Int.45:秘策奇策、神託を与えるは計略の巫女

「――――と、いうことでっ! 一真さんの対・ステラちゃん戦対策会議を開きたいと思いまぁーすっ!!」

 …………そして、来たるべき決戦の日を控えた花の金曜日。昼休みにやはり例の通りいつもの面子で食堂にたむろ・・・していると、全員が食い終わるタイミングを見計らって美弥かそんなことを言い出してきた。

「対策、会議?」

 わざとらしく一真はきょとんとしてみせる。実はこの間瀬那がポロッと口を滑らせていたから知っていたのだが、ここは敢えて知らない振りをしてやるのが礼儀というものだろう。

「お前の勝率を少しでも上げたいからって、美弥ちゃんすげー頑張ってたんだぜ?」

 横から白井がニヤニヤと口を挟めば、続けて霧香が「……ほんと」なんてことをボソッと呟いた。

「俺の、為に?」

「はいっ!」元気よく頷く美弥。「こんな私でも、少しでも一真さんのお役に立てることがあるかなーって考えたら、これが一番だと思ったんですぅ」

「……悪いな、助かるよ美弥。それに皆も。感謝する」

 座ったまま、ぺこりと一真は頭を下げた。すると美弥は慌てて「いいです、いいですって! 頭を上げてください、一真さぁん!」なんて何故か慌てる。

「わ、私がしたくてやったことですし……そんな、一真さんに頭を下げて貰うようなことなんて、何も」

「いいんだ、俺の気持ちの問題だから。――――それで? 詳しく聞かせてくれ、美弥」

「はいっ!」また元気よく反応して、美弥はここぞと言わんばかりに持参していた概略図をテーブルの上に広げた。

「嵐山演習場には、おおよそ二パターンのフィールドがあるって一真さん、ご存じでしたかぁ?」

「いや」一真は首を横に振る。「そもそも、嵐山演習場がどんなところかも知らない」

「ええと、ですね。大まかに分けて平野と、それと市街地を模した近接戦フィールドがあるんですよぉ。平野の方は見通しが良いんですけれど、近接戦フィールドの方は全体的に狭苦しくて、こっちの方が実戦的らしいそうですぅ」

「ふーむ……。案外考えて作ってあるんだな。それで? 聞かせてくれ、その戦術って奴を」

「勿論ですぅ! 何せ一真さんの為に頑張って考えましたから、一真さんに聞いて貰わないとですっ!」

 といった具合に、美弥はまず平野フィールドの方の概略図を、白井に手伝って貰いつつテーブルの上に広げた。手書きの略地図は美弥の見た目からは想像できない程に綺麗で、見やすく整っている。

「これはあくまで予測ですけれど、多分明日の決闘は武闘大会の本戦と同じ形式でスタートすると思うんですよぉ」

「と、いうと?」

「はいっ」美弥は頷いて、続けてこう言った。

「お互い正面に立って、ある程度距離を取った状態からスタートですね。当日はスラスタの使用も、武器もペイント弾に限りですが飛び道具も許可されるはずですぅ」

「飛び道具か……」

 恐らく、射撃の腕ではステラにはかなわないと思われる。西條が≪閃電≫・タイプFを預けてくれたお陰でFSA-15Eストライク・ヴァンガードとの機体スペック差はほぼ埋まったといえ、やはり経験値の差というものは大きい。幾ら西條や瀬那が一真に対し腕が良いと太鼓判を押してくれていたとしても、やはり経験の差というものは往々にしてデカいものだ。

 ともすれば、やはり中遠距離での撃ち合いは不利。勝機を見出すならば、やはり近距離での格闘戦――――。

 その旨を美弥に告げてみれば、美弥は「そうですねー」と一真の意見を肯定した。

「やっぱり、ステラちゃんに一真さんが勝つにはそれが一番です。でも、ステラちゃんも上手いですし、そう簡単には近づかせてくれないと思いますぅ。対艦刀に弱いのは、多分本人が一番よく分かってると思いますし」

「だな」横で白井が頷く。「仮にもその……アグ、なんだっけ? アグ……アグレッシヴ?」

「アグレッサーな」

 呆れた一真がツッコめば、「そうそう! それそれ!」と白井は言って、話を仕切り直す。

「そのアグレッサーとかいう奴をやってたんだから、対人戦の経験はなんだかんだ言いつつもステラちゃん、豊富なはずだ。刀でなら勝負分からねえとは言うけどよ、実際問題近づくのも難しいんじゃねえか?」

「だから、もし平野フィールドだったらと思って、一応作戦考えておいたんですぅ」

 白井の言葉にうんうんと反応しながら、美弥は一真の方を向き直ると話を始めた。

「勿論一真さんも突撃機関砲とか持つと思うんですけど、当てなくてもいい、寧ろ当てない方向で行きましょう」

「当てない、であるか?」疑問符を浮かべた瀬那が反芻するように美弥に聞く。すると美弥は「はいっ!」と頷いて、

「当てずに、敢えて逸らしたところを狙うんです」

「して美弥よ、その心は?」

「それを使って、ステラちゃんを一真さんにとって有利な位置に誘導しちゃいましょう!」

 ――――つまり、美弥の言いたいことはこういうことだ。突撃機関砲は使うが、狙いは敢えてステラから逸らす。そうしてステラの逃げ道を塞いでいき、気付けばステラは一真にとって有利な位置に逃げ込まざるを得なくなる、というわけだ。

