Int.03:紅蓮の乙女、見通すその先に可能性を垣間見るか

『――――次、白井!』

『りょ、了解っ!』

 数時間後、嵐山演習場・平野フィールド。

 そこに立つ、オレンジ色の訓練機カラーで塗装された身長8mの巨人。人型機動兵器TAMS――――そのJST-1A≪新月≫のコクピットに乗り込んでいた白井は、データリンク通信から聞こえる西條教官の声に応えつつ、膝立ちになっていたその機体を立ち上がらせた。

 たどたどしい足取りで何歩か進み、そしてあるところで≪新月≫を立ち止まらせる。

『構え、突撃機関砲!』

 そんな西條の号令に従い、白井は自分の機体が右手マニピュレータに銃把を持つ、93式20mm突撃機関砲を≪新月≫に構えさせた。右手は銃把を握り、左手は前方のハンド・ガードを掴み機関砲を安定させている。

『――――よし、撃て!』

 号令に呼応するように、白井は右手で握る操縦桿のトリガーを引き絞る。それに連動して機体が持つ93式突撃機関砲も火を噴き、装填されていた20mm砲弾をチェーン駆動式の物凄い勢いで砲口から次々と吐き出し始めた。

 すると、前方200mほどの距離にある幾つかの標的に次々と風穴が穿たれる。その後ろで跳弾防止に盛られている、丘のようになっている盛り土は次々と着弾の土煙を上げていく。そのことが、今自分が撃っているのが紛れもない実弾だと確かなリアルを以て白井に知らしめ、自然と彼の緊張を引き締める。

 強烈な砲声を昼下がりの山の中に木霊させながら、白井の≪新月≫が持つ93式突撃機関砲はその砲口から絶え間なく20mm機関砲弾を吐き続ける。機関砲がチェーン駆動式の、いわゆるチェーン・ガンだからか弾詰まりも起こすことなく、恐ろしいぐらいスムーズに砲撃が続いていく。≪新月≫の足元には機関砲から吐き出された大量の空薬莢が、いつしか山のように積み重なっていた。

『そこまでだ、射撃中止!』

 それは、西條が止めの号令を告げるまで続いた。白井が操縦桿のトリガーから手を離すと、絶え間なく続いていた機関砲の砲撃も収まる。コクピット・ブロックを延々と揺さぶっていた砲撃の振動が収まると、白井は自然と小さく息をついていた。

「……うん、中々上手くなったじゃないアイツ」

 そんな白井の様子を遠くから眺めていたステラが、耳に着けたイヤー・マフ――ヘッドホンみたいな形の、大きな耳栓のようなもの――を外しながら、意外にも感心したような顔でそんなことを口走る。

「そうなのか? 俺には分からんが……」

 同じようにイヤー・マフを外しながら一真が訊けば、彼の隣でステラは「ええ」と頷き、

「狙いも正確だし、複数目標への切り替えも悪くないわ。20mmの豆鉄砲だから少し分かりにくいけどね」

「へえ……?」

「アキラは、射撃の方がセンスあるからね」

 そんなことを口走るのは、丁度一真とステラの間に立つような、一歩後ろに退いた位置に立っていたエマだ。

「僕もちょいちょい口出させて貰ってたけど、シミュレータをやる限りアキラ、格闘よりも砲撃戦の方が向いてる感じっぽかったし」

「意外だな、アイツがか」

「分かるわ、アタシも意外すぎてびっくりしたもの」

 ステラはそう言うと、次に「でもね」と言葉を続け、

「ヒトって、案外意外な所に意外な才能が眠ってるモノよ? これからアイツが何処まで伸びるか分かんないけど、少なくともまあ、アタシには教え甲斐のある相手ね、あの馬鹿は」

 そんなことをステラが続けて口走れば、後ろでエマがクスッとほんの少しだけ笑う。

「な、何がおかしいのよエマぁっ!?」

 カァッと頬を紅潮させながらステラが振り返れば、エマは「いやいや……」と半笑いで言い、

「何だかんだ言いつつ、君もアキラに期待してたんじゃないかって。そう思うと、ちょっとおかしくてね」

「お、おかしくなんかないわよぉっ!」

「ごめんごめん……。――――でもまあ、決して悪いことじゃないから。ステラにとっても、アキラにとってもさ」

 吹き出る笑いをやっと抑えたエマがそう言えば、ステラは「ふんっ」とそっぽを向き、

「か、勘違いするんじゃないわよっ!? アタシはあくまで、カズマ一本なんだからっ。アイツにはあくまで親切心で教えてやってるだけで、別にそういうんじゃないから。変な勘違いするんじゃないわよっ!」

