ脚を掛けたままで錦戸の指し示す方を見れば、確かに演習場の隅の方、目立たないところに73式TAMS前線輸送トレーラーが止まっていて。その荷台ハンガーに横たわる形で固定されている純白の機体は、一真にとってあまりにも馴染みすぎた機体に相違なかった。

 JS-17F≪閃電≫・タイプF――――。

 西條教官から託された、彼女のパーソナル・カラーである純白に染め上げられたエース・カスタム機。そして今では武闘大会関係の成り行きの末、事実上一真の乗機となっているソイツが、何故だかそこに用意されていたのだ。

「た、タイプFをっスか?」

「ええ」頷く錦戸。「君は他の方々より実弾には慣れていらっしゃいますから、今更突撃機関砲の的当てをわざわざする必要も無いだろうということらしいです。詳しくは乗ってから、少佐――――こほん。西條教官に聞いてください」

 錦戸にそう指示されてしまえば、一真も「あ、はい。分かりました」と了承するしかなく。登りかけていた梯子からひょいと飛び降りると、指示された通り≪閃電≫の横たわるトレーラーの方に早足で向かう。

 73式トレーラーまで近づいた一真は慣れた調子で荷台へ、そして≪閃電≫の機体をよじ登っていく。そうして胸の辺りまで登れば、胸部装甲の一部にある小振りなパネルを開く。純白の装甲を跳ね上げて現れた簡素な操作盤のレヴァーを引き倒し、コクピットへの乗降ハッチを開かせた。

 パネルを雑に閉じた後で、一真は開いたハッチからコクピット・ブロックに飛び込む。シートに滑り込めば機体とパイロット・スーツとが非接触式コネクタで同期を開始し、数秒後には一真が頭に着けたヘッド・ギアから視界の中に各種情報が網膜投影で映し出され始める。

 それを確認した後で、一真は手早く機体の起動作業を行う。コクピット各種の計器や補助灯、それに正面にある大きなコントロール・パネルの液晶パネルに光が灯っていけば、続けて彼の周囲をぐるりと囲む半天周型シームレス・モニタが白一色に染まり、目を覚ます。

 ホワイト・アウトしているシームレス・モニタの中央に一瞬だけ"SENDEN-TYPE F"とメーカーロゴと共に現れれば、それが消えればモニタの景色がバッと変わる。白一色だったモニタの中に映し出され始めたのは色の濃い森と、入道雲の浮かぶ青空。嵐山演習場の景色を捉えた機体のカメラ越しに見える、外界の景色だ。

 UHF/VHF帯の通常無線機の動作チェックを行い、機体の核となる燃料電池のコンディションも良好であることを確かめる。機体の関節動作を司る各部の人工筋肉パッケージやサーボ・モーターも、問題なく稼働しているようだ。

 続けて、一真はHTDLC(高度戦術データリンク制御システム)を起動させた。戦術モードは幾つかあるが、特に指示は受けていないのでとりあえず演習用のプラクティス・モードで外部とのデータリンクを開始させる。トグル・スウィッチや液晶パネルを操作しながら起動作業を行う一真の手つきは淀みなく、慣れたものだ。

「起動手順、フェイズ60まで完了。セルフ・チェックも問題なし……。こちら弥勒寺、次の指示を請う」

『分かりました。それではデッキを起こしますから、それまで待機を。アーム固定解除のタイミングは弥勒寺くん、君に任せます』

 データリンク通信から聞こえてくる錦戸教官の声に「了解」と一真が短く返せば、すぐさま≪閃電≫が寝かされていたトレーラーの荷台が油圧仕掛けで起き上がり始める。

 八十度近くまで荷台が持ち上がれば、一真は一呼吸置いてから≪閃電≫を固定していた荷台のアームのロックを解除させた。枷を解かれた≪閃電≫の巨大な脚で一歩を踏み出し、純白の巨人を大地に立たせる。

『――――やあ、弥勒寺』

 ともしたタイミングで、次に通信を飛ばしてきたのは西條教官、西條舞依にしじょう まい教官だ。しかし視界の端に彼女の姿は無く。恐らくは指揮車両の中に籠もっていると思われるのだが、しかし網膜投影されるウィンドウには"SOUND ONLY"とだけしか表示されておらず、西條の姿は見えない。