「ふむ……」

 それを聞いた瀬那は唸る。その後で「しかし、彼奴あやつの方もそれぐらいは考えておるのではないか?」と言った。

「と、思いますぅ。ですから、もう一つ提案があるんですよぉ。一真さん、88式突撃散弾砲って調達出来そうですかぁ?」

「えっ、散弾砲?」

 思わず一真は訊き返す。突撃散弾砲……即ち、TAMS用のショットガンを用意しろと美弥は言ってきたのだ。接近戦向けな色が強い兵装で、一真も嫌いではないが……。

「弾はダブルオー・キャニスターを三セットは要ると思いますぅ。霧香ちゃん、スラッグのAPFSDSって模擬弾、あったっけ?」

「……あると、思うよ。教官に確認、取った方がいいけどね」

「なら、それも最低ワンセットは欲しいですねぇ」

「それを、どうするんだ?」一真がもう一度訊く。すると美弥は「はいっ」と言って、

「直線的な弾道の突撃散弾砲で牽制しつつ、散弾砲からダブルオー・キャニスター弾も撃って面制圧していきます。当たれば御の字程度で構いませんし、あくまで目的はステラちゃんの逃げ道を減らしていくことですから」

「それで、ここぞというときにAPFSDSスラッグ弾も?」

「そうですねっ」美弥が一真の言葉を肯定した。「狙えたら、で大丈夫ですけれど。とにかく散弾砲の目的は、ステラちゃんの足止めがメインですから」

「なるほどね」

「この辺りの基本的な戦術パターンは、近接戦フィールドでも変わらず使ってください。逆に近接戦フィールドだったら、いっそ突撃散弾砲は捨てて散弾砲メインでいった方が効率的かもしれません」

 突撃散弾砲が主に使うダブルオー・キャニスター弾――――要は人間用ショットガンが軍用でよく使う鹿撃ち弾、ダブルオー・バックショット弾と全く同じ要領なのだが、ダブルオー・キャニスターは広範囲に拡散する分射程が突撃機関砲よりも短い。だから美弥は平野の際は機関砲と併用しろと提案してきたのだが、なるほど確かに、狭い市街地なら散弾砲二挺持ちの方が制圧力は高いだろう。

「突撃機関砲も散弾砲も、どちらにも言えることなんですけれど、当たればラッキーぐらいに思っててください。撃墜判定を狙うよりも、とにかくステラちゃんの足を止めて。最後の決め手は、やっぱり懐に飛び込んでの対艦刀ですから」

「しっかし、肝心の弥勒寺が剣の腕、どうなのかが心配だよなあ」

 そんな風に白井が言えば、横から瀬那が「問題ない」と口を挟んでくる。

「一真には毎日稽古を付けておる。元々の筋はゆえ彼奴あやつが相手ならばなんとかなる程度には鍛えておいた」

「……流石は、瀬那だね。抜かりない…………」

「褒めても何も出ぬぞ、霧香よ」

「飛び込んだ後の格闘戦については、瀬那ちゃんの教えを信じますっ。それと一真さん、もう一つ提案なんですが……」

「提案?」一真が首を傾げれば、美弥は「はいっ!」と言って、

「一挺で構いませんから、機体の何処かに拳銃を隠しておいてください。何かの役に立つかもしれませんから」

 と、一真に向けてそう言ってきた。

「申請は出しておくけど……なんでだ?」

「この間も言いましたけれど、ステラちゃんはなんとなく不意打ちに弱そうな気がしますぅ。ですから、虎の子で一挺隠しておけば、万が一の時の切り札になるかもしれません」

 と美弥が答えた時、丁度昼休み終了の十分前を告げる予鈴のチャイムが食堂内に鳴り響いた。

「っととと、話し込みすぎたなこりゃ」

 慌てて白井が立ち上がる。「皆、急いだ方がいいぜ。次は実機訓練だからさ」

「分かってる。今日もお前の転びっぷり、楽しみに見させて貰うぜ」

「うるせーよ弥勒寺ぃ! もう転ばねえっつーの!!」

「うう、それなら私の方が心配ですよぉ……」

 露骨に落ち込んだ顔をする美弥に、一真を含め周りは掛けてやる言葉が見つからない。

「うーん、美弥はもしかして……」

 と、何かを思い当たった一真が美弥に向けて言おうとした矢先、隣の瀬那が「待て、話は後にするがいい。時間もあまりない」と言って急かしてくる。だから一真は言いかけた言葉をひとまず喉の奥に押し戻すと、急かす瀬那に手を引かれ慌てて食堂を後にしようとする。その最中一真は振り返ると、美弥の名を呼んだ。

「――――美弥!」

「あっ、はいっ!」

「さっきの話はまた今度だ! ――――とにかく、今日はありがとよ! 美弥の立ててくれた作戦、キッチリ使わせて貰うからなっ!」

「急ぐぞ、一真! 真面目に時間が危うい!」

 ともすれば、一真は瀬那に強引に手を引かれ、食堂を急ぎ出て行った。

「……はいっ、お役に立てて何よりですっ!」

 その背中を見送りながらひとりごちる美弥の顔は、何処か嬉しげだった。

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