「………ツンデレ?」

「ひゃぁっ!?」

 真横から飛んで来た第三者の声に驚いたステラが飛び退けば、「ふふふ」と妙な笑みを浮かべながらそこに立っていたのは。

「き、霧香ぁっ! 驚かせんじゃないわよ、もうっ!」

 そこにいつの間にやら立っていたのは、黒い髪を短くショートに切り揃えた格好の少女。一真と同じような85式パイロット・スーツに身を包みながら、万年無表情の顔に少しばかりの妙な表情を浮かべるのは、他ならぬ東谷霧香あずまや きりかに相違なかった。

「典型的、ツンデレ……。ひょっとして、あっちに乗り換え?」

「ち、違うって言ってんじゃないのっ! ホント違うから、真面目に違うから! 勘弁してよね、もうっ……!」

「瀬那にとっては、朗報……? でも、あっちはあんまりオススメ、出来ないかな……」

「だから、違うって言ってる! いい加減勘弁して頂戴よ、霧香ぁっ!」

 顔を真っ赤にしながら言うステラに対し、霧香は「ふふふ」と相も変わらず妙に涼しげな顔を浮かべたまま。しかしステラに関しては後半かなりマジなトーンで言っているので、本気で白井に関しては単なる親切心らしいことは一真にも伝わってくる。

「ふふふ……冗談冗談……。そんなに怒らない、怒らない……」

 流石にその辺りは霧香も察したのか、次に言ったのはそんな一言だった。

「怒るわよっ!」

「怒ると、小ジワが増えるよ……?」

「あーもう! アンタは三言ぐらい多いのよっ!」

 なんというか、あのステラでも霧香が相手ともなれば完全に手玉に取られている感じだ。まあ一真もヒトのことは言えないので、何も言えないどころか寧ろ同情すら抱いてしまうのだが。

(逆に、霧香が相手で上手うわてに立ち回れる奴なんて、存在するのか……?)

 そう思った途端、居ないだろうなと一真は速攻で結論づけた。この奇妙の塊みたいな霧香相手にそうそう上手いこと立ち回れる人間など、存在するとは思えない。

「でも、アキラは多分後衛が似合いそうだね。狙撃砲とか合うんじゃないのかな?」

「狙撃砲か……」

 エマの言葉を聞き、反芻するように呟く一真。それにエマが「日本の奴って、どんなのだったっけ?」と訊いてくるから、ここぞと言わんばかりに一真はこう答えた。

「ん? ……思い付くとすれば、81式かな」

「へえ?」興味を示すエマ。

「どんなのかな、それって」

 そんな訊き方をされれば、一真のマニア心に火が付いてしまう。こういう時こそミリタリー・マニアの本領発揮という奴だろう。こういった人種は、純粋な質問にやたらと答えたくなってしまうのが世の常という奴なのだ……。

「81式140mm狙撃滑腔砲って奴だ。長い砲身に長距離狙撃用の高精度スコープ、接地させて安定させる為の二脚バイポッドなんかが付いてる大がかりな代物だね。140mmって言うと93式グレネイド・ランチャーの130mmグレネイド弾と変わらないように聞こえるけど、炸薬量も何もかも桁違いすぎるから、威力の面ではこっちの方が断然上かな」

「ふーん……? 日本の狙撃砲って、そんなのなんだ」

 興味ありげといった風に相槌を打つエマ。そんな彼女がどうにも聞き上手というか何というか、とにかくそんな感じなので一真もどんどん奥の方まで話したくなってしまうが、そこはグッと堪える。これ以上を説明したところで、無意味だろう。

「後は、この間の武闘大会で僕が相手にしたが使ってた奴もいいかもね。なんだっけ、アレ?」

「93A式か?」

 エマに訊かれた一真がそう答えれば、「そうそう、それそれ」とエマがうんうんと頷く。

 確かに、93A式20mm狙撃機関砲も良いかもしれない。もし白井が本当に射撃センスがあるというのなら、アレを十分に活用できるだろう。

「はいはい、お話はそこまで。――――ホラ、馬鹿が帰ってくるわよ」

 そうステラに言われて視線をフィールドの方に戻してみれば、突撃機関砲の弾倉を入れ替えた白井の≪新月≫が元の位置に戻り、膝を突きコクピットの乗降ハッチを開ける光景が飛び込んで来た。

「カズマ、次ってアンタの番じゃない?」

「ん? あ、そうだったな」

 ステラに言われ、一真は傍らに置いていたヘッド・ギアを拾い上げ、戻ってきた≪新月≫の方に視線を向ける。

「行ってらっしゃい、カズマ」

「……上手くやるんだよ、ふふふ…………」

 エマと霧香の二人にそう見送られながら、一真は「んじゃま、行ってくるわ」と後ろ手に振りながら歩き出した。

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