Int.09:二人目の来訪者、巴里より愛を込めて④
「――――というわけで、お邪魔してます。僕はエマ・アジャーニ。一応、C組のクラス代表張らせて貰ってます」
所変わって食堂棟の一階、窓際の六人掛けテーブル。白井以下ザッと揃った面々に向け、少しばかり困惑しつつエマがそう挨拶をした。ちなみに彼女は、そこいらの空席から白井が強奪してきた椅子に座っている。
「よっ、大統領!」
とまあ意味不明な掛け声を真っ先に上げたのは、案の定というべきか白井だ。言葉の意味はさておき堅苦しかった空気は白井の一言で綻んできたから、やはりムードメイカーとしてのこの男は侮れない。
「あはは……大統領って……」
「ってえことで! 折角エマちゃんがこうして来てくれたことだし、まずはざっと自己紹介と行こうじゃありませんか皆々様方!」
といった具合に音頭を取り、白井が真っ先に自己紹介を始めた。
「まず一番槍は勿論この俺様! 俺は白井彰、射手座のO型でカノジョは絶賛募集中! 俺のコトはアキラくんって呼んでくれると嬉しいぜっ!」
「あ、この馬鹿は白井でいいわよ。何なら駄犬でもバカ犬でも」
「ステラちゃんったら相変わらず辛辣ゥー!!」
「うるさい」
ドゴォ、といつもの調子でステラにテーブルの下で脚を蹴り飛ばされ、「おうふっ」と妙な声を上げながら膝を折った白井が椅子に崩れ落ち、そのままバタッと死んだようにテーブルに伏せる。
「ちょっ、大丈夫かいアキラくん!?」
しかし何が起こったか分からぬエマといえば、割と真面目な顔で白井を気遣う。それに白井は「ふふはは……」と妙な笑い声を上げながら顔だけを上げると、小さく掲げた手で親指を起こしサムズアップ。
「ありがとよエマちゃん……下の名前で呼んでくれるなんて、俺ぁ嬉しいぜ……」
「だ、だって君がそう呼べって僕に言ったんじゃないか。……それよりアキラ、大丈夫なの?」
「へへへ……これぐらい屁でもねえぜ……」
「んじゃあ遠慮無くもう一発」
「ヌッヘアァッ!!」
下手に口を滑らしたものだから無慈悲なステラの追撃を喰らい、今度こそ白井が崩れ落ちる。それを見たエマが「アキラぁぁー!?」と真に受けて叫んでいるが、まあこれ以上は気にしないことにしよう。
「あっ、私の番ですねっ! 私は壬生谷美弥、上でも下でも、どっちでも好きな方で呼んでくれていいですよっ!」
次に名乗ったのは美弥だ。エマも「ふふっ」と小さく笑って「美弥ちゃん、よろしくね。しかし、小っちゃくて可愛いねえ君は」なんて頬を綻ばせている。
「ふーん? エマったら、もしかしてソッチの気が?」
「ちっ、違うよステラ、誤解だ。僕はあくまで美弥ちゃんをこう、小動物的な可愛さというか、そんな感じで」
「分かってる分かってる、冗談だって。アンタはそうすぐ真に受けるんだから」
悪戯っぽく笑うステラに「もう、ステラの冗談は分かりにくいんだよお……」なんて溜息混じりにエマが一言小さく漏らす。
「さて、次は霧香ね」
「……ん。東谷霧香、よろしく…………」
そして最後は霧香だ。いつもの感情の起伏が読めない無表情でボソッと言うと、それっきりで自己紹介を終える。
「よろしく、霧香。君は割とクールなタイプなんだね」
「ふっ……かもね…………」
エマの言葉に、何故かほくそ笑むように笑う霧香。それにエマは「あははは……」と困ったように苦笑いしているが、まあ少なくとも悪い印象は与えてないんだろう。多分、いやきっと。
「ま、こんなところかしら。アタシは今更だし、カズマはさておき瀬那ももう終わってるんだっけ?」
「うむ」腕組みをしたまま今までコトの推移を黙って見守っていた瀬那が、ステラに呼びかけられてやっと反応する。
「じゃあまあ、これで通過儀礼は終わりっと。んじゃま、さっさとお昼頂いちゃいましょうよ。皆、お腹空いてるでしょ?」
「エマ、ここの勝手は……ってそうか、もう慣れてるか。当たり前だな、何言ってんだろ俺」
言いかけた一真が慌てて言葉を引っ込めると、呆れた顔でステラが小さく溜息をついて、
「アンタね……。エマを転入生かなんかと勘違いしてるんじゃないの? 私より先にここ来てるんだから、慣れてて当たり前よ」
と、至極真っ当な指摘をしてくる。
「はは……。だよな、何考えてたんだろ俺は。悪いなエマ、聞き流してくれ」
「気持ちは貰っておくよ、カズマ。案外優しいんだね、君」
「そうでもないさ。――――さて瀬那、それにステラに皆も。さっさと食わねえと、昼休み終わっちまうぜ?」
そう言いながら、一真は席を立つ。「で、あるな。急ぐとしよう」と言って瀬那も続けて立ち上がり、「そうね」と頷くステラが立ち上がれば、一同がやっと席を立った。
「折角だから白井、お近づきの印に全員分奢ってくれよ」
「阿呆か弥勒寺ぃ! なーにが悲しくて折角エマちゃんとお近づきの印だってのに、オメーらの分まで奢らなきゃなんねーんだっての! 大体、お前この間俺に奢らせたばっかだろ!?」
「ははは、なんのことかな明智くん、じゃなかった白井くん」
「誰が明智くんだ!」
「そうであるぞ、一真。幾ら白井とて流石に不憫であろう」
「うう……。綾崎は優しいなぁ。なんか言い方引っかかるけど、でも優しいなぁ……」
なんて阿呆なやり取りを交わしつつ、一同は昼食にありつくべく食券機の方に歩いて行く。それに付いていくエマの顔は何処か肩の力が抜けていて、自然に笑えているかのようにも見えた。
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