Int.13:二人目の来訪者、巴里より愛を込めて⑧

「…………」

 樹海のように数多のビルが並び立つビル街――――を模した市街地フィールド。片側三車線の道路が交差する交差点のド真ん中に仁王立ちする灰色の機体、市街地迷彩を施された仏軍TAMSのEFA-22Ex≪シュペール・ミラージュ≫のコクピットで、エマ・アジャーニは独り瞼を閉じ己が内側に意識を集中させていた。

 己の身体を預けるコクピット・シート、その周囲に広がるシームレス・モニタに映し出される外界のド真ん中に、自機と同じような巨人の姿がある。対戦相手であるB組のクラス代表が乗り込む機体だ。灰色をしたアレは確か日本製で、名前は≪叢雲≫とかいうはずだ。

 無論、その姿は瞼を閉じているエマに見えているワケがない。あくまで先程、ここに来るまでに知ったまでのことだ。今のエマが視るのは瞼の裏側、そしてその奥に潜む己自身に他ならない。

 闘いに臨む前、エマにはこうして集中する癖があった。こうすることで雑念を振り払い、精神を研ぎ澄ますことが出来る。何もかもを忘れ、目の前の敵を討ち倒すことのみに己の全てを捧げられるのだ。無数の戦いを経た果てに見出した、彼女だけの最適解とでも言うのだろうか。

『シエラ1、オスカー1、マスターアーム・オン。テンカウントで試合開始』

「オスカー1よりCP、了解」

 無線越しに聞こえる管制センターからの指示に頷き、エマは閉じていた瞼を開いた。正面コントロール・パネルに生えるトグル式のマスターアーム・スウィッチを安全位置のSAFEから、安全解除のARMへと指で弾く。

 パイロット・スーツのグローブに包まれた両手で、左右から生える操縦桿を握り締める。コイツの扱いにももう慣れたものだ。何もかもに慣れすぎた。TAMSの扱いも、戦い方にも、何もかもに……。

『ファイヴ・カウント』

 しかし、今はそんな雑念に構う暇はない。今の己に課せられた役目はただ一つ。目の前に立つ標的を撃破してみせることだけだ。B組を背負い立ち、ここまで勝ち残ってきた彼女には悪いが、しかしエマは負けられない。負けられないだけの理由も、出来てしまった。

『――――試合開始』

 そして、試合の火蓋が切って落とされる。エマ・アジャーニと一体になった愛機≪シュペール・ミラージュ≫が地を蹴り、試合の様相は開始一秒にも満たない間に激変しようとしていた。





「始まったな、試合」

「うむ」

 一方、簡易格納庫内の観戦スペース。試合の行われている市街地フィールド内のライブ映像を映し出すモニタの前に二人並び立ちながら、一真と瀬那は試合の様相を見守っていた。

「ステラの時もそうであったが、兵装は国防軍の物を使うのだな」

 瀬那の言う通り、B組の≪叢雲≫はさておきエマの≪シュペール・ミラージュ≫も、同じように国防軍のTAMS用兵装を手や背部マウントに携えている。≪シュペール・ミラージュ≫は右手マニピュレータに一挺、93B式20mm支援重機関砲――93式突撃機関砲を組み替えた物の一つで、アンダーマウントを廃し砲身を長く分厚い物にし、ドラム形状の大容量ガンナー・マガジンを装備した制圧射撃支援用カスタム・モデルだけを持っていた。空いた左手のマニピュレータは重機関砲に添えられ、それを支えているのみだ。

 他には強いて言えば、右腰に一真も好む88式75mm突撃散弾砲、左腰に73式対艦刀をマウントしているぐらいだ。背中のマウントには重機関砲用ガンナー・マガジンの予備が二つほど左側のマウントに括り付けられているのみで、右側に至っては何も背負っていない始末だった。

「まあ補給の問題もあるし、TAMSの兵装はユニバーサル規格で何処のでも使えるんだから、わざわざ自分とこの持ってくる意味も無いんじゃないか?」

「それにしても、随分と軽装であるな彼奴あやつは。あの程度で大丈夫なのであろうか」

「大丈夫じゃないかな」しかし一真は、微妙な顔を浮かべる瀬那とは裏腹にそう即答した。

「容量のデカいガンナー・マガジンを合計三つも抱えてるワケだし、手数は申し分無い。それにイザとなれば散弾砲も対艦刀もあるわけだし、たった一機相手なら寧ろ丁度良いんじゃないか? デッド・ウェイトになりやすい予備兵装が少ないワケだから、寧ろ軽くて良いかもしれん」

