Int.03:影の少女、孤独なる従者の独白
パイロット・スーツから士官学校の制服に着替えた一真が更衣室の外に出ると、扉のすぐ傍の壁にもたれる少女が一人、彼を待っていた。瀬那と変わらないぐらいの長身の体格で黒いショート・ヘア、感情の読めない万年無表情に底の見えない碧眼を双眸に持つその少女は、紛れもなくクラスメイトの
「ん、霧香?」
ドアを開けて更衣室から出てきた一真が霧香の姿に気付けば、軽く驚きながら声を掛けた。すると霧香は顔を向けないままで一真の方に視線だけを流し、「……おつかれ」と短く、そして抑揚の少ない平坦な声色で言ってくる。
「あ、ああ。まさか、それだけの為に待っててくれたのか?」
「……まあ、ね。ふふ……見てたよ、さっきの一戦」
「そりゃどうも」一真は少しばかりぶっきらぼうな口調で霧香に返しながら後ろ手に更衣室のドアを閉めると、彼女の横に並んで自分も壁にもたれ掛かる。
「刀の扱い、大分上手くなった……」
「まあな、あんだけ毎日毎日瀬那の奴にシゴかれてりゃあ、嫌でも上手くなるさ」
ははは、と乾いた笑いを浮かべながら一真がそう言えば、霧香が「ふっ、だろうね……」と小さく笑みを浮かべながら返してくる。
――――ステラとの決闘が終わった後も、今日に至るまで瀬那から剣術の稽古を一真は受け続けていた。流石に免許皆伝の実力だけあって、しかも瀬那自体の教え方が中々に上手いものだから、自分で言うのもなんだがウデはメキメキ上達してきている。最近では時たまタイミングを見計らって木刀や、より真剣の重さに近いアルミ製の模造刀剣なんかでも練習させられていた。
「でも、射撃の方も、結構上手くなったね……。なんで?」
「なんでって、なあ……」
困った顔の一真が思い浮かべるのは、他でもないあのステラの顔だ。
「……ステラ?」
「うっ」霧香の突拍子もない呟きが図星だったものだから、思わず口ごもる一真。「よ、よく分かったな……」
「顔に、描いてある」
「冗談だろ?」
「ニンジャ、冗談、言わない……ふふふ…………」
口振りとは裏腹に、無表情ながら悪戯っぽく笑う霧香の仕草は明らかに冗談そのものだ。
はぁ、と一真は溜息をつく。何せ霧香の一言は完全に図星で、射撃技術の訓練は他でもないあのステラ・レーヴェンスから受けているのだから。
――――対・ステラ戦が終わって数日経った頃だ。彼女と普通に会話するようになり、昼時に食堂へ行くいつもの面々の中にもステラが混ざるようになったぐらいだったか。突然ステラが、あんなことを言い出したのは。
『――――いいわ、カズマ。アンタの下手くそなガンのトレーニング、このアタシが付けてあげる』
……思い出しただけで、溜息が出てくる。
一真としてはどうしようか悩むところだったが、まくし立ててくるステラの物凄い勢いに押され、しかも偶然傍に居た瀬那までもが「うむ、それがよかろう」なんて頷きだしたものだから、一真は結局ステラのトレーニングも受けざるを得なくなってしまったのだ。
とはいえ、流石に出身は銃の本場・アメリカ。それも現役空軍士官というだけあってステラの教え方は的確で、割と苦手意識を持っていた銃の扱いにも段々と慣れ始めている。士官学校の地下には訓練用のシューティング・レンジがあるので、割と手軽に練習が出来るのだ。尤も、弾の消費量が一ヶ月ごとに決められた規定数を超えれば、超過分は自腹で弾代を支払う羽目になるのだが……。
最初は国防軍の正式採用拳銃・オーストリア原産のグロック17を使って基礎を学んでいたが、最近では同じく国防軍主力ライフルの89式自動ライフルを使ってのライフル・トレーニングも始めている。刀とは勝手も使う筋肉も違うから最初は随分と苦労したが、しかし慣れてしまえば簡単なものだ。
といった具合で、最近ではTAMS戦に於いても一真は上手く……とはいかないまでも、普通程度には飛び道具も扱えるようになってきている。IFS(イメージ・フィードバック・システム)を使いパイロットの思考をスキャンし機体動作に反映させるTAMSの特性上、やはり実際に身体で覚えたことの方が違和感なく動かしやすいらしい。
「……まあ、上手くなるのは、いいこと。それだけ、瀬那も、護りやすくなる…………」
「瀬那を……?」
そんな霧香の口振りが妙に引っかかり、一真は思わず訊き返していた。どうやら正真正銘・本物の忍者らしく、しかも結構な家柄らしい瀬那の従者という霧香の言葉だけあって、余計に一真は引っかかるものを感じる。
「おっと、失敗失敗……。口、滑った」
「もしかして、この間襲ってきたあの連中みたいなのか?」
更に訊き返す一真が思い浮かべるのは少し前、瀬那と京都市街を散策していた際に襲いかかってきた、あの忍者めいた連中のことだ。瀬那が気配を察知し、そして隠れていた霧香も手を貸してくれたから、何とか事なきを得ずに済んだが……。
「……否定は、しない」
すると霧香は、小さく頷いた。
「俺に、瀬那を護れと?」
一真が続けて訊けば、霧香はもう一度小さく頷く。
「……私だけでも大丈夫。だけど、一人だと限界がある。だから、一真には、もっと強くなって貰わないと」
「あたぼうよ」相変わらず平坦な声色の霧香に、一真は即答した。「どのみち、俺は強くならなきゃいけねえんだ」
「……そう、なの?」
「ああ」肯定する一真。「俺は誰よりも何よりも、強くなくちゃいけねえ」
すると霧香はフッと笑い、「……面白いね、やっぱり」と小さく呟いた。
「面白いって、俺がか?」
「他に、誰かいる?」
「いや、居ないが……」
「まあ、いいや……」
何か独りで納得し始めた霧香はそう言うと、もたれていた壁から背中を放しさっさと何処かへと歩き去って行ってしまう。
「……あ」
しかし何かを思い出したようで、一度立ち止まった霧香はフッとこちらを振り向いた。そして、
「瀬那のこと、任せたよ……」
と、一真に向けて言った。
「俺にか?」
「他に、誰もいない」
「それは、そうだが」
「今のところ、他に頼れるのは一真だけ……。だから、一真。瀬那は、預けたよ」
最後にフッと小さな笑みを浮かべながらそう言えば、霧香は今度こそ何処かに立ち去っていってしまった。
霧香が足音一つ立てずに消え、残されたのは一真がただ独りだけとなる。ふぅ、と小さく息をつくと、一真は虚空に向けて呟いた。
「……相変わらず、癖のある奴だ」
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