Int.16:神託の巫女、その才覚や如何とすべきか②

「――――ふむ、オペレータ部門への転向か」

 校舎二階、昼休みの談話室。目の前のソファに座り相も変わらずマールボロ・ライトの煙草を吹かす西條に向かって、一真は「はい」と頷いた。

「お前、正気か?」

 すると西條が、至極呆れた顔でそう言ってくる。一真は「ちっ、違いますよ!」と慌てて言葉を補い、

「俺じゃなくて、美弥の話ですから」

「壬生谷の?」

「はい」もう一度、一真は頷いた。

「正直に言って、アイツのパイロット適性はどうなんですか」

 そう訊けば、西條は苦い顔を浮かべて深い溜息をつく。暫く押し黙った後で漸く口を開くが、その内容は決して好意的なものではなかった。

「…………正直言って、絶望的だ。あそこまでセンスのない奴も、ある意味珍しい」

「ですよね、分かってました」

「弥勒寺、まさかアイツをオペレータ部門に?」

 はい、と一真はその言葉を肯定する。

「そういう戦術統制というか、何て言ったらいいか分かんないですけど、とにかく後方職ならやっていけると思います、アイツ」

「して、その根拠は?」

「洞察力と作戦立案能力、ですかね」

「ほう? 詳しく聞かせたまえ」

 西條が興味を持ち始めたのを好気と捉え、一真は対・ステラ戦での美弥の動き、そして今現状で対・エマ戦の為に彼女がどう動いているかを簡潔に説明した。

「……ふむ」

 一通りの話を聞き終え、西條は思い悩むように短く唸る。

「確かに、一理ある」

「分かって貰えたのなら、なによりです」

 しかし西條は「だが」と言って、

「あくまで、今の私はお前からの又聞きに過ぎない。私が直に見て、判断して、それから検討に入る」

「部門転向自体は、可能なんですか?」

「肯定だ」頷く西條。

「とはいえ、今の時期からだとかなりの補習を受ける羽目になる。ひょっとすると、夏休みも食われるかもな」

「そうですか……」

「ま、とにかく私の方でも色々と注意してみるよ。ただ、最後に決めるのは壬生谷本人の意志だ。お前の進言はありがたいが、最後はアイツ自身が決める」

「分かってます」

 そう言う一真は、しかし美弥が戦術オペレータに向いていることを半ば確信していた。あの洞察力に言葉での統率力、更に戦術的思考は並大抵じゃない。TAMSパイロットとしては頼れないが、戦術オペレータとしての美弥になら、一真も安心して背中を預けられるというものだ。

「とにかく、俺から言いたかったのはそんな具合です。後のことは、教官」

「ああ、任せたまえ。……正直言って、壬生谷の処遇はどうしたものか、教官会議でも議題に上がっていたぐらいだ。そういう中でのお前の進言、素直に助かるよ。よく声を掛けてくれたな、弥勒寺」

「いえ、そんな俺は……」

「謙遜するな」短くなった煙草を灰皿に押し付けつつ、ニッと小さく笑った西條が言葉を遮る。

「しかし瀬那といい、東谷といい、ステラといい。弥勒寺よ、お前の周りには妙な奴ばかりが集まるな」

「ははは……我ながらそう思います」

 ――――本当に、冷静に考えれば自分の周りに居るのは癖のある奴ばかりだ。

 瀬那や霧香は言わずもがな、白井は馬鹿だがムードメイカーとしては一流だ。美弥は隠れた才能を持っていたし、交換留学生のステラにエマは敢えて言葉にする必要も無いだろう。

 そんな連中ばかりが、自分の周りには集まってくる。そう考えてみれば、一真が思わず独りで苦笑いを浮かべてしまうのも必定だ。

「ま、人間ちょっと変な奴ぐらいの方が面白いってもんだ」

 フッと笑いながら新しい煙草にジッポーで火を付けた西條は立ち上がると、「ほら、昼休みは短いんだ。さっさと阿呆どもの所に戻るといい」と言って一真に出て行くよう催促する。

「おっと、忘れてた……。それじゃあ教官、後のことは」

「任せたまえ、壬生谷は決して悪いようにはしない。――――あ、そうだ弥勒寺」

「はい?」談話室のドアノブに手を掛け、今にも出て行きそうだった一真が西條に呼び止められる。

「放課後、ここに来るよう壬生谷に言っておいてくれ」

 一真はそれに「分かりました」と了承の意を告げると、今度こそ談話室を出て行った。

「オペレータ部門への転向、か……」

 彼が出て行った後、談話室に独り残された西條は再びドカッとソファに座り直すと、天井を見据えながら参ったような語気でひとりごちる。

「全く、随分と骨の折れることを言ってくれる、アイツは……」

 だが、選択肢としては大いにアリだ。もし本当に美弥に才能があるのだとしたら、それを生かさずして何が教官か。

「しゃーない、出来る限りのコトはしよう」

 ――――全く、教官ってのもラクじゃない。

 胸の奥でそんなことを呟きながら、西條は指で摘まむ煙草の灰を灰皿に落とす。ゆらゆらと立ち上る紫煙が、独特の匂いと共に霧散していく。

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