「ううむ、中々に奥が深いものなのだな」

 一真の言葉に、瀬那が感心したようにうんうんと頷く。

「兵装選択は前衛か後衛か、役割に寄るところもあるけれど、究極はそれぞれの好みだからさ。だから多分、エマにとってはアレが最適解の一つなんじゃないのか?」

「参考にさせて貰うとしよう」

 二人がそう言葉を交わしている間にも、試合は進んでいく。

 エマの≪シュペール・ミラージュ≫は試合開始と同時に短噴射して距離を取ったのみで、それ以降はスラスタを使わず直接走って街の中を道沿いに駆け巡っている。対するB組代表の≪叢雲≫は闇雲にスラスタを吹かしまくって≪シュペール・ミラージュ≫の背中を追いかけるが、しかし時折ビルの陰に身を潜めながら重機関砲を撃ちまくるエマの苛烈な制圧射撃のせいで思うように距離を詰められず、≪叢雲≫は一定の距離を保たされたままで防戦一方になっていた。

「……中々にやるではないか、彼奴あやつ

「だな」感心した瀬那の独り言に、一真も同意する。「狭い市街地でアレはキツいぜ。わざわざ重機関砲を選んだのは、こういうワケだったか」

 先日一真がステラと戦った平原フィールドと違い、ここ市街地フィールドは複雑に入り組んだ市街地を模した構造になっている。それ故に交戦レンジも自由に動ける場所も限られていて、距離も近い為に身動きも取りづらい。そんな面倒なフィールドの中で、エマの持つあの重機関砲は脅威以外の何物でもないだろう。カートリッジ交換の隙もなく襲いかかる苛烈な20mmペイント砲弾の豪雨に、≪叢雲≫に乗り込むB組の代表パイロットは混乱しているに違いない。

 しかし、幾ら大容量マガジンといえいつかは弾が切れるもの。ガンナー・マガジンが底を尽き重機関砲が動きを止めると、『チッ』という微かなエマの舌打ちが聞こえてくる。

『やぁぁぁぁっ!!』

 その隙を好気と見たのか、B組の≪叢雲≫は満を持してビルの陰から飛び出し、背中のメイン・スラスタを全開出力で吹かしながら、片側三車線の道路の上を滑るようにして一気にエマの方へと突撃を敢行する。砲撃戦では勝ち目がないと見たのか既に両手の突撃機関砲は姿を消し、代わりに両手で握り下段に構えた73式対艦刀一本のみが≪叢雲≫の手の中にある。

(良い判断だ。重機関砲を持つエマ相手に、突撃機関砲程度では分が悪すぎるからな)

 ――――しかし、それでもエマとは格が違いすぎる。

『うわぁぁぁぁっ!!』

 突撃する≪叢雲≫は、完全にその射程圏内に≪シュペール・ミラージュ≫の姿を捉えていた。

 ――――だが。

『チッ、少しはやる……!』

 エマは独り呟くと、左手一本で重機関砲のハンドガードを引っ掴ませつつ、フリーになった右手のマニピュレータを腰に走らせた。

 引っ掴む銃把は、88式75mm突撃散弾砲。マウントのロックを解放し引っ張り上げたソイツを、右腕一本で目の前の≪叢雲≫に突き付ける。

『やっば……!!』

 予想外の対応に≪叢雲≫のパイロットは慌てて横方向への短噴射をし回避しようと試みるが、

『遅い――――!』

 小さく笑ったエマが操縦桿のトリガーを引き絞る方が、僅かに早い。

 突撃散弾砲の砲口で激しい閃光が瞬けば、ダブルオー・キャニスターのペイント仕様散弾がライフリングの無いスムーズ・ボアの砲身から飛び出していく。

 結果だけを言えば、≪叢雲≫は寸でのところでそれを回避することが出来た。だが完全に回避することは出来ず、右肩装甲にペイント散弾を数発喰らってしまう。破壊判定を喰らう程ではないが、しかしパイロットの彼女を動揺させるには十分すぎた。

 今の内にと言わんばかりにエマはスラスタに逆噴射を掛け、後ろっ飛びに大地を蹴って一気に距離を離す。その間にも突撃散弾砲を撃ちまくるが、ビルの陰に隠れた≪叢雲≫には当たらない。とはいえ牽制の効果は十分にあり、≪叢雲≫はそれ以上距離を詰められなかった。

 再び距離が離れ、≪シュペール・ミラージュ≫は一度着地しビルの陰に身を潜めると、突撃散弾砲のカートリッジを交換する。これは観戦する瀬那や一真には分からぬことであったが、装填したカートリッジはダブルオー・キャニスターでなく、HEAT-MPスラッグ弾が装填された物だ。成形炸薬弾と呼ばれる化学エネルギー弾だが、尤も形状だけを模したペイント砲弾だ。しかしその威力は両機のデータリンクにより再現されている為、こうした模擬戦でも効果は再現される。