『武闘大会であんだけ派手に暴れ回ったお前を、今更突撃機関砲程度の訓練だけで終わらせるのもアレだと思ってな。急遽、お前の今日の訓練内容は模範演武に変更させて貰ったよ』

「模範……演武…………?」

 頭の上に疑問符を浮かべる一真が反芻するみたいに呟けば、西條は『ああ』と言って、

『ちょっと前に、ステラと錦戸がやったような奴だ。アレをお前にもやって貰う』

 尤も、相手は錦戸の奴じゃないけれどね――――。

 そこまで言われて、初めて一真は「……ああ、そういうことっスか」と合点がいった顔を浮かべる。

『他の連中と距離が近いから、流れ弾の懸念は捨てきれん。だから、悪いが兵装は対艦刀と短刀に縛らせて貰う。勿論、短刀を投げるのも禁止だぞ?』

「ちぇっ、アレ禁止なのか……」

『あのねえ弥勒寺、アレホントはやって欲しくないんだよ。お前が知ってるか知らないかはさておくとして、近接格闘短刀ってのは単価がド高いんだ』

「そうなんすか?」

 とぼけた顔で一真が訊き返せば、『当たり前だ』と西條に即答される。今は通信越しだからアレだが、もし直に話していたのならば間違いなく頭をド突かれていただろうと思い、一真は小さく苦笑いをする。

『コストにして、対艦刀のおおよそ一・五倍から二倍近い。当たり前の話ではあるがね。超音波振動装置なんて手の込んだモノ仕込んであるし、それに短刀はTAMSにとって最後の砦だ。万が一にでも折れないよう、耐久性も鬼のように追求してあるからね』

「は、はあ……。だから、そうむやみやたらに投げるな、と?」

『そういうことだ』満足げな顔で西條が頷く。『投げるなとは言わないが、あまり頻繁にはやってくれるな。経理の連中が泣くぞ?』

「ははは……肝に銘じておきます」

『――――とにかく、今日のお前にやって貰うのは、そういう具合だ。一本でも二本でも構わん。対艦刀を受領した後、フィールドまで歩け』

「了解です、教官」

 了承の意を告げて、一真は≪閃電≫を歩き出させた。





 ――――そして、数分後。山を切り開き形成された広大に開けた演習場・平野フィールドの一帯の中に、対艦刀二本を腰部マウントに携えた≪閃電≫・タイプFが立っていた。

「…………」

 コクピット・シートに背中を預け、無言のままに待ち続ける一真の視界の中に、他の機体の姿はまるで無い。ここまでやって来たはいいが、西條には待機を告げられるのみで。そしてそのまま、暫くの間を一真はこうして無言のままに過ごしていた。

「……教官」

『ん? どうした弥勒寺』

「対戦相手、まだ来ないんですが」

 参った顔で一真がそう言えば、西條は『まあ、そう焦るな』とデータリンク通信越しに言って、

『せっかちな男は、嫌われるぞ?』

 なんて、あまりにも冗談めかしたことを言ってくる。

「はあ……」

 だからか、一真はそんな生返事のような言葉を返しつつ、辟易したみたいな溜息を小さくつく他に出来ることがない。

「っ……!」

 ――――そうしている最中、遂に機体の音感センサーがTAMSの足音を捉えた。

(来たか……!)

 一体、誰が相手になるのか。近づいてくる重々しい巨人の足音に期待を膨らませながら、一真がそちらの方に振り返れば。

「な……っ!?」

 ――――そこに現れていたのは、白い巨人だった。

 己の≪閃電≫と同じ純白に装甲を染め上げ、しかしその装甲は何処か傷だらけなその機体は。

 ああ、見紛うことがあるものか。雑誌や新聞の記事で幾度となく目にした、アレはその名を伝説に刻んだスーパー・エースが振るう唯一無二の白き剣に――――≪叢雲≫最初期型・JS-9Aのスペシャル・カスタム機に他ならない。

 伝説にその名を刻みつける、生ける伝説の巨人――――JS-9A/M.N≪叢雲・改≫に。伝説のスーパー・エース、西條舞依・元少佐が数多の戦場を共に駆け抜けてきたその機に、相違なかった。

「に、西條教官……っ!?」

『さあ? どうだかな――――?』

 絶句し、驚きのあまり声も出ない一真の明らかに狼狽したその反応に、しかし西條はほくそ笑むような声色でそう、呟いた。

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