 カートリッジを入れ替えた突撃散弾砲を今一度腰のマウントに収めれば、エマは今まで左手に持たせていた重機関砲を右手マニピュレータに持ち直す。空のカートリッジを足元に落とし、背部左側マウントを持ち上げつつそこから左手で新しいガンナー・マガジンを引っ張り出せば、ソイツを重機関砲に叩き込んだ。

『さて……』

 ビルの陰から機体の顔を出し、エマが相手の出方を伺う。ともすれば向こう側からペイント砲弾が飛んできて、≪シュペール・ミラージュ≫が顔を出したすぐ近くのビルの壁をピンク色の塗料が汚した。

『おっと、危ない危ない』

 顔を引っ込めるエマ機。砲弾が飛んできた砲口と音感センサーなどを駆使し、エマは今の一発で敵の位置を大まかに把握していた。

 奴は未だに、先程取り逃がした辺りに隠れているようだ。使ったのは恐らく93A式20mm狙撃機関砲だろう。エマの93B式重機関砲と同じく93式突撃機関砲のバリエーションで、砲身を長くしセンサーを増設、更に長距離レンジの狙撃スコープを積んでいる中距離狙撃支援カスタムだ。

『厄介だな……』

 エマはひとりごちた。こちらにあるのは割と近接レンジでの兵装ばかりだから、狙撃機関砲が相手となると少し面倒になる。今の精度を見るに、相手はそこそこ射撃の腕に自信があるのだろう。

 だが、今の一撃を外したのは多分彼女にとってかなりの痛手だと、エマは内心で思っていた。万が一今の一撃をモロに頭部へ喰らっていたら、メイン・モニタや各種センサが破壊判定を喰らってお釈迦になっていただろう。勿論それでも負ける気は無いが、しかし相手にとってかなり有利な状況に持ち込めていたには違いない。

 だから、そこが彼女にとっての最大のミスであり、不運だろう。相手の手札を把握してしまえば、エマには幾らでも対応のしようがある。

『さてさて、ならばこちらも動くとしようか』

 また独り言を呟くと、エマはビルの陰から重機関砲を敵が居ると思われるおおよその方向に見当を付け、当てずっぽうに撃ちまくり始めた。

 撃ちながら、徒歩で交差点を越え対面に移動する。ダメ押しと言わんばかりにガンナー・マガジンの容量の半分ぐらいを撃ち込んだ後でエマは重機関砲を地面に置くと、再び右腰の突撃散弾砲を手に取った。

 左手に銃把を持ち直し、ビルの陰から半身だけを乗り出した格好で構える。このレンジならHEAT-MPスラッグ弾であれば届くだろう。精度の程は何とも言えない所があるが、しかし狙えない距離じゃない。

『……来た』

 少しの間待っていると、≪叢雲≫の姿が丁度エマの対角線上にあるビルの陰から見えた。エマの予想通り、彼女と同じように≪叢雲≫もまた隙を見て真反対へと移動していたらしい。エマの虚を突く腹づもりだったのだろうが、それは予測済みだ。

『さて、お遊びはこの辺で終わりにしよう』

 スッと物陰から突き出てきた狙撃機関砲へ向け――――エマは、突撃散弾砲を発砲した。

 飛び出したHEAT-MPスラッグ弾頭――を模したペイント弾が一秒にも満たない内に着弾し、≪叢雲≫の構えていた93A式狙撃機関砲の砲身をピンク色の塗料で汚す。

『きゃぁっ!?』

 観戦する一真たちに小さな悲鳴が聞こえてきたかと思えば、≪叢雲≫はその狙撃機関砲を地面に取り落としていた。破壊判定を喰らって使用不可能になったのは、最早言うまでもない。

 エマはそれからも二発、三発とHEAT-MPスラッグを撃ち込むが、流石に不意打ちで無い限り向こうも上手い具合に身を隠しそれから難を逃れる。伊達にクラス代表を張っているというわけではないらしい。

「……一真よ、この戦い」

 瀬那の呟きに、一真が「ああ」と頷く。

「こりゃあ、間違いなくエマの勝ちだな。何もかもが上手過ぎる」

「うむ。彼奴あやつの方が全てに於いて上を行っておる。可哀想なことではあるが、元よりエマを相手に勝ち目は無かったであろうな」

 それにしても、突撃散弾砲の使い方には目を見張る所がある。あくまでも補助兵装ということにしつつ、しかしここぞと言うときには的確な使い方をしてみせる……。

 これは参考にすべきだな、と一真は胸の内でエマに感心していた。そして、自分の未熟さすらをも思い知らされる。

(アイツに比べたら……俺もまだまだだ。ステラに勝てたのが、不思議なぐらいに)

 本当に、ステラに勝てたことが今となっては不思議で仕方ない。今のエマの戦い方は本当に洗練されていて、自分とは大違いだ。アレに比べれば自分の戦い方はまるで汚く、荒削りにしか思えない。

(俺は、本当にアイツに勝てるのか?)

 ――――いや、勝つ。勝ってみせる。

 相手の強さはよく分かった。なら、出来る限りの対策を取るまでだ。ここまで来たのならば優勝を狙うのが当然というもの。目の前にエマ・アジャーニというドデカい壁が立ちはだかるというのなら、一真にとってやるべきコトはただ一つ。それを己の拳で打ち壊すことのみだ。

「……! 動いたぞ」

 とした内に瀬那が呟き、一真も目の前のモニタに意識を戻す。

 一真が意識を逸らしている内にエマの≪シュペール・ミラージュ≫は重機関砲で制圧射撃をしつつ、≪叢雲≫までの距離を詰めていた。既に突撃散弾砲は撃ち尽くしたらしく、投棄されている。それにどうやら重機関砲の方も最後のガンナー・マガジンらしく、背中のマウントには最早何一つとして残っていない。

『ああ、もう! 来ないで、来ないでってばぁっ!!』

 錯乱したように叫びながら、≪叢雲≫のパイロットは最後に残された93式20mm突撃機関砲を迫り来る≪シュペール・ミラージュ≫向けて撃ちまくる。しかしその狙いは滅茶苦茶で、徒歩ながら上手い具合に立ち回る≪シュペール・ミラージュ≫の装甲には擦りもしない。

『悪いね、それは出来ない相談だ』

 未だ冷静さを保つ声でエマが冷ややかに呟けば、丁度その頃に重機関砲は弾を切らした。

『う、うわぁぁぁぁっ!!』

 それを最後のチャンスと判断した≪叢雲≫は突撃機関砲を投げ捨て、再び対艦刀を抜刀すると上段に振り被りながら、無防備を晒す≪シュペール・ミラージュ≫向けて駆け込んでくる。

『ふっ……』

 しかし、エマはこんな状況下に於いても、薄く浮かべたその笑みを崩してはいなかった。

 銃把から手を離し、足元に落下していく93B式支援重機関砲。そして、右手が左腰に走ったかと思えば――――。

『えっ……?』

 対艦刀を振りかぶっていた≪叢雲≫の両手が――――力なく、垂れ下がった。

 手の中から滑り落ち、無残に地面へと突き刺さる≪叢雲≫の対艦刀。何が起こったかまるで理解できていないパイロットの少女は『えっ、えっ?』と混乱した顔で操縦桿をガチャガチャと動かすが、しかし力なく垂れ下がった両手はうんともすんとも言わない。

『ちょっと、動いて、動いてよっ!!』

 そんな≪叢雲≫の後ろで、≪シュペール・ミラージュ≫が右手で振り抜いていた対艦刀の刃を軽く払った。

『無駄だよ。今の一撃で、君の両腕は頂いた』

 フッと小さく笑みを浮かべながら、向き直るエマが冷ややかにそう告げる。

 ――――そう、今の一瞬でエマは抜刀斬りを≪叢雲≫の両腕に見舞ったのだ。踏み込む一閃はあまりに早く、一真も一瞬眼が追いつかなかった程だ。

『嘘、ちょっと、やめてよ。やめてったら! 動いて、動いてよっ! 私、こんな所で負けたくない! 負けたくないのに!』

 涙目になりながら機体を動かそうとする≪叢雲≫のパイロットだったが、しかしエマは無情にもその刃を片腕で振り被る。

『残念だけれど、君はここまでだ。よくやったと思うよ、割と楽しい試合だった』

『やめて、やめて……!』

『――――これで、終わりだ』

 ≪シュペール・ミラージュ≫が一歩踏み込み、振り上げたその対艦刀で≪叢雲≫の腰を薙ぐ。

「……終わったな」

 腕組みをしその様子を観戦していた瀬那がそう呟けば、

『――――試合終了。シエラ1に撃墜判定。オスカー1は未だ健在。

 ――――――勝者、エマ・アジャーニ』

 膝を折り崩れ落ちる≪叢雲≫を見下ろす≪シュペール・ミラージュ≫に、管制センターからの勝利宣言が告げられた。

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